Topics02 「産学共同シーズイノベーション化事業」の事業例より ”イノベーション”への道。
大学等の研究室で生み出される研究成果。
活用されれば世の中にとって有益なものになる可能性を秘めたものが多い。
これらがシーズとして見出され、イノベーション創出に向けて動き出すためには、いったい何が必要なのだろうか。
Mechanism
ビフィズス菌
ビフィズス菌は腸内に普通に存在する非病原性の菌。低酸素状態で生成する性質を持つ。
01
プロドラッグ(もとのままでは作用を示さず、生体内で代謝されることではじめて薬理活性を示すようにした薬)を活性化する酵素の遺伝子を組み込んだビフィズス菌を全身に投与。
02
ビフィズス菌の嫌気性(酸素の少ない環境で生育すること)により、腫瘍内部が低酸素状態である固形がんの腫瘍組織で特異的に増殖する。
03
5-FC(プロドラッグ)を経口投与。ビフィズス菌が集積している固形がんの腫瘍組織の部分でのみ、5-FCが5-FU(抗がん剤)に転換される。
04
腫瘍組織でのみ局所的に抗腫瘍効果を発現。

産学が共同することで
イノベーションを生み出す。

 JSTでは、大学や公的研究機関等の基礎研究を産業界の視点で着目し、シーズとして顕在化し、産学の共同研究によってイノベーションの創出につなげることを目的とした、「産学共同シーズイノベーション化事業」を行っている。
 この事業は、シーズを顕在化させることを目的とした顕在化ステージと、顕在化されたシーズの実用性を検証するための育成ステージに分かれている。
 今回紹介する株式会社アネロファーマ・サイエンス(代表取締役・三嶋徹也)と信州大学による「ビフィズス菌を用いた抗がん剤プラットフォーム技術の開発」は、2007年度の育成ステージに採択された産学共同研究である。

副作用の少ない、画期的な
化学療法の研究開発。

 化学療法は、外科的療法、放射線治療とともに、現在がんの治療の三本柱とされているもののひとつであるが、抗がん剤の投与によって引き起こされる吐き気や脱毛などの副作用がどうしても避けられない。場合によっては、より重篤な副作用を引き起こすこともある。ところが、アネロファーマ・サイエンスと信州大学が研究開発を進めている治療法では、こうした副作用の心配が少ないというのだ。キーとなるのは、ビフィズス菌の持つ嫌気性という特徴だ。嫌気性とは、酸素の少ない場所で生育するという性質のこと。腫瘍(固形がん)の内部は、酸素が少ない状態(低酸素状態)であることがわかっている。この治療法はこれを利用する。
 右の図を見ていただきたい。ビフィズス菌に、5-FCというプロドラッグを、抗がん剤に転換する酵素を組み込んで全身に投与する。5-FCは抗真菌剤で、そのままではきわめて毒性の低い薬である。投与されたビフィズス菌は、その嫌気性によって、低酸素状態にある腫瘍の内部だけに集積する。この後、5-FCを投与すると、ビフィズス菌の集積した腫瘍の内部だけ、ビフィズス菌に組み込まれた酵素によって抗がん剤・5-FUに転換されるのだ。それ以外の部分では、毒性の弱い5-FCのままなので、従来に比べて副作用が大きく低減されることが期待できる。ちなみに、ビフィズス菌自体は人間の体内に普通に存在する常在菌なので、全身に投与しても人体に対する毒性は弱いと考えられる。
 さらに、ビフィズス菌の嫌気性という特性は、画像に見えないほどのきわめて小さな腫瘍の発見などに使うことも期待できる。

1980年、谷口俊一郎教授が
基礎となる事実を発見。

 今回研究開発されている治療法は、現在は信州大学大学院医学研究科の谷口俊一郎教授の20年以上前の実験結果が出発点となっている。
 当時、谷口教授は九州大学に在籍していた。そこで初めて腫瘍というものが嫌気的、つまり低酸素状態にあることを学んだ。そして1980年、マウスにビフィズス菌を全身投与すると、嫌気的な環境にある腫瘍で特異的に増殖して集積するという事実を発表した。
 谷口教授は、この事実をがん治療に役立てられないかと考え、ビフィズス菌に発現ベクターであるプラスミドを組み込んでさまざまなものを発現させるという研究を目論んだ。しかし、有益な先行研究の情報に乏しく、なかなかうまくいかなかったという。また、学会では、この研究について面白いという意見もある一方、非病原性とはいえ、ビフィズス菌という生きた菌を人間に投与することになるため、とんでもないことだという意見も多かった。谷口教授は、「学会に行くと、変なことをやっているなあ、と冷やかされるし、菌なんか血中に入れても大丈夫かよとよく言われました。こっちは理にかなっていると思うからやっていたんですがね」と当時を振り返る。
 ところが、谷口教授はアメリカに留学することになってしまった。アメリカでは、がんの転移の研究をするようになったため、一時期この研究は途絶えてしまう。

Process
1980年
谷口俊一郎教授が、ビフィズス菌を担がんマウスに静脈注射すると、その嫌気性により固形がんで選択的に増殖し、他の正常な臓器には残存しないことを発表。
谷口俊一郎 信州大学大学院医学系研究科教授
1990年代半ば
藤森実准教授との出会い。二人を中心とする研究チームを結成。固形がんの低酸素状態をターゲットとするビフィズス菌製剤の研究開始。
↓
2004年
大学発ベンチャー(株)アネロファーマ・サイエンスを設立。

信州大学内にあるアネロファーマ・サイエンスの研究室。
↓
2007年
JST産学共同シーズイノベーション化事業「育成ステージ」に応募、採択される。イノベーション創出に向けて研究推進中。
城島正廣 (株)アネロファーマ・サイエンス開発企画部長

1995年、信州大学での
藤森実准教授との出会い。

 1995年、谷口教授は信州大学に赴任する。ここで、後にアネロファーマ・サイエンス設立につながる大きな出来事があった。今回の産学共同研究で、信州大学側のリーダーを務める藤森実准教授との出会いだ。
 信州大学に赴任した時の記念講演会の場で、谷口教授は本来の研究であるがんの転移の話のほかに、余談として腫瘍は嫌気的な環境であり、それを利用してがん治療する方法があるかもしれないという話をした。すると、「藤森先生とそれから天野先生(信州大学医学部教授)のお二人がこの話を聞いておられて、とても興味を持たれたんですね。これは臨床に使いたいと。お二人とも非常に本気になられました」
 藤森准教授らの熱意に影響されるかたちで、研究は再開された。最初はビフィズス菌が腫瘍で特異的に増殖して集積するという事実の追試から始まった。追試でも同様の事実が確認された。藤森准教授らは、この結果を学会に出そうとしたが、学会では拒否されてしまい、がっかりしたという。
 しかし、藤森准教授の熱意がしぼむことはなかった。「藤森先生は、自分の患者さんで今の治療法では治らない人を何とかしたいと思っている。その情熱はすごいですよ。だから、ぼくも何とか手助けをしたいと思うわけです」と谷口教授は言う。
 やがて、京都薬科大学の加納康正助教授がビフィズス菌の発現ベクターを開発していたことを知る。谷口教授によれば、これが歴史的な転換点となった。

2004年8月、大学発ベンチャーを設立。

 谷口教授と藤森准教授らは、2003年に、新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の助成を受けた動物実験で、イヌやサルにビフィズス菌を複数回血中に投与してもショックが起きず安全であるという結果を得る。このNEDOでの結果が、新しいがん治療を世に出すという谷口教授らの思いを加速させた。しかし、生きた菌を体内に入れるという方法は、研究者レベルでの考え方はともかく、企業からすると手を出しにくいものだったようだ。
 「日本でやるにはベンチャーしかないということになりました。藤森先生がベンチャーの投資会社を探してきて、大学発のベンチャーを立ち上げることになりました」
 ベンチャー投資会社、ウォーターベイン・パートナーズ株式会社の投資を得て、2004年8月に株式会社アネロファーマ・サイエンスが大学発ベンチャーとして設立された。
 ベンチャーとして動き始めると、数多くの専門家が集まり、人材が充実していった。やがて、協和発酵で長年抗がん剤の開発を行ってきた城島正廣さん(現在、株式会社アネロファーマ・サイエンス開発企画部長)が加わることになる。
 「もともと会社の先輩がこの研究に関わっていたんですが、NEDOで実験データを見せてもらって、面白いなと思っておりました。そして、そろそろ臨床のための試験計画などを組もうという段階になっているという話を聞いて参加することになりました」と、城島さんは参加したいきさつを述べる。
 そして2007年、JSTの産学共同シーズイノベーション化事業の育成ステージに応募し、採択された。

育成ステージでの研究と今後の課題。

 アネロファーマ・サイエンスと信州大学の育成ステージでの研究は、大きく2段階に分けて考えられている。
 第1段階は、ビフィズス菌を薬として使うことに対して、試験・評価方法を見つけるということ。第2段階は、ビフィズス菌のなかで作られたさまざまな有効物質を、ビフィズス菌の外に出す方法を見つけることだ。ビフィズス菌の外に出ないと、抗がん剤としてがんを抑制する働きを示すことはできないため、これはきわめて重要な課題となる。そして、数年後にはビフィズス菌を用いた制がんのための臨床実験を目指している。
 アネロファーマ・サイエンスと信州大学の産学共同研究の事例は、大学から生まれたシーズが世に出るためには、研究成果と、それを世に出して役立てたいという人の情熱との結び付きがいかに大切であるかを教えてくれる。JSTの産学共同シーズイノベーション化事業によって、今後、数多くの「研究成果」と「人の情熱」の結び付きが生み出されることを期待する。
 産学共同シーズイノベーション化事業では、顕在化ステージ、育成ステージとも現在公募を行っている。応募の締め切りは、顕在化ステージが8月4日(月)、育成ステージが8月18日(月)まで。詳しくは下記URLを参照。
http://www.jst.go.jp/innovate/innov/index.html

TEXT:大宮耕一/PHOTO:大沼寛行