Topics01 研究のプロセスとしての文化祭!?
夏休み、全国各地の科学館や博物館ではさまざまなイベントが行われる。
7月26日から30日まで東京・お台場の日本科学未来館で行われる「予感研究所2」もその一つ。しかし、そこにはほかのイベントにはない、大きな特徴がある。

専門家より厳しい子供の目を研究のプロセスにさらす。

 「予感研究所2」の会場は、日本科学未来館1階のエントランスホール。興味深い実験などのブースが立ち並ぶが、7月26日〜30日の展示はひと味違う。JSTの戦略的創造研究推進事業CREST/さきがけ「デジタルメディア作品の制作を支援する基盤技術」領域の研究者たちが出展しているのだ。
 近年、映画、アニメーションやゲームソフトでは、コンピューターなどの技術を使ったデジタルメディア作品が増えてきている。その制作を支える新しい手法や技術を開発するのが領域の研究目的。子供たちも興味の持てる分野だから科学館のイベント向きだ。ただし、研究が始まったのは平成16年で、まだまだ途上。リアルタイムで進行中の研究内容を、子供たちにさらそうというのだ。画期的な試みの背景には、研究総括を務める東京大学大学院の原島博教授の思いがある。
 「この領域は、科学技術と文化が融合する、新しい研究分野です。メンバーには科学者だけではなく芸術家もいます。だからこそ、成果を出すだけではなく、『この分野の研究はどうあるべきか』を研究し、次につなげていきたいのです。研究者は論文が通ることを第一に考えて、専門家の理解だけを意識しがちです。でも、子供たちに理解できるような、心を動かすことのできる成果を出すことが、この分野では求められると思いました」
 「わかったふり」をしない子供の反応は、ある意味で専門家以上に厳しい。研究の途中で、あえてそんな子供の反応をみる場を設けることで、ブレイクスルーが生まれると考えたのだ。

オリジナリティが高いだけでは受け入れられない。

研究総括 原島 博(はらしま・ひろし)
研究総括 原島 博(はらしま・ひろし)
東京大学大学院情報学環・学際情報学府教授。同大学情報理工学系研究科教授。同大学コンテンツ創造科学産学連携教育プログラム代表。日本顔学会の設立者で、日本放送協会放送技術審議会委員、放送技術研究所研究アドバイザなど、さまざまな分野で活躍している。

 タイトルの「2」からわかるように、予感研究所の実施は今回で2回目。第1回は平成18年5月に同じく日本科学未来館で行われ、44の研究が展示されて好評を博した。なかでも人気を集めた「iFace=インタラクティブ表情合成」と「dAb=対話型ペイントシステム」(左下参照)を出展したのが、早稲田大学理工学術院先進理工学部の森島繁生教授だ。
 研究テーマは「コンテンツ制作の高能率化のための要素技術研究(CREST)」。世界に誇る日本のアニメーション作品の良さを生かしつつ、コスト増や過酷な労働といった問題点を解決する技術を開発、新しいアニメ分野の開拓を目指している。アニメーション制作のプロのための技術だが、子供たちが楽しめなければ、プロもうなずけない。子供用にアレンジした展示に取り組む子供たちの姿を見るうちに、森島教授はあることに気づいたという。
 「研究者側がすごいと思っている技術だからといって、子供が喜ぶとは限らないんですよ。むしろ、既存の技術をうまく組み合わせただけのもののほうが明らかに反応が良いことも少なくありません」
 論文を書くには、研究のオリジナリティが重要だ。しかし、それを活かして生み出した制作技術が良質なコンテンツに結びつかなければ、研究テーマには不十分だ。予感研究所は、それを痛感する絶好の機会になった。
 原島教授が予感研究所で試みているもうひとつの実験は、研究者たちが一同に集い、論文ではなくコンテンツというかたちで、研究を披露し合うことだ。
 「文化祭で出し物を披露しあうようなものです。文化祭の前夜は、ほかのクラスはどんな出し物をするのか気になったりするでしょう? そんな経験からも、きっと何かを得られると思います」
 しかも、この出し物は子供たちという厳しい評価者の目にさらされる。事実、前回の予感研究所で森島教授は、「ほかのところよりも子供たちが少なかったらどうしようとか、気をもみましたね」と正直な胸の内を明かしてくれた。そんな刺激は、自分の研究室にこもっていたら決して得られないものだ。

科学者たちの「自由研究」が予感の炎をともす。

森島繁生(もりしま・しげお)
森島繁生    (もりしま・しげお)
早稲田大学理工学術院先進理工学部応用物理学科教授。東京大学大学院工学研究科博士課程修了後、ATR音声言語コミュニケーション研究所客員研究員らを経て現職。2005年の愛・地球博では、三井東芝パビリオンのテクニカルスーパーバイザーも務めた。

 予感研究所2には、新たな狙いも込められている。2回目をやれば、3回、4回と続いていく可能性が広がる。また、前回に比べてかなり研究が進んでいるため、仮説や成果を検証する点で大きな意味を持ってくる。森島教授が今回出展する「顔年齢・性別変形」(下参照)は、技術的なオリジナリティは決して高くないという。
 「しかし、コンテンツとして受け入れられる確信はあります。だからこそ、論文ではなくここで試す意味がある」
 科学がより人類のためになるには、研究の審査自体も、論文だけではなくコンテンツというかたちでやるべきではないか、そんな気もしてくる。予感研究所は、この領域ばかりでなく、科学全体の研究方法を変える可能性も秘めているのだ。
 予感研究所2には、「科学者たちの自由研究?」という副題がつけられている。そこに込められているのは、原島教授の「研究者とは与えられた課題ではなく、自分が興味を持った課題に、楽しみながら取り組むもの」というメッセージだ。
 夏休みの初めに科学者たちの自由研究を目の当たりにした子供たちが、どんな刺激を受けて自分の自由研究に取り組むのか。それをきっかけに科学者の卵が生まれるかもしれない。また、老若男女からのさまざまな反応も、研究者たちに大いなる刺激を与えるはずだ。後夜祭のキャンプファイアーはないけれど、ここに集った人々の胸には、それぞれの「予感」の炎が燃え続けるだろう。

森島チームの場合
予感研究所(2006年5月)
 話したセリフに合わせて、アニメーションのキャラクターが口を動かすのが「iFace=インタラクティブ表情合成」。この技術が進めば、制作の負担が減るばかりでなく、海外吹き替え版もその国の言葉に合わせた口の動きに変えることも可能。「dAb=対話型ペイントシステム」は、画面上に現れる絵筆で、絵の具を混ぜたりしながら、本物のような感覚で絵を描ける。

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予感研究所2(2008年7月)
顔年齢・性別変形
 「顔年齢・性別変形」を、7月26日から28日の3日間、出展予定。まず、数台のスキャナを用いて自分の顔をさまざまな角度から撮影。その画像データを、すでに撮影・蓄積してある数万人の顔のデータと比較・分析して、「顔年齢」は何歳か、「男度・女度」はどれくらいかを判定する。たとえば20歳の男性でも、顔年齢は30歳、男度より女度のほうが高い、なんていうこともあるかも。さらに、自分でパソコンを操作して、顔年齢や男度・女度を変えたらどんな顔になるかをシミュレーション。自分の顔が変わっていく様子が面白く、「おばあちゃんの顔に似てきた!」など、家族の顔と比べたりしながら、興味を持って取り組める。
スキャナでの撮影
TEXT:十枝慶二/PHOTO:大沼寛行