現状は理科の面白さを伝える教育ができていない。
改善の急がれる小学校理科教育の現場。
平成19年9月に「理科教育支援センター」(センター長 有馬朗人)が発足した。
このセンターの発足に先立ち、「理科教育支援検討タスクフォース」が作られ、理科教育におけるJSTの役割について検討が行われた。その結果、とりわけ小学校の理科教育の改善が急務であるとされ、センター発足後、タスクフォースのもとに小学校分科会が設けられた。そこでの5回にわたる検討の結果がまとめられたものが今回紹介する報告書である。
「学校と社会が一体となって小学校理科教育の新たな展開を」と題された報告書の中では、小学校の理科教育の現状とそれに起因する問題が指摘されており、それらを改善するための方策、そして、そのなかでJSTが果たすべき役割についての提言が行われている。
報告書の概要について、小学校分科会の主査を務めた山極 隆 玉川大学学術研究所教授に話を聞いた。
問題点は子どもをとりまく教育環境にある。
下のグラフに見るように、子どもたちは、他の教科に比べて理科が好きである。にもかかわらず社会的に「子どもの理科(科学)離れ」といわれ、小学校の理科教育にこれほどの危機感があるのはなぜだろうか。報告書は4つの要因を挙げる。
1つ目は教員の指導力不足。あるアンケートの結果によれば、小学校教員の6割以上が「理科の授業が苦手である」という。苦手なだけでなく、一般に小学校教員は文系出身者が多く、理系教科の基礎的な内容を理解していないことも多い。山極主査は、教員養成の問題も大きいと指摘する。
「大学では、理科は2単位取れば小学校教員の免許を取ることができます。これだけでは、理科に興味・関心を持たせるような授業ができるようになるには不十分です」
2つ目は教員にとって理科教育に関する諸条件の整備が不十分であること。さまざまな教育問題が増えた現在、小学校教員は多忙を極めていて、授業の準備も満足にできない状況にある。その結果、事前の準備が不可欠な実験などが十分に行えていない。また、財政上の問題で、教材や設備が不足していることも指摘されている。
3つ目は、教員をサポートする仕組みが不十分であること。
「小学校教員に文系出身者が多いというのは、今に限ったことではありません。しかし、昔は研修会に参加するなど、自己研鑚によって指導力を高めていました。今はそれも難しくなっています」
かつては、地域に理科センターや、自主研修会などがあって、教員の理科教育指導力を高めるための機能を果たしていたが、教員の多忙化・地方財政の悪化などにより衰退しているという現状がある。
4つ目に地域・社会との連携不足が挙げられている。学校と地域・社会を結ぶパイプが細いため、理科教育を支援できる地域の人材や環境が活用できていないという。
報告書からは、小学校理科教育に関する危機の要因は、子ども自体ではなく、子どもたちをとりまく理科教育環境にあることが見えてくる。山極主査は言う。
「小学校の理科教育で大切なことは、子どもたちが自然に感動し、驚き、好奇心や興味を持つことです。しかし、現在の小学校理科教育では、子どもたちにそうした理科の面白さを伝える教育が不十分ではないかと思います」
地域拠点としてのコアスクールの創設を。
現状分析から見えてきた課題を解決するために、報告書では多くの提言がなされている。もっとも大きなものとしては、理科教育の地域拠点(コアスクール)の創設が挙げられる。
コアスクールは、研究会・研修会の実施や、地域教材の開発、理科教育イベントの開催を行うなど、かつての理科センターが持っていたような、理科指導力向上のために教員をバックアップする機能を持つことが検討されている。これだけだと、単に従来の理科センターを復活させるだけのように思えるが、それだけではない。
山極主査は、「科学が進歩している現在、小学校理科の知識を超える内容が身のまわりに増えているので、理科センターにあったような機能だけでは不十分」であると言う。具体的には、専門的な機関、大学や科学館、地域企業あるいは地域の理科が得意な人材と連携した理科授業が必要になってくる。そうしたなかで、地域で連携を進めていくこともコアスクールには期待されている。また、コアスクールを中心として、教員間の人的ネットワークを積極的に形成するなども機能として盛り込もうとしている。
こうした活動を通して、地域の理科教育全体を活性化させていくことがコアスクール創設の目的とされている。
山極主査は、「コアスクールは、地域の事情に合わせて作られるのがよいと考えます。場所は学校を利用する場合もあるでしょうし、現在の理科センターを利用する場合もあるでしょう。規模も、市にいくつなどと決めるのではなく、地域の先生が集まりやすいスケールになることが望ましいと考えます」と述べ、一律に作られるのではなく、地域の状況を踏まえて作ることを強調する。
教員養成の問題に関しては、理科が得意な教員の確保、コアスクールでの指導力向上のバックアップと同時に、大学の教職員養成段階での充実も提言として盛り込まれている。
例えば、現在2単位しかない理科の必須単位数の充実、実験実習能力の養成に配慮した内容の確保などが挙げられている。さらに、採用の段階でも理科指導力を試すことが必要であるとしている。
「秋田県や石川県ですでに取り入れているように、教員試験の際に、実験器具の基本操作のような実技を課す自治体が増えていってほしいですね」
報告書ではこのほかに、平成21年4月から導入される教員免許更新制度によって増えることが予想される教員の研修機会を理科教育指導向上のために利用することや、理科教員の顕彰制度を検討するなどが提案された。また、教員の理科教育指導力向上のための提言や、多忙な小学校教員を支援するために、現在行われている理科支援員等配置事業を一層効果的に活用するなども盛り込まれた。さらに、将来の研究者・科学者を育てるために、理科好きの子どもの能力を伸ばすための支援体制の構築も大きなテーマとして掲げられている。
理科を勉強することのすばらしさを伝えたい。
小学校理科教育改善への具体的な解決策支援。
東京教育大学理学部生物学科卒業後、都立高校教諭などを経て、文部省(当時)初等中等教育局主任視学官となる。退職後、富山大学教授から、現在は玉川大学学術研究所教授。
JSTでは、前述の理科支援員等配置事業やサイエンス・パートナーシップ・プロジェクト事業など、理科教育に関する支援事業に取り組み成果を上げている。報告書では、こうした事業をさらに発展させていくとともに、コアスクールの設置を実現するための調査・研究を行うなど、小学校理科教育改善のための具体的な解決策を支援していくことがJSTの役割として求められている。山極主査は次のように言う。
「この報告書を多くの人に読んでもらう機会を作り、理科教育について自分たちが子どもたちのためにできることは何なのか、それぞれで考えてもらえるようにすることも、JST、そして理科教育支援センターの役割だと思います」
今回の報告書の提言が実施され、科学技術創造立国の名に恥じない小学校理科教育が行われることを期待したい。
なお、報告書「学校と社会が一体となって小学校理科教育の新たな展開を」は、次のURLで全文を見ることができる。
http://rikai.jst.go.jp/center/jstcpse_report_001.pdf