Close up 国際シンポジウム「iPS細胞研究が切り拓く未来」を開催 iPS細胞が世界を動かす!
5月11日、12日に国立京都国際会館で、国際シンポジウム「iPS細胞研究が切り拓く未来」が開催された。
世界の最先端をリードする著名な研究者が集い、語り合うなかで、どんな未来が見えてきたのだろうか。

iPS細胞が与えた影響、もたらす希望。

国際シンポジウム「iPS細胞研究が切り拓く未来」
5月11日(日)・12日(月)
国立京都国際会館にて開催

「競争」ばかりでなく
「国際協調」も欠かせない。

 日本を代表する古都・京都。数多くの文化遺産や伝統ある雰囲気に触れるため、多くの外国人観光客が訪れる。しかし、5月初旬、それとはまったく違う目的で、数多くの外国人が京都の地に集まった。国際シンポジウム「iPS細胞研究が切り拓く未来」に参加する研究者たちだ。
 昨年11月、山中伸弥・京都大学iPS細胞研究センターセンター長/京都大学再生医科学研究所教授(上写真)らが、ヒトの皮膚細胞を元に、わずか4因子の導入で体中のあらゆる細胞に分化する可能性を持つ人工多能性幹細胞(iPS細胞)の樹立に成功したというニュースは、世界中に衝撃を与えた。同じ多能性幹細胞であるヒトES細胞が抱える倫理的問題や、再生医療における免疫拒絶反応の課題をクリアし、再生医療を大きく進歩させる画期的な成果と認められたのだ。
 この時、日本の科学の力を示すとともに話題に上ったのは、この研究分野の国際的な競争の激しさだった。山中教授の発見とほぼ同時に、アメリカ・ウィスコンシン大学のグループもヒトiPS細胞の樹立を発表。実用化などに向け、各国が研究をスタートさせたというニュースが伝わってきた。
 こうした動きを受け、京都で、昨年12月、JST主催の特別シンポジウム「多能性幹細胞研究のインパクト――iPS細胞研究の今後――」を開催。日本の最先端の研究者たちが集い、今後の可能性や課題について意見を交換。日本がこの分野で世界を牽引する存在となるための体制を整えていくことを確認した。
 ただし、そのために日本に求められるのは、自国の研究を考えることばかりではない。12月のシンポジウムのなかで山中教授は、「今日の話では『競争に勝つこと』を強調しましたが、国際協調することも大事です」と発言した。各国が情報を共有せず、競ってばかりでは研究は進歩しない。それは人類にとって大きな損失だ。各国が手と手を取り合ってこそ、iPS細胞を活かす道が生まれる。日本がそのリード役を果たすべく、各国の研究者に呼びかけて実現したのが、今回の国際シンポジウムなのだ。

講演した研究者 山中伸弥(日本)→ルドルフ・イェーニッシュ(アメリカ)→ピーター・アンドリュース(イギリス)→
シェン・ディン(アメリカ)→イン・ジン(中国)→ヨーゼフ・イツコヴィッツ(イスラエル)→岡野栄之(日本)→
高橋政代(日本)→ヘンリック・セム(スウェーデン)→アーヴィング・ワイスマン(アメリカ)→ハンス・シェラー(ドイツ)→
アラン・コールマン(シンガポール)→カンスー・キム(韓国)→中辻憲夫(日本)→ステファン・リヴゼイ(オーストラリア)

ノーベル医学・生理学賞受賞エヴァンス卿の講演も。

 国際シンポジウムの参加者は約1,200名。世界の最先端の幹細胞研究者たちが顔を揃え、関心の高さがうかがえた。
 初日は「iPS細胞関連研究の現状と今後への展望〜今後の幹細胞研究にどのような発展性をもたらすか〜」をテーマに、山中教授と、昨年12月にiPS細胞でマウスの重症貧血症の改善に成功したアメリカ・マサチューセッツ工科大学ホワイトヘッド研究所のイェーニッシュ教授が講演。続いて、7人の研究者が最新の研究成果を発表した。
 2日目は、「多能性幹細胞関連研究を加速させるために〜研究推進や国際協調のあり方とは何か〜」をテーマに、まず、1981年に初めてマウスES細胞を樹立し、昨年、ノーベル医学・生理学賞を受賞したイギリス・カーディフ大学教授のエヴァンス卿が基調講演。さらに、6人の研究者による発表が行われた後、さきがけ「iPS細胞と生命機能」研究総括も務める西川伸一・理化学研究所発生・再生科学総合研究センター副センター長をコーディネーターにパネルディスカッションで議論が繰り広げられた。
 講演やパネルディスカッションに加わったのは日本のほか、アメリカ、イギリス、中国、イスラエル、韓国、スウェーデン、ドイツ、シンガポール、オーストラリア、インドの11カ国19名。それぞれの発表などの後に設けられた質疑応答では、一般の参加者からも活発な質問が投げかけられた。

多能性幹細胞研究を加速せよ!

より広い実用化のための「iPS細胞バンク」構想も。

 シンポジウムに参加した研究者たちの言葉からは、iPS細胞の研究が世界に広がっている現状を再確認できた。
 中国科学院上海生命科学研究院/上海交通大学のイン・ジン教授は、中国政府の支援を受け、約20の研究室でiPS細胞に取り組み、基礎研究や動物を使った治療研究まで行っていると発表。浦項CHA大学のカンスー・キム教授は、遺伝子だけでなくES細胞から抽出したたんぱく質を加える手法で、iPS細胞を作り出す効率を高め、パーキンソン病などの治療に向けた研究も始めたと発表した。
 山中教授による発表からわずか半年にして、iPS細胞研究が拡がりを見せている背景としては、まず、多能性幹細胞の主流だったヒトES細胞の倫理的な課題がある。ヒトES細胞は受精卵を元にするため、研究自体が禁止されている国すらあったのだ。皮膚細胞から作り出すiPS細胞なら問題が少ないから、そうした国でも研究に取り組むことができる。もう1つ、要因として挙げられるのが、iPS細胞がヒトES細胞に比べて容易に作り出せることだ。
 ヒトES細胞は、受精卵からの細胞摂取などの手順を経なければ作り出せない。ところがiPS細胞は、レトロウィルス・ベクター(遺伝子の運び屋)を使い、たった3〜4種類の遺伝子を皮膚細胞に導入すればよい。ヒトES細胞の生みの親であるエヴァンス卿は、シンポジウム中の記者会見で、「ヒトES細胞で必要な段階を飛び越える瞬間移動のマジックで、高校生でも作り出せるかもしれません。多能性幹細胞の獲得方法を革命的に変えました」と讃えていた。この点も、研究を進める起爆剤として、大きな期待につながっているのだ。
 各国の発表からは、iPS細胞関連の研究が進んでいることがうかがえた。なかでも注目を集めたのが、アメリカのスクリプス研究所のシェン・ディン准教授の、導入因子の一部を化合物に代えたiPS細胞樹立に関する発表だ。
 iPS細胞が抱える課題の1つに、細胞のがん化がある。運び屋となるレトロウィルスの遺伝子がヒトのDNAに組み込まれることで、ヒトの細胞ががん化する可能性があるのだ。ディン准教授は、論文未発表ながらも山中教授の研究成果を参考に、マウスやヒトの皮膚細胞などを元に作り出した化合物でiPS細胞を作り出し、神経細胞や肝細胞、心筋細胞などに成長したことも確認したと発表。この研究が進めば、がん化の恐れの少ないiPS細胞が実現し、実用化への道がまた1歩切り拓かれることになる。
 その実用化がもたらす未来を感じさせたのが、理化学研究所網膜再生医療研究チームの高橋政代チームリーダーの発表だった。視細胞のメンテナンスの役割を果たす網膜色素上皮細胞をヒトES細胞から作り出すことには成功したが、拒絶反応が強く、他家移植はできない。しかし、患者の皮膚細胞を元に作り出したiPS細胞を用い、自家移植すれば、この問題をクリアできると考えられるのだ。高橋チームリーダーは、iPS細胞樹立成功のニュースを聞いた時の思いを、「暗闇の中で光が差したようだった」と語っていた。
 さらに、山中教授からは、患者の皮膚からiPS細胞を作製する「iPS細胞バンク」の構想も発表された。例えば、このシンポジウムでも発表された岡野栄之・慶応大学医学部教授の脊髄損傷治療に関する研究では、損傷から9日後のタイミングで多能性幹細胞に由来する神経細胞を移植することが最適とされているが、現在の技術では9日間でiPS細胞を作り出すことはできない。iPS細胞や分化細胞のバンクを作っておけば、そこから適合するものを取り出して使えるというわけだ。
 実用化に向けた課題は確かにある。しかし、あらかじめこうした構想を持ち、準備をしておくことは、実用化の時期を早め、及ぼす効果を広げる。それが、1人でも多くの患者を救うことにつながるだろう。


記者会見の模様。左から岡野教授、昨年ノーベル賞受賞のエヴァンス卿、イェーニッシュ教授。

基調講演を行うマーティン・エヴァンス卿
2007年ノーベル医学・生理学賞受賞

最後に行われたパネルディスカッションでは、国際協調のあり方について各国の参加者が討議。

ヒトES細胞の研究も欠かすことはできない。

 今回のシンポジウムでしばしば話題に上ったのが、iPS細胞とヒトES細胞との関連性だった。
 iPS細胞は、ともすると「ヒトES細胞に代わるもの」ととらえられがちだ。キリスト教圏では特にその傾向が強い。イェーニッシュ教授が、「アメリカ政府からは、ヒトES細胞はなくてもいいという声も聞こえてくる。これは何としても止めなければならない」と発言。同じくアメリカで若年性糖尿病研究財団科学部長を務めているゴールドスタイン博士も、「今、ES細胞による研究が止まったらたくさんの患者に影響が出る」と訴えていた。
 ヒトES細胞は従来からある多能性幹細胞として、これまでiPS細胞よりもはるかに大きな研究成果を挙げてきた。ヒトの治療に使った場合の安全性の確認も進んでいる。そうした成果をiPS細胞でも活かせる可能性はあるが、それにはまず、iPS細胞の性質をヒトES細胞と詳細に比較し、どの程度共通性があるかなどを判断しなくてはならない。
 先ほど、網膜色素上皮細胞については拒絶反応が強いと述べたが、視細胞については拒絶反応がほとんどない。このため、ヒトES細胞を元にして作り出した他家移植でも可能とされる。実現化までの距離を考えれば、まだ安全性などが確認されていないiPS細胞よりも、ヒトES細胞のほうが近いと考えられる。ヒトES細胞の研究を止めることは、再生医療の進歩を妨げるのだ。
 ヒトES細胞ですら、倫理的な課題などを差し引いたとしても、まだ実用化への道を進んでいる子どものようなもの。ましてや、iPS細胞は誕生して間もない赤ん坊だ。数種類の遺伝子を導入することでどうしてiPS細胞となるのか、その仕組みすら明らかになっていない。「iPS細胞は基礎的な知識の獲得が不可欠」(エヴァンス卿)、「安全性を確認するためには、まずメカニズム解明に力を入れなければいけない」(イェーニッシュ教授)と、実用化に向けて超えるべきハードルの多さを指摘する声も聞かれた。
 そうしたiPS細胞の基礎研究を進める一方で、ヒトES細胞もこれまでの研究を継続していくことで、やがて両者の共通性などが明らかになった時、よりスムーズに、そして多くのES細胞の研究成果をiPS細胞に活かすことができる。iPS細胞研究が切り拓く未来をより明るいものにするために、同じ多能性幹細胞であるES細胞の研究の進展が必要不可欠――そのこともまた、このシンポジウムを通じて明らかになった。

日本の科学技術の未来を拓くきっかけにも。

 こうして、2日間のシンポジウムは幕を閉じた。iPS細胞研究が拓く未来への希望が示される反面、クリアすべき課題も浮き彫りになった。
 しかし、世界の国々が競争するばかりでなく、人類の未来のために肩を組んで1歩を踏み出せただけでも、シンポジウムの意義はあったといえるだろう。各国で作り出しているiPS細胞は、導入する遺伝子などが違うため、性質が同じとは限らない。基礎研究を深め、実用化への道を探るうえでも、今後、国際基準を作っていくことが求められる。そのためには、各国の研究者が一同に会する国際会議が非常に重要だ。今回のシンポジウムは、そのきっかけになると期待される。そして、このシンポジウムを日本が主導し、日本で開かれたことにもまた大きな意味がある。
 記者会見の席上、山中教授のノーベル賞受賞の可能性について尋ねられたエヴァンス卿は、「ノーベル賞を受賞できるかどうかはわかりませんが、山中教授の業績が優れたもので、世界に大きな影響を与える画期的な展開につながることは間違いありません」と答えていた。日本のiPS細胞研究のフロンティアとしての価値は、世界が認めているのだ。
 JSTの北澤宏一理事長は、閉会挨拶のなかで、日本の子どもが将来なりたい職業の第2位に科学者が入ったことや、人類の抱える課題は科学によって解決されると考える日本人の割合が増え、その原因として、山中教授の成果が考えられると述べた。また、このシンポジウム自体が、報道機関で大きく取り上げられたことにも触れていた。
 京都は、山中教授の研究拠点があり、「iPS発祥の地」ともいえる。そこで開かれた今回のシンポジウムが、iPS細胞研究だけでなく、日本の科学技術の未来を拓くきっかけとなることに期待したい。

TEXT:十枝慶二/PHOTO:今井 卓