Topics02 大気中微小粒子を1粒ずつ分析する計測器の開発 運搬役としての黄砂を追う。
中国から日本に飛来する黄砂は、近年、汚染物質の付着が心配されているが、
これまでは黄砂に付着した物質だけを分析することはできなかった。
そこで、レーザーを用いて黄砂1粒に含まれる物質を分析する技術が開発された。

黄砂に付着した汚染物質か、大気中の汚染物質か?

松見 豊(まつみ・ゆたか) 気体汚染に加え微小粒子も注意が必要です。
1953年生まれ。82年、東京工業大学大学院博士後期課程修了。民間企業を経て、88年、北海道大学専任講師、助教授を経て、97年に名古屋大学太陽地球環境研究所教授に就任。

 毎年、春になると中国内陸部の砂漠で舞い上がった黄砂が、強い偏西風に乗って日本に飛来する。黄砂そのものは自然現象で、古くは平安時代にも起こっていたことが記録にも残っている。大量の黄砂が飛来すれば、視界が遮られるなどの問題はあるものの、これまでは春の風物詩として受け入れられていたものだ。
 しかし、近年、黄砂に環境汚染物質が付着しているのではないかと危惧されるようになってきた。排出源の周囲に留まっていた汚染物質が、黄砂が運搬体になることで排出源から遠く離れたところまで運ばれ、国境を越えてさまざまな環境影響を及ぼしていると考えられるようになっているのだ。
 これまでの黄砂の観測では、濾紙を使って大気中から黄砂を集めて分析していた。この方法では1日かけて黄砂を採取するために、分析の結果、そこに汚染物質が含まれていても、それが黄砂に付着して運ばれてきたものなのか、周囲の気体に含まれているものなのかを区別することができなかった。黄砂が汚染物質の運搬体になっているかどうかを明らかにしようとしても、正確な分析結果が得られなかったのである。
 また、人間の目には見えなくても、大気中にはさまざまな微小粒子(エアロゾル)が存在する。黄砂のように土壌成分が舞い上がって大気中を漂っているものもあれば、火山の噴火によって排出した硫黄酸化物や、風で舞い上げられた海水中の塩分が固形化した海塩粒子など、その種類は多種多様だ(下図参照)。そのため黄砂を調べているつもりでも、黄砂以外の微小粒子を計測しているかもしれず、微小粒子1つ1つを正確に分析する技術が求められていた。

大気中微小粒子(エアロゾル)の起源と種類

Step01

Step02

黄砂の主成分のケイ素以外の無機物質の付着を確認。

 そこで、名古屋大学太陽地球環境研究所の松見豊教授と東京大学環境安全研究センターの戸野倉賢一准教授らの研究グループは、JST先端計測分析技術・機器開発事業において、レーザー光を用いて大気中の微小粒子1粒を、そこに付着した物質とともに分析する技術の開発を進めてきた。松見教授がこう説明する。
 「私たちは検査対象の微小粒子にレーザーを当てて、これを気化、イオン化させて、そこに含まれる分子を明らかにする技術を開発しました。レーザーを微小粒子1粒ずつに照射して分析できるので、黄砂の分析に用いれば、黄砂とそこに付着した物質だけを明らかにできるのです」
 松見教授らが開発した技術は、装置に取り込んだ微小粒子に、真空下で波長248nmのレーザーを照射して気化させるとともに、電気を帯びた状態であるイオンにする。気化、イオン化した分子は、電荷をかけられるとマイナスに帯電したマイナスイオンはプラスの電極方向へ、プラスに帯電したプラスイオンはマイナス電極方向へと移動するのだが、その際、質量が軽いイオンの動きは速く、重いイオンの動きは遅くなる。この時間差を用いて質量分析を行い、微小粒子に含まれている分子が何かを明らかにする仕組みになっている。
 右上の分析結果をご覧いただきたい。上の図は中国で採取された黄砂の標準粒子を分析した結果だが、黄砂の主成分であるケイ素由来のイオン(SiO2-、SiO3-)が検出されたことを示すピークが見てとれる。
 しかし、これに対して東京で採取された黄砂では、ケイ素由来のイオンのピーク以外にも数多くのピークが現れ、多様な分子が含まれていたことが明らかになった。東京大学で大気中の微量気体の分析を続けている戸野倉准教授がこう説明する。
 「標準粒子と異なり、大気汚染物質の窒素酸化物、硫黄酸化物由来と思われるイオン(NO2-、HSO4-)のピークが見られました。このことから中国内陸部から東京まで黄砂がもたらされる過程で、これらの汚染物質が付着したものと思われます」
 つまり、危惧されていた通り、黄砂が運搬体となって汚染物質を拡散させていたことが明らかになったのである。

強いレーザーが有機物を破壊、付着物の正体がわからない。

 ただし、分析結果には黄砂の主成分のケイ素に由来するイオンのピーク、窒素酸化物、硫黄酸化物に由来するイオンのピーク以外にも小さなピークが数多く現れている。このようなピークの中には炭素イオン(C-、C2-、C3-など)を検出した結果現れたピークがある。炭素イオンは有機物が壊されたことで現れたものであり、黄砂に有機物が付着していることが推測されるのだ。有機物の中には、自動車の排気ガスに含まれるベンゾピレンのように発がん性が指摘されている物質もあり、これが黄砂に付着して拡散しているなら健康被害が心配される。
 ならば、黄砂に付着している有機物についても分析ができるようになることが求められる。しかし、無機物なら248nmのレーザーで気化、イオン化されるだけであるのに対して、有機物は分子が破壊されてしまう。その結果、有機物由来と思われる炭素イオンのピークが数多く現れる。これでは元々の有機物分子が何かを知ることはできない。そのため研究グループでは有機物を分析できる技術の開発に取り組んだ。
 「248nmのレーザーでは多光子過程でイオン化するためにエネルギーを強くしなくてはいけない。そのため有機物分子は破壊されてしまいます。それで、エネルギーの弱い、波長が118nmの真空紫外レーザーを用いることにしました」(松見教授)
 真空紫外レーザーは1光子過程でイオン化できるのでエネルギーが弱くても、有機物分子の電子をはぎ取ることができる。分子がわからないほどに破壊してしまうことはないため分析装置に用いるのには適している。これによりベンゾピレンのような有害物質が黄砂に付着しているかどうかも明らかにできるようになった。

分析装置の観測網の整備で付着物の発生源を突き止める。

戸野倉賢一(とのくら・けんいち) 黄砂に付着した物質の検出が可能になりました。
1966年生まれ。92年、北海道大学大学院理学研究科博士課程修了。東京大学大学院工学系研究科化学システム工学専攻助手を経て、2003年、東京大学環境安全研究センター准教授に就任。

 今後、研究グループでは装置の小型化などに取り組み、分析装置としてさらなる実用化に取り組もうとしている。その利点について松見教授がこう説明する。
 「1カ所で分析しているだけであれば、その場所で黄砂に付着した汚染物質のリスクは評価できますが、汚染物質の排出源まで特定することができません。でも、分析装置を各地に配置して、黄砂に付着した汚染物質を調べられれば、どこで汚染物質が付着したかが明らかになるでしょう」
 前述の通り、黄砂は中国内陸部の砂漠から飛んで来るわけだが、その途上にある中国、韓国、日本の工業地帯の上も飛んで来ることになる。東京で分析された黄砂に付着していた汚染物質は、これらの工業地帯で排出されたものである可能性も高い。松見教授、戸野倉准教授らが開発した分析装置の観測網が整備されれば、どこで汚染物質が付着したかを解明できるはずだ。
 環境汚染に対策を講じるには、まず汚染の実態、原因が明らかにならなければ何も始まらない。これまで汚染の程度すら十分に解明されていなかった黄砂の付着物を分析できるようになったことは、これから対策を講じていくうえで大きな一歩となるだろう。

TEXT:斉藤勝司/PHOTO:松崎泰也(ミューモ)