JST News Vol.5/No.2
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科学技術振興機構の最近のニュースから……

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金属系、酸化物系に続く、第3の高温超伝導物質の発見
さまざまな分野でのイノベーションが期待される「超伝導」の新系統の物質が発見された。
画期的な成果を生み出した研究の現場を訪れると、“材料科学”の興味深い世界が見えてきた。

Topics 01
「理科支援員等配置事業」本格実施から1年が経過

Topics02
大気中微小粒子を1粒ずつ分析する計測器の開発

合原一幸 東京大学 生産技術研究所 教授

サイエンス チャンネル ベスト・セレクション

未知の粒子を予言する

湯川秀樹 [1949年ノーベル物理学賞]

  物みなの 底に一つの 法ありと 日にけに深く思ひ入りつつ(日にけに=日ましに)
  微かなる 力をこめて ひたすらに 一つの門を 開けんとぞ思ふ

 科学者としての思いを叙情的に歌ったこれらの短歌の作者は、1949年、日本人として初めてノーベル賞(物理学賞)を受賞した、湯川秀樹(1907〜81)その人である。
 湯川のノーベル賞授賞理由は「中間子の存在の予想」。さて、どういうことか。
 あらゆる物質を分割していくと、遂には、それ以上分割できない粒子にゆきあたる。紀元前5世紀のギリシア人は、これを原子(アトム:「分割できないもの」の意)と呼んだ。そこから話は一挙に20世紀に飛んで1930年代の初めには、原子は、陽子と中性子からなる原子核と、その周囲に存在する電子によって構成されることがわかった。原子がさらに分割されたわけである。そこで、陽子・中性子・電子(そして、量子論から導かれた光の粒子=光子を加えた4つ)こそは、あらゆる物質の基本の粒子、すなわち「素粒子」であるといわれるようになった。
 ところが、難問がひとつあった。原子核内で陽子と中性子が強く結びついている理由を、だれも説明できなかったのである。ここに湯川が登場する。1934年、彼は言った。もうひとつ別の粒子が存在し、これを交換することで陽子と中性子は結びついているのだ、と。そして、この未知の新しい素粒子を「中間子」と名づけた。彼の計算によれば、それは陽子・中性子と電子の「中間」の質量をもっているはずだからである。湯川の予想(予言)した中間子は、13年後の1947年に存在が確かめられ、それによって湯川はノーベル賞に輝いた。
 しかし、湯川の真の偉大さは、「未知の素粒子の存在を、純粋に理論的に導きだした」こと、そしてそれによって、現代のクォーク、レプトンの標準理論にいたる「素粒子論」という新しい分野を開拓したところにある。まさに彼は、「ひとつの門」を開けたのである。
 子どものころから、何ごとにつけても地味で目立たない湯川だったが、科学についてだけは、自分が開拓者であることを自覚していたようだ。
 「未知の世界を探求する人々は、地図を持たない旅行者である。地図は探求の結果として、できるのである。」――自伝『旅人』の一節である。
(文・西田節夫)