Topics01 シンデレラは王子様とダンスを踊る!?いまなぜ、糖鎖研究が大切か?
遺伝子やたんぱく質などと異なり、非常に多様で、解析技術も未発達であったため研究が難しかった糖鎖。
ここにきて研究技術が進歩し、日米ともに大規模な予算の投下が始まり、糖鎖研究は注目を集めつつある。

たんぱく質の機能に影響し、生命現象の鍵を握る糖鎖。

研究技術が未発達で複雑な糖鎖細々と研究が続けられてきた。
研究領域 糖鎖の生物機能の解明と利用技術
1972年、北海道大学大学院博士課程を修了し、同大学医学部衛生学講座助手に就任。その後、同大学医学部助教授、大阪大学医学部生化学講座教授などを経て、2006年より大阪大学微生物研究所寄付研究部門教授。2007年より理化学研究所フロンティア研究システムのグループディレクターを兼任し、日本の糖鎖研究を牽引している。

 2003年にヒトゲノム計画が終了し、人間の遺伝情報が解読されてからは、その遺伝情報に従って合成されるたんぱく質を対象とした、「ポストゲノム」の研究が活発に進められている。たんぱく質の機能を解き明かすことで、さまざまな病気に関わるたんぱく質に結合する分子を見つけ、これまでにない新しい薬を開発しようとしているのだ。
 たんぱく質の50%以上には、「糖鎖」と呼ばれる、糖が鎖状に連なった分子が付加されており、これがたんぱく質の働きに大きく影響を及ぼしている。こうした糖鎖の働きをコントロールできれば、たんぱく質の機能を変えることができ、病気の治療技術の開発にも貢献できる。
 しかし、これまで糖鎖研究はほとんど無視されていたという。その理由について大阪大学微生物研究所の谷口直之教授はこう説明する。
 「DNAは4種類の塩基が連なったものですし、たんぱく質は20種類のアミノ酸が連なったもので、機械的に解析したり、合成する技術は確立されています。一方、糖鎖は非常に多様で解析は難しく、DNAやたんぱく質のように機械的に合成する技術も確立されていません。このため糖鎖研究は遅々として進まず、まるで虐げられたシンデレラのようでした。舞踏会に出られず、脚光を浴びぬままにいたのです」
 そのような理由から、ゲノム解析やたんぱく質の研究と比較すると、糖鎖の研究は注目されていなかったが、糖鎖が付加したたんぱく質(糖たんぱく質)の構造を解析する技術や、質量を分析する技術が開発されるようになり、徐々に糖鎖の研究が進められるようになってきた。
 アメリカでは糖鎖研究の拠点が作られ、国立衛生研究所(NIH)が巨額の研究予算を10年間にわたって投下するなど、糖鎖研究がポストゲノム研究の一翼を担うまでになった。わが国でもこのような継続的な研究支援が必要である。

急速に進む日本の糖鎖研究。世界的に注目を集める成果も。

 日本でもJSTが2002年に谷口教授を研究総括に据え、戦略的創造研究推進事業チーム型研究(CREST)の「糖鎖の生物機能の解明と利用技術」研究領域を立ち上げ、糖鎖研究をバックアップし始めた。
 「ようやくシンデレラは舞踏会で王子様とダンスを踊れるようになったんです」と谷口教授が語るように、糖鎖研究は脚光を浴びつつあるのだ。
 すでに次世代の医療技術を開発する礎となりそうな、研究成果も報告され始めている。そうした糖鎖研究の最新成果をご紹介しよう。

糖鎖の研究によって期待されること。
50%以上のたんぱく質に付加され、その働きに影響を及ぼす糖鎖。その研究成果は、さまざまな病気の治療への応用が期待されている。

研究事例 糖尿病発症のメカニズムを解明!
細胞膜の特定の位置にあってこそインスリン受容体は機能する。
細胞膜上で起こったGM3によるインスリン受容体の変化を、この蛍光顕微鏡で捉えた。
細胞膜上で起こったGM3によるインスリン受容体の変化を、この蛍光顕微鏡で捉えた。
研究代表者井ノ口仁一 いのくち・じんいち
1953年、福岡県出身。北海道大学大学院薬学研究科助教授などを経て、2006年より東北大学分子生体膜研究所教授。近年、細胞膜のマイクロドメインの機能解明に取り組んでいる。

 日本の患者数700万人にもおよぶとされる糖尿病は、身近で深刻な疾病だ。
 肥満により多量の内臓脂肪が蓄積すると、血糖値を下げるホルモンのインスリンが働きにくくなり、2型糖尿病を発症するが、そのメカニズムは明らかになっていなかった。
 そこで東北薬科大学分子生体膜研究所の井ノ口仁一教授の研究グループは、細胞膜にある糖脂質(脂質の結合した糖鎖の一種)のGM3に注目し、2型糖尿病の原因解明に取り組んできた。井ノ口教授がこう説明する。
 「まず細胞がブドウ糖を取り込むことができなくなり、2型糖尿病になったマウスを作りました。次にこのマウスの脂肪細胞を詳細に調べ、細胞膜でGM3が増加していることを明らかにし、GM3が2型糖尿病の発症に関わっているのではないかと考えました」
 血液中で増加したブドウ糖は、インスリンが受容体に受け取られることが引き金になって細胞中に取り込まれる。ただし、このためにはインスリン受容体が、カベオリン-1と呼ばれる分子の働きにより、「細胞膜のカベオラマイクロドメイン」という場所にあることが必要であるという。
 もしインスリン受容体がカベオラマイクロドメインから外れていると、インスリンが受容体に受け取られてから始まる信号伝達が機能せず、ブドウ糖が取り込まれなくなってしまうのだ。
 井ノ口教授は、最新鋭の蛍光顕微鏡(右写真)を用いてGM3が増加している細胞膜を観察。そのとき、インスリン受容体がカベオラマイクロドメインから外れていることを発見した。GM3の増加がインスリン受容体の細胞膜における位置異常を引き起こし、2型糖尿病の原因の一つになっていることを明らかにしたのだ。


2型糖尿病治療への道拓く。

 さらに井ノ口教授は、GM3の生成を阻害する物質の合成に世界で最初に成功している。最近、この物質の経口投与可能な誘導体を糖尿病状態マウスに投与し、治療できることが明らかになった。今後、GM3生合成阻剤による2型糖尿病の新しい治療法が期待できそうだ。井ノ口教授がこう続ける。
 「インスリン受容体がGM3の増加により本来のマイクロドメインから外れて2型糖尿病を発症したように、受容体の位置異常が原因の病気はほかにもあるかもしれません。治療法として、位置異常の原因となった糖鎖に働きかける『マイクロドメイン矯正療法』という治療概念を提唱しているんです」
 何らかの受容体の機能異常による病気は、受容体のたんぱく質を研究して、その働きを回復させることにより治療できると考えられてきた。しかし、受容体が正常で、糖鎖により位置異常が起こり、これが病気の原因になっているなら、たんぱく質だけをターゲットに研究しても治療法の開発は望めない。その点、糖鎖が受容体たんぱく質の働きに影響を及ぼしている病気については、糖鎖の研究が新しい治療法を開発する大きな原動力になりえるだろう。

GM3がインスリン受容体を引き寄せる!
インスリン受容体は細胞膜のカベオラマイクロドメインという場所にあるとき正常に機能するが、GM3が増加するとインスリン受容体がGM3に引き寄せられてカベオラマイクロドメインから離れると、その機能を果たせなくなる。

TEXT:斉藤勝司/PHOTO:森山みよこ


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JST News 発行日/平成20年2月
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