
「異分野融合」から生まれる価値。

1966年生まれ。東京工業大学大学院理工学研究科化学専攻准教授。「構造機能と計測分析」では1期生で、「多角入射分解分光法の構築:光計測の新たな概念」がテーマ。
明けて2日目の発表会。トップで発表する一二三さんは、早くから会場に到着し、緊張気味の表情で準備にいそしんでいた。そして迎えた本番。15分間の説明を終え、15分間の質疑応答に移る。いくつか質問が出たが、厳しく追及されずに終了。ホッとしているかと思いきや、表情は、決して明るくなかった。
「せっかくの場なのに十分に活かせなくて……。次回は、もっと自信をもって発表ができるように、研究を進めます」
この日、発表を行ったのは一二三さんを含めて8人。考慮不足の点を突っ込まれ、しどろもどろになる人もいた。しかし、厳しい質問が浴びせられるのは準備不足の場合だけではない。大いに研究成果が進み、それがほかの研究者やアドバイザーを刺激して、活発に議論が行われるケースもあるのだ。一二三さんにとっては、今回そこまでの成果を示せなかったことが心残りなのだろう。
一般に、学会や会議などでは質疑応答が活発に行われないことがあるが、さきがけの領域会議は常に大いに活発な議論が行われ、研究者はその議論を通じて成長する。その価値を高めるのが、「異分野融合」であることだ。若い研究者の独創的なアイデアを求める「さきがけ」では、領域を広く設定し、さまざまな分野から研究者を募ることが多い。長谷川さんはその価値をこう語る。
「普段はどうしても専門だけの狭い世界に閉じこもってしまいがちなんですが、それではなかなか新しいアイデアは生まれてきません。さきがけは、さまざまな分野の人から普段は聞けないような研究の話を聞けるのがありがたいです」
一二三さんは、領域会議は発表のスキルを上げる場にもなるという。
「違う専門分野の人の話を聞くと、資料の1ページ目からわからないことも多いのですが、『さきがけ』ではそんなことはありません。異分野の人にも理解し、議論してもらうため、よりわかりやすい発表を工夫するんです」
「評価者」ではなく「アドバイザー」。

1947年生まれ。早稲田大学理工学部応用物理学科教授。専門は表面物理、電子ビーム応用技術。「さきがけ」には1991年より1期生として「構造と機能物性」領域に参加。
発表会を通じて気づいたのは、アドバイザーの存在の大きさだ。専門外のことでも積極的に質問し、議論を活発にしていた。アドバイザーの大島忠平さんは、領域会議には真剣勝負の場として臨んでいるという。
「研究者の方たちは皆、第一線で活躍し、世界に羽ばたこうとしています。彼らに教えることなど、私にはありません。だから、議論するときも、彼らと道場で真剣にもみ合い、たたかっているような気持ちでいます。それでこそ、意味ある議論になるのではないでしょうか」
領域会議の後には、当日の発表を肴に、語り明かすことも少なくない。そこにもアドバイザーは参加し、熱く語り合う。そして、研究成果よりむしろこうした議論の場を提供することにこそ「さきがけ」の意味はあると北森さんは力説する。
「昔は日本の研究者が海外に学びに行っていましたが、今は、欧米の研究者が日本に学びに来る時代です。研究の世界でも国際的な競争が激しくなっています。若い研究者こそ、そこでたたかうために、自分の意見を堂々と主張し、相手に負けない力をつける必要がある。議論を通じてそれを引き出すのが、『評価者』ではなく『アドバイザー』である私の役割だと思っています」
世代から世代へと受け継がれる「宝」。
 1940年生まれ。兵庫県立大学名誉教授。専門は分析化学で、高性能・超微量分離分析法であるキャピラリー電気泳動法(CE法)などを研究。日本分析化学会賞を受賞。
「さきがけ」の研究期間は3年間だが、実際のつながりはそれを超えて続く。1期生は自分が「卒業」すれば領域会議への参加の必要はないが、発表を聞き、議論をするために参加する人たちがたくさんいる。領域終了後も、「同窓会」と称してかつての仲間たちが集まるケースも多い。三輪さんはまだ卒業前だが、第1回の同窓会の幹事を自らかって出るほど、その意義を感じている。
「ただ会って話して楽しいというだけではありません。例えばグループで研究を進めたり、講演会の企画をしたりするとき、「さきがけ」の仲間なら声をかけられる。だから、この関係はずっと続けていきたいです」
長谷川さんも大きくうなずく。「3年間で会う機会は数える
ほどかもしれませんが、互いの間に信頼関係がある。だから声もかけられるんですよ」
「さきがけ」が誕生したのは1991年。大島さんはその1期生だった。今回、アドバイザーとして声をかけられたとき、多忙な中でも引き受けようと決めたのも、そのときの「恩義」があるからだという。
「自分自身、『さきがけ』に参加したおかげでそれまで考えてもできなかった研究が実現できたという気持ちを強くもっています。だから、『さきがけ』のためならどんなことがあっても時間を割きたいと思ったのです。決して大きなプロジェクトではないが、どんな研究費にもない価値がある。いつまでも続けてほしいですね」
大島さんばかりでなく、北森さんをはじめアドバイザーの中にはさきがけOBが少なくない。研究総括の寺部茂さんは、OBではないが、「さきがけ」のない時代を過ごしたからこそ、その意義を深く感じ取っている。
「私たちのころにはこうした制度はなく、研究したいテーマはあるもののお金がなかったために始められず、悔しい思いもしました。幸い、私自身は研究を進めることができましたが、日の目を見ずに埋もれた研究もたくさんあると思います。『さきがけ』は、お金を出すばかりではなく、さまざまな人と議論をする場でもある。正直、うらやましいという気持ちもありますが(笑)、これが画期的な研究の芽を育てるきっかけとなるよう、力を尽くしていきたいですね」
「さきがけ」は、日本の科学技術の発展のために大きな役割を果たしているシステムといえるだろう。わずか1日半、領域会議をのぞいただけでも、その意義を感じることができた。
TEXT:十枝慶二/PHOTO:大沼寛行、森山みよこ |