JST News Vol.4/No.11
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科学技術振興機構の最近のニュースから……
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個人研究者の交流から何が生まれるか?
JSTの戦略的創造研究推進事業 個人型研究「さきがけ」。
そこでは若き研究者たちが、明治維新の志士のごとく、科学技術への志に燃え、
熱い議論をたたかわせているという。その真実や如何に。
Topics 01
シンデレラは王子様とダンスを踊る!?
Topics02
平成19年度ERATO型研究新規プロジェクトの発足
河崎 洋志 東京大学大学院医学系研究科 特任准教授
日本科学未来館の耳より情報

酒と文学

【漏斗】

 漏斗(funnel)は、「円錐(本体)」と、頂点から延びる「足」と呼ばれる管からなる、主としてガラス製の器具。足を下にして本体に液体を注げば、細い口の容器などに確実に注入できる――などと、くだくだしく説明するまでもない。ひと言「じょうご」といえば、年配者ならだれでも知っている。かつて、そう「三丁目の夕日」のころには、どの家にもじょうごがあり、醤油瓶にも銚子にもこれを差しては、一升瓶から注いだものだった。
 では、「漏斗」の読みは「ろうと」か「じょうご」か。結論から言えば、どちらでもよい。
 まず漏斗は、液体を漏らす斗(ます)という意味の漢語で、「ろうと」はその音読みである。一方、中国・南宋時代の『群書類要事林広記』(13世紀)という日常生活事典のような書物によれば、婚礼の宴の際、上戸(じょうこ:金持ちの家)では酒瓶は8本出すが、下戸(げこ:貧しい家)では2本しか出ないという。そこから転じて、日本では上戸(じょうご)は「酒がいける口の者」を、また下戸(げこ)は「酒が呑めない者」を言うようになった。『徒然草』(14世紀)に、すでにこの意味での上戸(第百七十五段)、下戸(第一段)の用例がある。ところで酒を注ぎこむ漏斗は、まるで酒をしこたま飲む上戸のようである。それで、いつのころからか漏斗を「じょうご」と呼ぶようになった。つまり、上戸という漢語の音読み(じょうご)を、意味内容の関連から、別の漢語(漏斗)の読みに転用したという、ややこしく、かつ珍しい例なのである。
 さて、史上最大の漏斗はポオ氏と森氏の報告によるもので、何と直径は1マイル(1.6km)。しかも「その縁の所は幅の広い帯のやうな、白く光る波頭になってゐる。その癖その波頭の白い泡の一滴も、恐ろしい漏斗の中へ落ち込みはしない。漏斗の中は、目の届く限り、平らな、光る、墨のやうに黒い水の塀になってゐる」という。なんとも異様な漏斗だが、実はこれは、ポオ(E.A.Poe:1809〜49)の短篇を、森鷗外(1862〜1922)が「うずしほ」の題で訳したものの一節で、漏斗の正体は海の大渦巻である。とはいえ、海原をうがつ巨大な漏斗のイメージには、われわれを異次元へと誘う妖しい魅力がある。そこが、酒呑みだの何だのと言っているわれわれと文学者とのちがいだろう。
(文・西田節夫)
*「うずしほ」ポオ(森鷗外訳)1910年(『諸国物語』所収、『鷗外選集 第十五巻』岩波書店、1980年)



JST News 発行日/平成20年2月
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