JST News Vol.4/No.2
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科学技術振興機構の最近のニュースから……
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有機分子1個の形の変化を動画撮影することに世界で初めて成功。画期的な発見のニュースの背景には、電子顕微鏡の進化の歴史と、「肉眼ではとらえられない小さいものを見たい」という知的好奇心から生まれる、さまざまな夢がある。
Topics01
地域における産学連携のキーパーソン
Topics02
ニセ科学にだまされないために!
古薗 勉 「細菌感染防止を実現する界面融和型経皮デバイスの開発」代表研究者
日本科学未来館の耳より情報

ペトリとは俺のことかとシャーレ言い

【シャーレ】

 シャーレは円形平底、直径10cm、高さ1〜2cmほどのガラス製の蓋つき皿。小学生のころ、この中に水を含ませた綿を敷き、マメやイモの発芽を観察した記憶のある人は多いはずである。そんなわれわれに馴染みのシャーレだが、じつは科学の世界ではただシャーレと呼ばれることはほとんどない。なぜか。シャーレ(Schale)はドイツ語で皿・鉢・碗を指す一般名詞。ということは、前回のフラスコ(瓶)の場合と同様に、シャーレと言ったのでは、ただ単に皿を皿と呼んでいるに過ぎないことになる。そこで、この器具を考案したドイツの細菌学者、J.R.ペトリ(1852〜1921)の名をとって「ペトリ皿」(独:Petri Schale、英:Petri dish)という呼び名に落ち着いたのである。現行の各種辞典・事典のまずほとんどは、シャーレではなく「ペトリ皿」で項目が立てられているので注意を要する。
 ペトリはまた、この皿の中に寒天で培地をつくって細菌を培養する方法も開発したが、以後これは医化学・薬理学・生化学などの分野での代表的な実験法となった。そんな実験室のある日の情景を、遺伝メカニズムの研究で1965年度のノーベル医学生理学賞を受賞したフランスの分子生物学者、フランソワ・ジャコブが自伝の中でスケッチしている。
 そのころジャコブは、“遺伝的組み換え率の高い変異株”というものを求めて、来る日も来る日もペトリ皿と格闘していた。「……一緒に仕事をしている実験助手のマルティーヌ・タレックが午後の実験用にペトリ皿に寒天を流し込んでいる。私は夢中になって、前日やった皿の山を調べている。(中略)変異株はあいかわらず見つからない。この皿にもない。こっちにもない。まだない。突如として、集落におおわれた皿。あった! これだ。と、あわてすぎて乱暴なしぐさ! ペトリ皿の山はタイルの床の上に砕ける。……」*
 科学的真理とは、このような無数の悲喜劇と試行錯誤の果てに到達するものなのである。
(文・西田節夫)
*F.ジャコブ『内なる肖像』辻由美訳、みすず書房(1989)



JST News 発行日/平成19年5月
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