(別紙)

研究主題「光不斉反応」の概要


 生命現象において重要な機能を担う生体分子や生物が生産する天然物の多くはキラル(不斉)であり、互いに鏡像関係にある立体異性体の一方のみで構成されている。生体関連物質のみならず、医薬・農薬・調味料・香料など合成物質についても純粋な鏡像異性体が必要不可欠となってきており、その熱および酵素による合成と反応を扱う不斉化学は、医学・生理学・薬学・生化学・農学など様々な化学関連分野の発展を支える基盤的科学技術として近年急速に重要性を増しつつある。
 一方、光反応は熱反応に比べて研究の歴史こそ浅いものの、熱エネルギーでは到達不可能な高い電子準位を経て反応が進行するため、通常の熱反応では合成困難で特異な骨格を持つ化合物を選択的に高効率で得ることが可能である。また、光化学反応は熱ではなく光を反応の駆動力とするため、通常の熱反応では大きな足かせとなる反応温度の制約を受けないことも大きな特徴と魅力である。光によって不斉合成を行おうという試みの中で、最近、柔軟な構造を有する励起錯体を経由する光反応やレーザー円偏光励起により光学収率が飛躍的に向上することが示され、さらには、反応温度により生成物キラリティーが逆転するなど従来の通説とは矛盾する結果が次々と出てきている。
 本研究主題は、光が分子キラリティーを誘起する現象に着目し、この過程を支配する諸因子を明らかにし、さらに不斉合成全般に適用可能な普遍的原理を探求するものである。具体的には、円偏光を用いる絶対不斉合成により分子キラリティーの創出と化学進化におけるキラリティーの起源に迫る。また、キラルな増感剤を用いる新規不斉光増感反応により光不斉増殖の可能性を追求し、さらに天然および人工の分子集合系のキラル場を利用した超分子不斉光化学とも言うべき新分野を開き、場のキラリティーによる不斉誘導と伝播の基本概念を確立する。これら全体を通してみると、光による分子キラリティーの物理的・化学的・生物学的な創出・増殖・伝播という一連の流れを形成するものである。
 このような研究は、「光によるキラリティーの創出と増殖ならびに伝播」という新しい境界的学問領域における理論的・実験的手法を確立するだけではなく、応用面を含めて他分野への波及効果も大きい。例えば、分子キラリティーが関与する、あるいは必須とされる領域(医学・生理学・薬学・生化学・農学など)の基礎・応用研究の進展にも大きく貢献するものである。さらに、本研究で得られる成果は、熱的な不斉合成を補完する新規合成法や新規なキラル化合物あるいは生理活性物質などとして工業的な応用が期待される。


This page updated on April 9, 1999

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