本新技術の背景、内容、効果は次の通りである。
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物質分析での陽電子ビーム利用と高効率短パルス化の必要性 |
陽電子は、電荷が正の軽粒子であり、(1)電子と対消滅しγ線を発する、(2)物質内部へ電子のように強く引き込まれない、(3)原子空孔(物質中の原子スケールの穴)などに捕獲されやすい、などの特徴を有する。低速の(即ち透過力の低い)陽電子をビームの形で物質に照射することにより、従来困難であった結晶中の空孔型点欠陥や高分子材料中の隙間などの構造に関する非破壊計測、低エネルギーイオン化による精密な表面分光や質量分析などが可能であり、新分析手段として学術研究や材料開発への利用が期待されている。これら分析のためには、強度の高いビームが望ましい。また、陽電子寿命の高効率測定や、陽電子による励起で放出された電子やイオンの飛行時間に基づく高精度の電子分光や質量分析には、規則的な短パルス列の形での陽電子照射が必要である。
陽電子ビームを得る方法として、高エネルギー電子が制動を受けた際に放出するγ線から陽電子・電子の対が生成する過程を利用するものがあるが、大規模な加速器を必要とする。一方、より実用的な方法として陽電子を放出する放射性(β+ 崩壊性)同位体を線源とするものがあるが、従来のパルス化の方法では、ビームチョッパ(注4)により入力陽電子のほんとんどを捨て去ることになるためビーム強度が低下し、利用に当たっての難点となっていた。
入力陽電子を常時受け入れて低損失で短パルス化 |
本新技術は低速陽電子ビームを有効にパルス化して、陽電子寿命測定などに適する高強度の陽電子ビームを発生させる装置に関するものである。入力ビームを常時受入れつつ、高速に時間変化する電場を印加することにより陽電子が装置後段に達する時刻を制御して予備的なパルス化を行なったのち、各パルスを短パルスに圧縮し、入力陽電子を無駄なく利用する。ビーム強度の損失を小さくできるため、入力陽電子ビームは、小型サイクロトロンなどで製造されるβ+崩壊性同位体から放出される陽電子を減速して得られるものを用いることができる。
本新技術の短パルス陽電子ビームを探針あるいは励起手段として利用することにより、原子空孔型格子欠陥の計測、物質表面の高感度元素分析、あるいはこれら方法を用いた材料の開発などへの応用が期待される。
結晶、高分子などの研究開発における分析手段に利用 |
本新技術による低速陽電子ビーム短パルス化装置は次のような特徴を持つ。
(1) | 線源の陽電子の利用効率が高く、高強度陽電子ビームが得られる。 |
(2) | 短パルス化できる。 |
従って、
(1) | 物質(金属、半導体、高分子など)の分析・研究 |
(2) | 材料の開発・評価 |
(3) | その他、陽電子を用いた研究 |
への利用が期待される。
(注1) | 電子の基本的な属性のうち電荷の符号を正に置き換えたもので「正の電荷をもつ電子」の意味で陽電子と呼ばれる。電子とは互いにいわゆる粒子・反粒子の関係にあるため、電子と結合して消滅する現象がある(対消滅)。陽電子を用いた従来の実用技術としては医療用の断層撮影への利用があるが、これは予め陽電子を放出する同位体を体内に導入しておき、陽電子が体内の電子と対消滅した際に発せられるγ線によって体内の同位体の分布を観測するものである(陽電子放出断層撮影法、PET)。 |
(注2) | 陽電子が物質中の電子と結合して消滅する(対消滅)までの平均時間 |
(注3) | ビームの電流値、あるいは単位時間あたりに照射される陽電子の数。 |
(注4) | ビームを間欠的に遮断(チョップ)する機構。例えば、電界印加により陽電子ビームを散乱または反射して入射ビームをカットする方法が用いられており、この場合のビームチョッパによる入射ビームの制御は、通常の真空管(三極管)におけるグリッドによる電流制御に類似している。 |
This page updated on May 6, 1999
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