「量子井戸構造半導体赤外線(3〜5μm)レーザ素子の製造技術」


本新技術の背景、内容、効果は次の通りである。

(背景)
望まれる3〜5μm帯での高性能半導体赤外線レーザ素子

 近年、大気中のCO2などの測定、代謝機能の診断に必要となるアイソトープ測定、フッ化物光ファイバーによる長距離無中継光通信、高分解能赤外分光分析などでは、波長3〜5μm、極力常温に近い温度(マイナス70度以上)で発振する半導体赤外線レーザ素子の実用化が強く望まれている。
 半導体レーザ素子では一般にレーザ発振し、レーザ光を放出する部分(活性層)から電子と正孔および光が外に漏れないように閉じこめるため、上下を異なった組織の半導体層(クラッド層)で挟む構造となっている。しかし、従来の半導体赤外線レーザでは、電子、正孔および光を十分閉じこめることができず、電子や正孔などの動きが活発になる高温ではレーザ発振が止まってしまうため、マイナス 196度以下に冷却する必要があった。また、3〜5μmの光は半導体内部の正または負の電荷と衝突してエネルギーを失いやすいため、レーザ発振に大きな電流が必要であった。
 良質の半導体薄膜を得ることができる一般的な方法として分子線結晶成長法(MBE)があるが、これは超高真空(10-10〜10-12Torr)で結晶成長を行うため、蒸発しやすいイオウなどの結晶を成長させると、イオウなどが蒸発して欠陥となりやすく、良質の薄膜を作ることは難しかった。これに対し真空中で良質の結晶成長を行う方法としてホットウォールエピタキシーがあるが、この方法はストロンチウムのような水蒸気と反応しやすい元素を含む結晶を成長させる場合、原料母材の表面が水酸物で覆われ、原料蒸気の量を制御するのが困難であった。

(内容)
クラッド層に硫化鉛ストロンチウムなどを用い、活性層を量子井戸構造とするとともに、蒸着膜昇華法を用いたホットウォールエピタキシーにより、半導体層を製造することで、マイナス70度以上で動作可能となり、かつしきい値電流の低減を可能とした半導体赤外線レーザ素子を実現

 本新技術は、半導体レーザ素子を構成する半導体層のうち、活性層を硫化鉛ストロンチウム、硫化鉛などを交互に積層させた多層構造とすることで量子井戸構造とするとともに、活性層をはさんでいるクラッド層にストロンチウムなどを混入することで電子、正孔および光の閉じこめ効率を上げて約マイナス70度以上と従来より高温での発振を可能とし、かつ、しきい値電流を下げるものである。そしてこのような半導体レーザ素子を製造するため、原料蒸気を高濃度にして結晶成長を行わせるホットウォールエピタキシーに、蒸着膜昇華法を組み合わせる方法を用いたものである。

 本研究者らは、クラッド層に硫化鉛ストロンチウムなどを用いることが高温発振などに有効であることを見出し、さらに、活性層を100〜200Åの厚さの硫化鉛と硫化鉛ストロンチウムを交互に数層積層して量子井戸構造とすることにより、しきい値電流の低減を可能とすることを示した。一方、半導体レーザ素子製造プロセスの研究においては、原料蒸気を高濃度にして結晶成長を行わせるホットウォールエピタキシーを適用することで、イオウなど蒸発しやすい元素を含む半導体の薄膜の作製を行った。また、硫化鉛ストロンチウムなどの結晶成長に際しては、ストロンチウム原料を急加熱し蒸発させた後、るつぼの内壁に原料を一旦蒸着させ、その後るつぼ全体から原料蒸気を安定に供給する蒸着膜昇華法を用いた新規なホットウォールエピタキシーを見出し、これを用いることで良質の半導体層が得られることを確認した。

 本新技術による赤外線レーザ素子の製造工程は次の通りである。

(1) 基板の作製
単結晶を作製し、切断研磨して基板とする。

(2) 化合物半導体の薄膜結晶成長
基板上に、ホットウォールエピタキシーを用いて硫化鉛などの薄膜結晶を成長させる。また蒸着膜昇華法を用いた新規なホットウォールエピタキシーにより硫化鉛ストロンチウムなどの薄膜結晶を形成する。これらの操作を適切な回数繰り返し量子井戸構造とする。結晶成長にあたっては、各々の蒸発源の温度を制御することにより、精密な組成制御を行う。

(3) 絶縁膜、電極の作製
プラズマCVD法などを用いて、絶縁膜である酸化シリコン膜などを作製した後、真空蒸着法などにより結晶の上下面に金などの金属材料を電極として蒸着する。

(4) エッジング、チップ化、実装
活性層、クラッド層を縦方向に細長く残して周囲を削り、削った部分に酸化シリコンをつけた後、基板から各チップを分離し、パッケージ実装を行った後、素子化する。

(効果)
期待される通信、計測、医療などの分野への応用

本技術による赤外線半導体レーザ素子は次のような特徴を持つ。

(1) クラッド層として硫化鉛ストロンチウムなどを用い活性層を量子井戸構造とすることにより、マイナス70度以上でパルス発振するため電子素子による冷却が可能となり小型、低しきい値電流の赤外線(3〜5μm)レーザ素子が実現できる。
(2)
蒸着膜昇華法を用いた新規なホットウォールエピタキシーにより硫化鉛ストロンチウムなどストロンチウムを含む化合物の結晶成長が可能となる。
(3) 従来のものに比べ高出力な半導体レーザ素子を製造できる。

従って、

(1) 環境物質計測用レーザ
(2) 医療・診断用レーザ
(3) 通信・計測用レーザ
としての利用が期待される。

   
(注1) 量子井戸構造とは、薄い半導体膜を複数層積層し、電子や正孔の厚さ方向の運動を制限するようにした構造を言う。量子井戸構造の中の電子や正孔は、厚さ方向の運動が制限されるため、各々のエネルギーがそろいやすくなる。この性質を半導体レーザに利用すると、少ない電流値でレーザ発振が起きる。

(注2) 原料物質を急速に加熱し、蒸発させてるつぼ内壁にこの原料を一旦蒸着させた後、るつぼ内壁に付着した原料を再び蒸発させることで安定した原料蒸気の供給を可能にするもの。


This page updated on May 14, 1999

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