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科学技術振興機構報 第992号

平成25年10月29日

東京都千代田区四番町5番地3
科学技術振興機構(JST)
Tel:03-5214-8404(広報課)
URL http://www.jst.go.jp

水素変換酵素の活性中心を合成する酵素を発見
—生物機能を模擬した人工触媒の開発へ前進—

ポイント

JST 課題達成型基礎研究の一環として、マックスプランク陸生微生物学研究所の嶋 盛吾 グループリーダーらは、微生物に含まれる水素変換酵素がその機能を獲得するのに必要な酵素の1つを発見し、その反応機構を世界で初めて解明しました。

現在、水素を工業的に利用する水素変換プロセスでは、白金などの貴金属が水素変換反応を促進する触媒として使われています。しかし、貴金属は高価であり埋蔵量にも限りがあることから、微生物に含まれる水素変換酵素(ヒドロゲナーゼ)を摸倣した人工触媒の研究が活発に行われています。

ヒドロゲナーゼは、活性中心に金属などの原子が寄り集まった化合物を持ち、水素分子との反応はそこで行われています。そのため、ヒドロゲナーゼがその機能を獲得するためには、活性中心化合物を組み立てる役目をする因子が必要です。

嶋研究者らが第一人者である、鉄[Fe]ヒドロゲナーゼ酵素は、ヒドロゲナーゼの中でもシンプルな構造で耐久性も高いことから、その活性中心化合物である「FeGPコファクター」が作られる仕組みが分かれば、安価で優れた水素変換触媒の開発につながることが期待されています。

今回、FeGPコファクターを作る酵素の1つとして、「HcgB」を、たんぱく質の立体構造から機能を探索する構造ゲノム学注1)的手法を用いて発見しました。さらにこの酵素で合成された物質の構造も明らかにすることにも成功し、FeGPコファクターの生合成機構の全容解明に向けて大きく前進しました。

将来的に、FeGPコファクターの生合成機構が網羅的に解明され、FeGPコファクターの模擬化合物ができれば、安価で大量供給可能な人工触媒として、人工光合成や燃料電池の電極などへの活用が期待されます。

本研究成果は、ドイツ化学会誌の英語版「Angewandte Chemie International Edition」のオンライン版にて近日公開される予定です。

本成果は、以下の事業・研究領域・研究課題によって得られました。

戦略的創造研究推進事業 個人型研究(さきがけ)

研究領域 「光エネルギーと物質変換」
(研究総括:井上 晴夫 首都大学東京 人工光合成研究センター センター長/特任教授)
研究課題名 「[Fe]−ヒドロゲナーゼの活性中心鉄錯体の生合成」
研究者 嶋 盛吾 グループリーダー
研究実施場所 マックスプランク陸生微生物学研究所
研究期間 平成21年10月〜平成26年3月

JSTはこの領域で、人類にとって理想的なエネルギー源である太陽光による広義の物質変換を介して、光エネルギーを化学エネルギーに変換・貯蔵・有効利用し得る高効率システムの構築を目指した、独創的で挑戦的な研究を実施しています。

<研究の背景と経緯>

水素は将来の再生可能エネルギーの1つとして注目されており、無限にある太陽光を利用する人工光合成で水素を生産する技術や、燃料電池で電気エネルギーに転換する技術の開発は、エネルギー問題の観点から重要な課題とされています。そのための鍵となるのが、水素ガスを生産できる、あるいは水素ガスから電気を取り出す触媒物質の開発です。現在、人工光合成や燃料電池の電極の触媒として使われている白金などの希少元素は高価であるだけでなく、供給量が限られており、工業レベルの技術開発に向けて新しい材料の開発が急務となっています。

近年、生物機能を模倣して新たな工学材料を設計する研究(バイオミメティックス化学)が注目されていますが、希少元素に代わる新しい触媒材料としても、自然界で水素を利用または合成する微生物に含まれる水素変換酵素(ヒドロゲナーゼ:水素ガスを分割したり、発生を促進する働きを持つ)を摸倣した人工触媒の研究が活発に行われています。

特に、現在知られている3種類のヒドロゲナーゼ酵素の1つである鉄[Fe]ヒドロゲナーゼは、研究者らが世界に先駆けて研究している酵素であり、耐久性が高くシンプルな構造を持つことから、その機能を模擬した物質は、優れた代替触媒になり得ることが期待されています。

そのため、この酵素を模擬した化合物の合成が試みられていますが、これまで水素反応活性を担う、FeGPコファクターと呼ばれる有機金属化合物が、微生物内でどのように作られるのか分かっていませんでした。

<研究の内容>

今回、構造ゲノム学を活用した画期的な手法により、微生物内でFeGPコファクターを合成する酵素の1つであるHcgBの機能を発見し、その反応機構を世界で初めて解明しました(図1)。

微生物内で、FeGPコファクターを作ると推定されている酵素がいくつかあります。これまで、たんぱく質である酵素の機能を推定するために、一般的にアミノ酸配列を既知の酵素と比較する方法が用いられてきましたが、その手法では祖先が異なるたんぱく質同士の場合、機能が似ていてもアミノ酸配列は似ていないため、実際にたんぱく質の機能を解明することは困難とされてきました。

そこで嶋研究者らは、立体構造が類似しているたんぱく質は同じ機能を持つことに着目し、立体構造からたんぱく質の機能を探索する構造ゲノム学の手法を用いて、たんぱく質の立体構造比較から、細胞内でFeGPコファクターを合成する酵素の1つである「HcgB」の機能を予測・発見しました。さらに、化学分析とX線結晶構造解析によってその機能が正しいことを証明しました(図2)。

具体的には、HcgBはFeGPコファクターの有機部分である「グアニリルピリジノール」を完成する反応を促進する機能を持つことが分かり、さらにこの酵素で合成された物質の構造も明らかになりました。構造ゲノム学のコンセプトを応用し、結晶学的な手法と融合することでたんぱく質の機能を解明できた実例はこれまでほとんどなく、画期的な事例であるといえます。

今回の成果により 鉄[Fe]ヒドロゲナーゼ酵素の水素変換反応を担うFeGPコファクターの生合成酵素の1つの機能が解明されたことは、鉄[Fe]ヒドロゲナーゼ酵素の生合成機構の全容の解明に大きく貢献するもので、同手法を用いることで、さらに機構解明が加速することが期待されます。

<今後の展開>

本成果によって、鉄[Fe]ヒドロゲナーゼ酵素の水素変換反応を担うFeGPコファクターの生合成機構の解明に向けて大きく前進しました。今後、この生合成機構の全容が解明されれば、「FeGPコファクター」を模擬した化合物の開発や改良につなげることが可能で、将来的には、白金に代わる安価で大量生産が可能な優れた人工触媒として、人工光合成への活用が期待されます。さらに、水素ガスから電気を取り出す燃料電池の電極への活用も期待されます。

<付記>

本研究は、マックスプランク生物物理学研究所のウルリッヒ・エルムラー博士とマールブルグ大学のシューラン・シー博士のグループと共同で行ったものです。

<参考図>

図1

図1

微生物の細胞内で活性中心化合物「FeGPコファクター」を合成する酵素の1つである「HcgB」の機能(左)と[Fe]ヒドロゲナーゼが促進する反応(右)。

[Fe]ヒドロゲナーゼは水素ガスから化合物に電子を供給したり、化合物から電子を取り出して水素ガスを生産する水素変換反応を行う酵素で、その反応を担う反応活性中心がFeGPコファクター化合物です。HcgBはピリジノールをFeGPコファクターの有機部分となるグアニリルピリジノールに変換します。

図2

図2

X線結晶構造解析からHcgB酵素と生成物のグアニリルピリジノールがつながっている様子を観察できました。図中の破線はグアニリルピリジノールとHcgBとの結合場所を示します。図中央の緑の棒モデルはグアニリルピリジノールで、そのほかの棒モデルはHcgBのアミノ酸残基を示します。

<用語解説>

注1)構造ゲノム学
たんぱく質の立体構造を網羅的に決定し、機能との関連を調べる学問分野。祖先が異なるたんぱく質同士など、アミノ酸配列の類似性から比較ができない場合に有効とされているが、本手法を使って酵素の機能を特定できた実例は非常に少ない。

<論文タイトル>

“Identification of HcgB Enzyme in [Fe]-Hydrogenase-Cofactor Biosynthesis”
Takashi Fujishiro, Haruka Tamura, Michael Schick, JÖrg Kahnt, Xiulan Xie, Ulrich Ermler, and Seigo Shima
「Angewandte Chemie International Edition」のオンライン版にて公開。
doi: 10.1002/anie.201306745

<お問い合わせ先>

<研究に関すること>

嶋 盛吾(シマ セイゴ)
マックスプランク陸生微生物学研究所 リサーチグループリーダー
Karl-von-Frisch Straβe 10, 35043 Marburg, Germany
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<JSTの事業に関すること>

松尾 浩司(マツオ コウジ)、古川 雅士(フルカワ マサシ)、鈴木 ソフィア沙織(スズキ ソフィアサオリ)
科学技術振興機構 戦略研究推進部 グリーンイノベーショングループ
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(英文)Discovery of an enzyme responsible for the [Fe]-hydrogenase active-site biosynthesis