科学技術振興機構報 第99号
平成16年8月3日
東京都千代田区四番町5−3
独立行政法人科学技術振興機構
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鋳型非依存性RNAポリメラーゼ*1の反応機構を解明

― 非天然アミノ酸を含むタンパク質の合成法の道を開く ―

 独立行政法人 科学技術振興機構(理事長:沖村憲樹)は、今まで詳細がわからなかった「シチジン−シチジン−アデニン(CCA)付加酵素」の働きを]線結晶構造解析により解明した。CCA付加酵素は、大腸菌からヒトにいたるまで存在し、タンパク質合成に重要な役割を果たすトランスファーRNA(tRNA)にシチジン−シチジン−アデニン(CCA)という決まった配列のRNAを結合させるものである。RNAは一般にDNAを鋳型として合成されるが、CCA付加酵素によりDNAの鋳型なしで合成される機構は明らかになっていなかった。本研究では、「CCA付加酵素」と「tRNAプライマー*2」、および「基質であるATP(アデノシン-3リン酸)」の3つの複合体のX線結晶構造解析に成功し、CCA付加酵素が鋳型なしで特定のRNAを結合するメカニズムを解明した。これは、従来のタンパク質合成メカニズムの仮説を否定するものであり、生物学の教科書を塗り替えることになる。また、これまでにない非天然アミノ酸を含むタンパク質を合成する道を開くことになり、タンパク質工学の分野に大きく貢献できると考えられる。
 本成果は、戦略的創造研究推進事業個人型研究(さきがけタイプ)「生体分子の形と機能」領域「構造ゲノム科学およびプロテオミクスに基づく新規の遺伝暗号翻訳装置の同定と機能発現メカニズムの解明」の研究者・濡木理(東京工業大学大学院生命理工学研究科教授)、東京工業大学大学院生命理工学研究科助手の深井周也、独立行政法人産業技術総合研究所研究員の富田耕造らの共同研究によるもので、英国科学雑誌「ネイチャー」(8月5日号)に掲載される。
【研究成果の概要】

研究の背景
 大腸菌からヒトにいたるまであらゆる生物で、タンパク質はリボソーム*3と呼ばれるタンパク質合成工場において、遺伝子情報に基づいてアミノ酸をつなげて作られることが分かっている。これをデザートのプリンアラモードを作ることに例えると、DNAがレシピ本で、タンパク質がプリンアラモードに相当する。DNAにある遺伝子情報からタンパク質が作られるが、DNAがタンパク質に作り変えられるのではなく、タンパク質の原料はあくまでもアミノ酸であり、DNAが持っているのは情報でしかない。これは、レシピ本はあくまでも紙にインクで書かれた情報であり、プリンアラモードの原料はプリンや果物、生クリームであることと同じ関係にある。
 このレシピ本からプリンアラモードの要素の1つであるプリンを作るためには、人間が調理道具を使って卵や砂糖、ゼラチンを加工するが、この人間とか調理道具に相当することがリボソームや後述するRNAポリメラーゼであり、プリンがRNAに相当すると考えると分かりやすい。
 このとき、今までは調合した材料をプリン型へ流し込んで固めてつくる(DNAを鋳型にして作られる)と考えられていたが、本研究で分かったことは、直接DNAを鋳型にしてRNA(プリン)が作られるのではなく、「CCA付加酵素」がプリン型の寸法を測って、「CCA付加酵素」自身がプリン型と同じ形になって、その形になるように材料を組み立てて、結果的に鋳型から取り出したと同じプリン(RNA)が作られていることがわかったものである。

 もう少し詳しく説明すると、遺伝子情報は、一旦遺伝子(DNA)からRNAポリメラーゼによってRNAに転写して書き換えられメッセンジャーRNA(mRNA)が作られる。このmRNAがリボソームと結合し、アミノ酸を先端に結合させたトランスファーRNA(tRNA)がmRNAと次々と結合していき、tRNAの先端についたアミノ酸が順々につながってタンパク質が完成する。tRNAの末端はCCA(シチジン−シチジン−アデニン)という配列となるが、このCCA配列は「CCA付加酵素」と呼ばれる鋳型非依存性RNAポリメラーゼによって、アデノシン三リン酸(ATP)などを材料につくられる。
 CCA付加酵素が、DNAなど核酸の鋳型なしで特定の配列のRNAを合成する機構は仮説にとどまっており、DNAの鋳型の助けを借りずに決まった配列をどのようにして合成できるのかについては未解決であった。また、近年、鋳型依存性RNAポリメラーゼの結晶構造が次々と発表されているが、これまでに、鋳型非依存性RNAポリメラーゼとプライマー、基質の複合体の結晶構造解析がなされた例はなかった。

研究の経緯および成果の概要
 研究グループは、今まで詳細が分からなかった「CCA付加酵素」の反応機構をX線結晶構造解析により解明した。CCA付加酵素は、大腸菌からヒトにいたるまで存在し、タンパク質合成に重要なトランスファーRNA(tRNA)の末端に、DNAの鋳型を必要とせずに、シチジン−シチジン−アデニン(CCA)という決まった配列のRNAを結合させる。これまで、DNAの鋳型なしで働くポリメラーゼの反応機構は明らかになっておらず、しかもCCA付加酵素のように特定の配列のRNAを結合させるメカニズムは未知であった。本研究では、「酵素(CCA付加酵素)」と「tRNAプライマー*3」、および「基質(ATP:アデノシン-3リン酸)」の3つの複合体のX線結晶構造解析に成功し、CCA付加酵素が鋳型なしで特定のRNAを結合するメカニズムを解明した。

 具体的には、「CCA付加酵素」と「CCのみが付加されたtRNAプライマー」と「基質であるATP」の複合体の立体構造をX線結晶構造解析により決定し、その立体構造に基づいて37種類におよぶ酵素の変異体を作成し、アデノシン(A)結合活性を測定することで、以下の知見を得た。

(1) tRNAのみがCCA付加酵素のプライマーとなる。
(2) 「タンパク質性の鋳型」が形成され、鋳型依存性ポリメラーゼのDNAの鋳型を擬態していた。(図1

 これらのことより、CCA付加酵素は、鋳型DNAの代わりに酵素のアミノ酸残基*4で構成された「タンパク質性の鋳型」によって、ATPなどの基質を固定し、tRNAの末端が伸縮することで、鋳型なしでも特異的にCCA配列を結合させることができることが明らかになった。

今後期待できる成果
 本研究では、CCA付加酵素という、すべての生物でタンパク質合成に必須な鋳型非依存性RNAポリメラーゼの反応メカニズムを解明し、これまでの仮説をすべて否定することとなり、生物学の教科書を塗り替えることになると考えられる。また、本構造に基づいてCCA付加酵素の変異体をデザイン・作成することで、天然にないアミノ酸を結合したtRNAを作出することも可能になり、これまでにない非天然アミノ酸を含むタンパク質を合成することができれば、タンパク質工学の分野に大きく貢献できると考えられる。

【論文名】
Nature
"Structural basis for template-independent RNA polymerization"
鋳型非依存性RNAポリメラーゼ反応の構造的基盤
doi :10.1038/nature02712

【研究領域等】
戦略的創造研究推進事業 個人型研究(さきがけタイプ)
「生体分子の形と機能」研究領域 (研究総括:郷 信広)
 研究課題名 : 構造ゲノム科学およびプロテオミクスに基づく新規の遺伝暗号翻訳装置の同定と機能発現メカニズムの解明
 研究者 : 濡木 理
 研究実施場所 : 東京工業大学 大学院生命理工学研究所 生命情報専攻
 研究実施期間 : 平成14年11月〜平成17年度

(図1)CCA付加酵素の反応機構
【用語補足】

【問い合わせ先】
 濡木 理 (ヌレキ オサム)
  国立大学法人 東京工業大学 大学院生命理工学研究所 生命情報専攻
   〒226-8501 神奈川県横浜市緑区長津田町4259
   TEL: 045-924-5711  FAX: 045-924-5831

 瀬谷 元秀(セヤ モトヒデ)
  独立行政法人 科学技術振興機構 戦略的創造事業本部
  研究推進部研究第二課
   〒332-0012 埼玉県川口市本町4丁目1番8号
   TEL:048-226-5641  FAX:048-226-2144

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