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科学技術振興機構報 第953号

平成25年5月14日

東京都千代田区四番町5番地3
科学技術振興機構(JST)
Tel:03-5214-8404(広報課)
URL http://www.jst.go.jp

iPS細胞から造血幹細胞の作製に成功。さらに遺伝子治療への応用にも成功
—骨髄移植に代わる新たな治療法に期待—

ポイント

JST 課題達成型基礎研究の一環として、東京大学 医科学研究所の中内 啓光 教授の研究チームは、マウスとヒトの人工多能性幹細胞(iPS細胞)注1)から血液のもとになる造血幹細胞注2)をマウス体内で作り出すことに成功しました。また、この方法を応用して遺伝性の血液疾患マウスの遺伝子治療にも成功しました。

これまで、iPS細胞から造血幹細胞を試験管内で作る試みがたくさん行われていますが、生体に移植しても生着せず、移植に使えるような造血幹細胞を作り出すことができませんでした。

研究チームの同研究所の山崎 聡 助教らは、iPS細胞を造血幹細胞への分化を促すたんぱく質などと共にマウスに移植し、体内で分化させることに成功しました。マウスの体内でiPS細胞から分化した造血幹細胞を取り出し、造血幹細胞を失った別のマウスに移植したところ、正常な造血幹細胞と同様に生着し血液を作り出すことが分かりました。できた血液にはほぼ全ての血液細胞が含まれていました。さらに、遺伝的に障害があり免疫不全になったマウスからiPS細胞を作り出し、遺伝子の障害を矯正した後にマウスの体内で造血幹細胞に分化させることにより、免疫不全を治療することにも成功しました。

ヒトのiPS細胞からも同様の方法で造血幹細胞の分化が確認できたことから、本研究成果は将来的に免疫不全症、白血病や再生不良性貧血といった血液の難病患者のiPS細胞から正常な造血幹細胞を作り出し、根治的な遺伝子・細胞治療を行うという可能性を秘めており、他人からの骨髄(造血幹細胞)移植に代わる新たな治療法になると期待されます。

本研究成果は2013年5月14日(米国東部時間)に米国遺伝子治療学会誌「Molecular Therapy」のオンライン版で公開されます。

本成果は、以下の事業・研究プロジェクトによって得られました。

戦略的創造研究推進事業 ERATO型研究

研究プロジェクト 「中内幹細胞制御プロジェクト」
研究総括 中内 啓光(東京大学 医科学研究所 幹細胞治療研究センター 教授)
研究期間 平成19〜25年度

JSTはこのプロジェクトで、臓器発生過程の基礎的研究と、その知見に基づいた臓器再生法確立のための新技術の研究を行っています。

<研究の背景と経緯>

白血病やそのほかの血液疾患では、骨髄(造血幹細胞)移植が有効な治療手段として用いられていますが、一方で造血幹細胞移植は慢性的なドナー不足という深刻な問題を抱えています。そのため近年、新たな移植のソースとしてiPS細胞が注目されるようになりました。しかし、試験管内においてiPS細胞から機能的な造血幹細胞を誘導することは非常に難しいのが現状でした。その理由として、造血幹細胞の分化に必要な栄養素や環境因子などがいまだに明確に分かっていないということがあります。そこで、本研究ではiPS細胞を造血幹細胞に分化させる場所としてテラトーマという良性腫瘍に着目しました。テラトーマは胚性幹細胞(ES細胞)注3)やiPS細胞をマウスに移植した際に得られる腫瘍のことで、血液細胞を含むさまざまな組織へ分化した細胞が含まれています。従って、iPS細胞を用いてテラトーマを作製する過程で造血幹細胞の維持に必要とされるたんぱく質(サイトカイン注4))や造血を支持する細胞を投与することで、テラトーマ内に効率よく造血幹細胞を誘導できるのではないかと考えました。もう1つの仮定は、もしテラトーマの中で造血幹細胞が誘導されたとしたら、テラトーマの中にとどまらずに骨髄に移動するだろうというものです。骨髄移植の例から明らかなように、末梢血に注入された造血幹細胞は骨髄に移動して造血を開始する性質を持っています。そこでテラトーマができたマウスの骨髄を詳しく探せばiPS細胞由来の造血幹細胞が見つかるだろうと考え、本研究を行うことにしました。

<研究の内容>

(1)マウスiPS細胞からの機能的な造血幹細胞の誘導

まず、マウスのiPS細胞から機能的な造血幹細胞が誘導されるかどうかを検討するために、緑色蛍光たんぱく質(Green fluorescent protein)の遺伝子を持つマウスからiPS細胞を樹立し、緑色蛍光たんぱく質の遺伝子を持たないマウスの皮下にサイトカインと支持細胞と共に注入することでテラトーマを作製しました。これにより、iPS細胞から分化した細胞を蛍光色で識別することができます。その結果、iPS細胞を注入しテラトーマが形成されたマウスの末梢血中にiPS細胞由来であることを示す緑色の血液細胞が検出されました(図1)。また、生体内の造血幹細胞は骨髄に集まる特性を持つため、骨髄中を調べるとiPS細胞由来の造血幹細胞が検出され、さらにテラトーマ中にはiPS細胞由来の血液細胞が存在していました。この造血幹細胞を採取し、放射線照射によって造血幹細胞を破壊したマウスに移植した結果、移植後長期にわたってマウスの体内にiPS細胞由来の血液細胞が生着しており、全ての血球系へ分化していることが確認されました(図2)。以上の結果から、iPS細胞由来の造血幹細胞は長期にわたって造血能を保持した機能的な細胞であることが示唆されました。

(2)iPS細胞由来造血幹細胞の遺伝子治療モデル

次に、iPS細胞からの造血幹細胞誘導法の応用例として遺伝性の血液疾患である免疫不全症マウスからiPS細胞を樹立し、正常遺伝子を導入してから造血幹細胞を誘導することにより、マウスの免疫不全症の治療モデルを構築しました。共通γ鎖遺伝子を欠損したためにリンパ球がなく、重症免疫不全症(X−SCID)を発症するマウスからiPS細胞を樹立し、そこに欠損した遺伝子を導入して遺伝子治療を施します。この治療されたiPS細胞を再び免疫不全マウスの皮下に支持細胞と共に注入し、テラトーマを作製しました。その結果、テラトーマが形成された免疫不全マウスの末梢血中にiPS細胞由来のリンパ球が検出されました(図3)。このことから、遺伝子治療を施したiPS細胞からテラトーマ形成を利用して誘導した造血幹細胞を自家移植することによって、免疫不全症などの血液疾患を根治的に治療できる可能性が示唆されました。

(3)ヒトiPS細胞からの機能的な造血幹細胞の誘導

ヒトへの応用の可能性をさらに検討するため、上記の実験系を用いてヒトのiPS細胞からも造血幹細胞を誘導できるかどうかを検討しました。もしこれが可能であれば、(2)で示したように免疫不全症の治療の際に、遺伝子治療した自分自身の造血幹細胞を使って移植ができることになります。また白血病などの治療の際も骨髄バンクを利用せずに自分自身の造血幹細胞で移植を行うことが可能になります。そこで、ヒトiPS細胞をサイトカインと支持細胞と共にマウスの皮下に注入し、末梢血と骨髄を解析しました。その結果、テラトーマが形成されたマウスの骨髄中にヒトの造血幹細胞が検出されました。このようにして得られたヒトの造血幹細胞を採取して、別の造血幹細胞を破壊したマウスに移植した結果、骨髄への生着および全ての血球系に分化していることが確認されました(図4)。以上の結果は、テラトーマ形成を介することで、ヒトのiPS細胞からも移植治療に使える造血幹細胞を誘導できたことを示しています。

<今後の展開>

ヒトiPS細胞から造血幹細胞が作製できたこと、また、それを利用した遺伝子矯正治療モデルに成功したことは、将来的にこの方法によりヒトの遺伝性を含む各種血液疾患の根治的治療に役立つ可能性を秘めています。実際に遺伝子の突然変異によって正常な血液細胞が作れなくなり、免疫不全症、慢性肉芽腫症、血小板や赤血球の異常症などに苦しむ患者が大勢います。例えばその患者の皮膚からiPS細胞を作り、変異してしまった遺伝子を正常なものに治療します。この正常化したiPS細胞から動物の体内で誘導した造血幹細胞を取り出し、患者自身に移植することで病気を根治的に治療することが可能になります。

しかし、iPS細胞を完全に分化させないまま生体に移植すると腫瘍ができてしまうため、iPS細胞から作られた造血幹細胞が完全に分化した細胞であるという確認が必要になります。本研究の結果から、骨髄に移動してきたiPS細胞由来の造血幹細胞をマウスに移植して腫瘍ができた例はありませんが、実際に人間に移植する場合は安全性の確保が重要な課題となります。今後、さらに効率よくヒトの造血幹細胞を作製するためにどのような動物種が適しているのか、どのように安全性を確認するのかを検討していく予定です。

<参考図>

図1

図1 末梢血中に確認されるiPS細胞由来血球細胞

緑色に蛍光強度が強く検出される血球細胞がiPS細胞であり、緑色の蛍光強度が低い血球細胞は宿主由来である。

図2

図2 iPS細胞からの造血幹細胞の誘導方法

  • A:iPS細胞をマウスに注入するとテラトーマが形成されその中で造血幹細胞が分化し、骨髄に移動する様子。
  • B:iPS細胞はOP9という支持細胞と共にマウスに注入し、サイトカインはポンプに入れてマウスの皮下に埋め込む。3ヵ月後、骨髄からiPS細胞由来の造血幹細胞を取り出し、造血幹細胞を失ったマウスに移植すると生着して造血する。
図3

図3 免疫不全マウスのiPS細胞を遺伝子矯正して免疫不全を改善

T細胞が分化しないX−CIDマウスからiPSを樹立して遺伝子矯正をすることによって造血幹細胞から機能的なT細胞が作られるようになる。

図4

図4 ヒトiPS細胞から分化した造血幹細胞が作った赤血球

<用語解説>

注1) 人工多能性幹細胞(iPS細胞:induced Pluripotent Stem Cell)
生体に存在する体細胞に特定の遺伝子(初期の報告ではOct3/4、Sox2、Klf3、c−Mycの4つ)を導入することで誘導される多能性幹細胞。マウスでは2006年に、ヒトでは2007年に、それぞれ京都大学の山中 伸弥 教授らによって樹立が報告された。
注2) 造血幹細胞
リンパ球や赤血球、白血球などの血液細胞のもととなる幹細胞。成体では主に骨髄に存在し全ての血球系細胞に分化することができる多能性幹細胞の1つ。
注3) 胚性幹細胞(ES細胞:Embryonic Stem Cell)
受精後の胚盤胞(受精後4日程度の胚)に存在する内部細胞塊から樹立される多能性幹細胞。マウスでは1983年にエバンス(英国)らによって、ヒトでは1993年にトムソン(米国)らによって、その樹立が報告された。
注4) サイトカイン
免疫システムの細胞から分泌されるたんぱく質で、特定の情報伝達をするもの。細胞の増殖、分化、細胞死、あるいは創傷治癒などに関係するものがある。

<論文名>

“Generation of Engraftable Hematopoietic Stem Cells from Induced Pluripotent Stem Cells by Way of Teratoma Formation”
(テラトーマ形成を介した人工多能性幹細胞からの機能的な造血幹細胞の分化誘導)
doi: 10.1038/mt.2013.71

<お問い合わせ先>

<研究に関すること>

中内 啓光(ナカウチ ヒロミツ)
東京大学 医科学研究所 幹細胞治療研究センター 教授
〒108-8639 東京都港区白金台4−6−1
Tel:03-5449-5450
E-mail:

<JSTの事業に関すること>

坂本 祥純(サカモト ヨシズミ)
 科学技術振興機構 研究プロジェクト推進部
〒102-0076 東京都千代田区五番町7 K’s五番町ビル
Tel:03-3512-3528 Fax:03-3222-2068
E-mail:

(英文)Generation of Engraftable Hematopoietic Stem Cells From Induced Pluripotent Stem Cells by Way of Teratoma Formation