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科学技術振興機構報 第952号

平成25年5月13日

東京都千代田区四番町5番地3
科学技術振興機構(JST)
Tel:03-5214-8404(広報課)
URL http://www.jst.go.jp

固体酸化物形燃料電池を低温で動かす新たな機構を発見

ポイント

JST 課題達成型基礎研究の一環として、JST さきがけ研究者の山崎 仁丈らは、固体酸化物形燃料電池(SOFC)注1)の動作温度を350℃にまで下げるための材料設計指針を明らかにしました。

燃料電池は、水素などの燃料と空気(酸素)を反応させて電力を取り出す仕組みで、環境に優しく効率的な発電装置です。使用する材料によってさまざまな方式の燃料電池が開発されていますが、最も高いエネルギー変換効率を示すのがSOFCです。しかし、現状は動作温度が700〜1000℃と高温であることから、大型発電設備や家庭用発電に用途が限られています。SOFCを多様な用途で使用するには動作温度を700℃以下にする必要があり、さらにノートパソコンや携帯電話向けには、450℃以下の動作温度に下げることが必要です。そこで、電解質注2)の材料を従来の酸素イオンが伝達する酸化物に代えて、低温でも高効率に輸送できる水素イオン(プロトン)酸化物を用いて、動作温度を下げる研究が盛んに行われています。

今回、代表的なプロトン伝導性酸化物としてイットリウムを添加したジルコン酸バリウムを用いて、高温下のプロトンの挙動を観測しました。その結果、プロトンの伝導しやすさは、イットリウムとプロトンの引きつけ合う力である束縛エネルギー注3)によって決まることが分かりました。また、添加元素とプロトン間の束縛エネルギーが小さいほど、プロトン伝導度が向上する法則を発見し、束縛エネルギーと電解質の動作温度の関係を明らかにしました。このモデルに基づき、束縛エネルギーが低い添加元素を用いた場合、350℃という中温度域でも燃料電池の動作に十分なプロトン伝導が得られることが示されました。

今後、このモデルに基づいた材料の開発により、真に中温度域動作が可能な高効率な燃料電池の開発だけではなく、燃料電池に使用できる材料の選択性が広がることが期待されます。

本研究成果は、2013年5月12日(英国時間)に英国科学誌「Nature Materials」のオンライン速報版で公開されます。

本成果は、以下の事業・研究領域・研究課題によって得られました。

戦略的創造研究推進事業 個人型研究(さきがけ)

研究領域 「光エネルギーと物質変換」
(研究総括:井上 晴夫 首都大学東京 人工光合成研究センター センター長/特任教授)
研究課題名 「太陽光と新規酸素吸収酸化物を用いた燃料生成」
研究者 山崎 仁丈(科学技術振興機構 さきがけ研究者)
研究実施場所 カリフォルニア工科大学
研究期間 平成22年10月〜平成28年3月

JSTはこの領域で、人類にとって理想的なエネルギー源である太陽光による広義の物質変換を介して、光エネルギーを化学エネルギーに変換・貯蔵・有効利用し得る高効率システムの構築を目指した、独創的で挑戦的な研究を実施しています。

<研究の背景と経緯>

プロトン伝導性酸化物は、水素イオン(プロトン)が伝導するユニークな酸化物であり、従来よりも低い温度で動作する固体酸化物形燃料電池(SOFC)の電解質として期待されています。代表的なプロトン伝導性酸体は「ペロブスカイト構造」を持つもので、大きさの異なる2つの金属イオン(A2+およびM4+)と3つの酸素イオンから構成されます(図1)。このM金属イオンサイトに特定の元素を添加することでプロトン伝導が起こるため、添加元素がプロトン伝導に極めて大きな役割を果たすことが推測されていました。

プロトン伝導機構は、1981年にプロトン伝導性酸化物が発見されて以来活発に議論されてきましたが、その結論はいまだ出ておらず、何がプロトン伝導の大小を決定しているのかこれまで分かっていませんでした。

<研究の内容>

本研究では、プロトン伝導機構が「プロトントラッピング」という現象によるものであることを、世界で初めて明らかにしました。プロトントラッピングとは、添加元素がプロトンを引きつける現象で、添加元素とプロトンの束縛エネルギーの大小によってプロトン伝導度が決定されることが明らかになりました。

プロトンを含んだイットリウム添加ジルコン酸バリウムには、イットリウムに束縛されたプロトンと脱出したプロトンが存在します。低温ではほとんどのプロトンがイットリウムの周りに拘束されており(図2−1)、固体核磁気共鳴法注4)によって拘束されたプロトンのみが観測されます(図3上)。高温になるにつれてプロトンはイットリウムの周りから脱出し(図2−2)、450℃では束縛されたプロトンと脱出したプロトンがほぼ同程度存在し(図3下)、脱出したプロトンは高速に伝導します(図2−3)。低温では、プロトンをイットリウム周辺から脱出させるのに大きな熱エネルギーを必要とします。高温ではイットリウムから離れて高速に伝導するプロトンが多数存在するため、プロトン拡散係数の温度依存性は小さくなります。結果として、湾曲したプロトン拡散係数の温度依存性が得られました(図4)。この湾曲した温度依存性は、プロトントラッピングによってプロトン伝導度が規定される事実を示す決定的証拠であり、本研究により初めて実験的に確認されました。

これらの実験結果から、プロトン束縛エネルギーからプロトン拡散係数を一意的に決定するモデルを作り、束縛エネルギーと燃料電池の動作温度の関係を定量的に導きました。例えば、プロトンの束縛エネルギーがイットリウムに比べて9kJ/mol低い元素を添加したジルコン酸バリウムでは、燃料電池の動作に必要なプロトン伝導度は350℃という低温でも得られます(図5)。このことは、添加元素の選択によってプロトン束縛エネルギーを最小化し、中温度域におけるプロトン伝導を向上させることのできる新たな電解質設計指針となります。

<今後の展開>

本研究で得られた新たな電解質設計指針に基づいて、プロトン束縛エネルギーがより小さな添加元素を選択し、中温度域において高いプロトン伝導度を示す電解質材料の開発を目指します。経済産業省の燃料電池ロードマップ(2010)によると、燃料電池の導入は2015年頃、普及は2030年頃という目標を立てています。現在の燃料電池では、材料選択の幅が狭く、今後の普及を高めるためには、使用する燃料、材料や環境などの制限を減らすことが共通の課題です。実用的な中温度域で十分な性能を持つ燃料電池が開発可能になれば、燃料電池として使用する燃料、材料や環境の幅がさらに広がり、導入および普及に大きく貢献することが期待できます。

<付記>

本研究は、米国・カリフォルニア工科大学の奥山 勇治 博士、ルチオーベガ・ファン 氏、ハイレ・ソシナ 教授、ストーニーブルック大学のブアニック・ルシアン 博士および英国・ケンブリッジ大学のブランク・フレデリック 博士、グレー・クレア 教授と共同で行ったものです。

<参考図>

図1

図1 ペロブスカイト構造の模式図

2+金属イオン(赤色)、M4+金属イオン(黄色)、酸素イオン(青色)から構成される。立方体の中心に位置するM4+元素を特定の金属イオンに置換することでプロトン伝導を誘起できる。イットリウム添加ジルコン酸バリウムの場合、赤色のサイトがバリウム、黄色のサイトがジルコニウムと添加イットリウムで構成される。

図2

図2 イットリウム(Y)置換したジルコン酸バリウムのプロトン伝導機構の模式図

  • 1)イットリウム(Y)の周りに束縛されたプロトン(H)。
  • 2)イットリウム(Y)の束縛から脱出するプロトン(H)。
  • 3)イットリウム(Y)の束縛から脱出し高速移動するプロトン(H)。
図3

図3 高温プロトン固体核磁気共鳴法によって同定された2種類のプロトン

100℃という低温では束縛されたプロトンのみが観測されたが、450℃という高温ではさらに束縛から脱出したプロトンが観測された。

図4

図4 湾曲したプロトン拡散係数の温度依存性

イットリウム添加のジルコン酸バリウムにおいては、束縛なしのプロトンの拡散係数と比較して、低温域でのプロトン拡散係数は格段に小さい。この現象は、束縛(トラッピング)によって、固体中に伝導するプロトンが少ないために起きる。

図5

図5 プロトントラッピングモデルに基づいて計算した、
燃料電池の動作に必要なプロトン伝導が得られる温度と電解質の厚さの関係

ジルコン酸バリウムの電解質の厚さが0.01ミリメートル(10−5m)の場合、束縛エネルギーが29kJ/molであるイットリウムを添加元素として選択すると(青線)、燃料電池に必要な伝導度は約450℃で得られる。イットリウムよりプロトンの束縛エネルギーが9kJ/mol低い元素を選択すると(赤線、20kJ/mol)動作温度を350℃まで低温側へシフトさせることができる。

※0.01ミリメートルは、圧粉整形などの技術を用いて、低コストで作製できる厚さの限度。

<用語解説>

注1) 固体酸化物形燃料電池(SOFC)
固体酸化物を電解質として用いた燃料電池。燃料電池は水素と酸素を利用した次世代の発電システムであり、水の電気分解と逆の原理によって高効率の発電を行う。燃料電池の電解質におけるイオン伝導度(伝達のしやすさ)とその動作温度が開発の重要な鍵となる。SOFCは固体酸化物形燃料電池の英語名(Solid Oxide Fuel Cells)の頭文字を取った略称。
注2) 電解質
燃料電池において、特定のイオンだけを選択的に通し、電子やそのほかのイオンを通さない物質。水素イオン(H)だけを輸送する電解質は、現状、中温用燃料電池に最も適している。
注3) 束縛エネルギー
正の電荷を持つプロトンと相対的に負の電荷を持つ添加元素が引き合うエネルギー。プロトンを添加元素の周りから解放し高速に伝導させるには、このエネルギーよりも大きな熱エネルギーが必要となる(図2−2)。このため、プロトンの拡散係数の温度依存性は低温においてより大きな温度依存性を示す(図4)。
注4) 固体核磁気共鳴法
固体中のプロトンの周辺環境を核磁気共鳴を用いて特定する方法。高温におけるその場観察を行うことにより、低温でイットリウムに束縛されていたプロトンが高温で脱出する様子を観察することに成功した。

<論文タイトル>

“Proton trapping in yttrium-doped barium zirconate”
(イットリウム添加ジルコン酸バリウムにおけるプロトントラッピング)
doi: 10.1038/nmat3638

<お問い合わせ先>

<研究に関すること>

山崎 仁丈(ヤマザキ ヨシヒロ)
科学技術振興機構 さきがけ研究者
カリフォルニア工科大学 材料科学学科 客員研究員
91030 1200 E California Blvd., Pasadena, CA 91125, USA
Tel:+1-626-399-4810 Fax:+1-626-395-8868
E-mail:

<JSTの事業に関すること>

古川 雅士(フルカワ マサシ)、木村 文治(キムラ フミハル)、鈴木 沙織(スズキ サオリ)
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