JSTトッププレス一覧科学技術振興機構報 第906号別紙2 > 研究領域:「生命動態の理解と制御のための基盤技術の創出」
別紙2

平成24年度 新規採択研究代表者・研究者および研究課題の概要

CREST

戦略目標:「生命現象の統合的理解や安全で有効性の高い治療の実現等に向けたin silico/in vitroでの細胞動態の再現化による細胞と細胞集団を自在に操る技術体系の創出」
研究領域:「生命動態の理解と制御のための基盤技術の創出」
研究総括:山本 雅(沖縄科学技術大学院大学 細胞シグナルユニット 教授)

氏名 所属機関 役職 課題名 課題概要
飯野 雄一 東京大学 大学院理学系研究科 教授 神経系まるごとの観測データに基づく神経回路の動作特性の解明 ヒトやほかの動物の脳は無数の神経が網目状に結びついて情報を処理していますが、実際の神経回路がどのように演算し、情報処理しているのかは良く分かっていません。本研究では、神経の数が少なく各神経のつながり方が全て分かっている線虫を、生きたまま独自に開発した共焦点顕微鏡システムで立体的に並んだ多数の神経の活動を連続的に観測するとともに、シミュレーションにより感覚系から行動制御系への情報伝達を担う神経回路の情報処理原理を明らかにします。
影山 龍一郎 京都大学 ウイルス研究所 教授 細胞増殖と分化における遺伝子発現振動の動態解明と制御 細胞増殖や分化過程では、多くの遺伝子発現が振動しています。この発現振動を阻害すると細胞増殖や分化が抑制されますが、その分子機序はよく分かっていません。また、細胞間で発現振動が同位相化すると均一な、位相がずれると多様な、細胞集団になると考えられますが、この位相制御機構も分かっていません。本研究では、数理モデルをもとに予測と検証実験を行い、発現振動と位相制御の意義・原理を解明し、細胞の増殖と分化の制御を目指します。
黒田 真也 東京大学 大学院理学系研究科 教授 時間情報コードによる細胞制御システムの解明 生命現象を制御するシグナル伝達経路は、同一の経路でも一過性や持続性、周期性などの時間パターンにより異なる生理機能を選択的に制御できます。これは、シグナル分子が情報をコードするための媒体であり、シグナル分子の活性化の時間パターンこそが情報の実体であることを意味しています。本研究では、生体内においてインスリンの一過性、持続性、周期性の時間パターンにより代謝を選択的に制御するインスリンシグナリングに着目して、時間情報コードのメカニズムと生理的意義を実験と数理解析の融合研究で解明します。
洪 実 慶應義塾大学 医学部 教授 動的遺伝子ネットワークの多次元構造解析による高精度な細胞分化制御技術の開発 本研究では、ヒト幹細胞の形態と機能を調節する転写因子全てを、1つずつ操作することによって、全遺伝子の発現パターンが時間とともに、どのように変化していくかを詳細に調べます。この前例のない大規模かつ高精度のデータを最新のコンピューターで解析することによって、今まで不可能とされてきた多様で複雑な転写因子ネットワークの構造とその動態解明に挑みます。ネットワークを人為的に精密制御できる方法を開発することで、生命の数理的理解を目指すとともに、再生医療、医療工学で必要とされる様々な細胞種を自由自在に創り出す基盤技術も創出します。
近藤 滋 大阪大学 大学院生命機能研究科 教授 動物の形態形成の分子メカニズムの探求と形を操る技術の創出 Turingの反応拡散モデルは、生物の自律的なパターン形成を説明できる理論の代表的なものです。研究代表者は、ゼブラフィッシュの皮膚模様を用いてTuring波の形成原理の研究を進めてきましたが、最近詳細な分子細胞レベルの原理を明らかにし、皮膚模様を自在に改変することにも成功しました。本研究では、これまでに皮膚模様形成で得られた知見がほかの形態形成現象にも応用できるという想定のもとに、脊椎動物の骨を含む様々な臓器・器官の形成において、数理モデル構築および実験的な証明を行います。その際、従来の発生学で重要視されていた、リガンドの拡散によるシグナル伝達だけでなく、力学的な刺激や細胞の突起による直接刺激等も考慮することで、より普遍的な原理の発見とともに、将来的に臓器・器官の形態を制御する技術の創出につなげることを目指します。

(五十音順に掲載)

<総評> 研究総括:山本 雅(沖縄科学技術大学院大学 細胞シグナルユニット 教授)

複雑に変化する生命体を理解し、制御するためには、生命体を動的システムと捉え、個々の生命現象を時空間の視点で統合的に理解することが重要です。本研究領域では、これまでの生命科学の枠を越えて、生命科学と様々な分野との融合を駆使してブレークスルーを図り、従来のアプローチでは踏み込めなかった動的かつ複雑な生命現象の作動原理を解明し、これらの研究を基盤として生命現象を自在に操る技術の創出を目指します。

本領域発足後、初めての研究提案募集に対して、89件の応募がありました。研究提案の内容は、ゲノムやたんぱく質・脂質をはじめとする生体高分子が織り成すシグナル伝達系や細胞周期等の生命現象を無細胞系、細胞、細胞集団のレベルで捉えようとする研究、再生医療への展開を目指した発生・再生研究、シナプス形成と機能制御等による脳・神経系の作動原理の解明や免疫・恒常性と疾患との関係を解明しようとする研究等にとどまらず、新規プローブの開発やマイクロ流体デバイスを用いた新たな計測技術の開発等を目指した研究、新しいモデリング手法の開発といった数理科学的アプローチから生命現象を捉える研究等、多分野にまたがる広範なもので、いずれも極めて研究レベルの高いものでした。また、研究対象も、酵母、線虫、ゼブラフィッシュやマウス、ヒト、iPS・ES細胞等と多岐にわたり、いずれも生命動態の作動原理の解明に迫るものでした。

選考は研究総括が生命科学、数理科学、情報科学および計測工学を専門とされる14名の領域アドバイザーの協力のもとに行いました。まず、書類選考では、各提案課題についてその課題内容に近い研究分野を専門とされる領域アドバイザー3名ずつが査読を行い(第一次査読)、更に注目すべき提案課題については、アドバイザー全員が査読し(第二次査読)、それらの書面評価に基づき討議を行い、12件の面接選考対象課題を選定しました。次いで、面接選考を行い、最終的に5件の提案課題を採択しました。

選考にあたっては、下記の視点を取り込んだ研究提案を特に重視しました。

・従来の解析アプローチでは踏み込めなかった重要な生命現象を対象とした研究提案

・生命科学分野と数理科学分野との連携を試みている研究提案

・実験科学からモデリング、予測を経て検証するサイクルの展望を描いている研究提案

・数理科学的要素が含まれていなくとも、斬新な解析手法を提案する研究提案

結果として約18倍の難関となり、不採択となった研究提案においても極めて優れた内容が多くありましたが、本研究領域の趣旨および上記の観点から本年度は採択を見送らざるを得ませんでした。

生命の動的システムを理解し制御するための、新しい方法論の確立につながる学際的視点を持つ先導的な研究を推奨するという趣旨をご理解いただき、今後一層の優れた研究提案を期待いたします。