JSTトッププレス一覧科学技術振興機構報 第906号別紙2 > 研究領域:「生体恒常性維持・変容・破綻機構のネットワーク的理解に基づく最適医療実現のための技術創出」
別紙2

平成24年度 新規採択研究代表者・研究者および研究課題の概要

CREST

戦略目標:「先制医療や個々人にとって最適な診断・治療法の実現に向けた生体における動的恒常性の維持・変容機構の統合的解明と複雑な生体反応を理解・制御するための技術の創出」
研究領域:「生体恒常性維持・変容・破綻機構のネットワーク的理解に基づく最適医療実現のための技術創出」
研究総括:永井 良三(自治医科大学 学長)

氏名 所属機関 役職 課題名 課題概要
片桐 秀樹 東北大学 大学院医学系研究科 教授 代謝疾患克服のための臓器間ネットワーク機構の統合的機能解明 私たちは、ヒトをはじめとする多臓器生物において、代謝状態の恒常性を維持する全身の臓器間ネットワーク機構を見いだしました。本研究では、このネットワーク機構の管制塔である脳の仕組みを解明するとともに、糖尿病・メタボリックシンドロームなどの病態進展や老化・加齢に応じた臓器間ネットワークの変化を明らかにします。さらに、動物モデルで得られた知見をヒトの患者から採取された検体で検証し、臓器間ネットワーク機構の制御という新しい観点での代謝疾患の予防治療法開発を目指します。
原 英二 (公財)がん研究会 がん研究所がん生物部 部長 細胞老化が引き起こす恒常性破綻の病態解明とその制御 私たちの身体を構成する細胞は、異常を感知すると増殖を停止します。細胞老化はこの仕組みの1つであり、がんを抑制する機構として生体の恒常性維持に寄与していると考えられています。しかし最近になって、細胞老化は有害因子の分泌という副作用を伴うことが分かってきました。そこで本研究では、がんを含む様々な加齢性疾患をこの副作用による全身性の反応ととらえ、疾患の発症機構の解明とその制御、そして分子標的の発見を基盤とした新しい診断マーカーや治療法・予防法の開発を目指します。
本田 賢也 東京大学 大学院医学系研究科 准教授 腸内常在細菌特性理解に基づく難治性疾患新規治療法の開発 ヒトの腸に住み着く約1,000種類の細菌(腸内細菌)は、宿主であるヒトと一生涯共存して全身の恒常性維持に大きな影響を与えます。本研究では、これら腸内細菌と免疫細胞との関わりに着目し、マウスとヒトを対象として、免疫細胞と深く関わる未知の腸内細菌を発見します。そして、これら未知の腸内細菌が機能を果たす仕組みや鍵となる物質を見つけることで、腸内細菌の構成異常から生じる種々の病態を制御する方法を確立し、炎症性腸疾患・自己免疫疾患・アレルギーなどの難治性疾患の治療に応用します。
三浦 正幸 東京大学 大学院薬学系研究科 教授 個体における組織細胞定足数制御による恒常性維持機構の解明 生体における細胞の数は、組織内のみならず全身でもカウントされて、個体全体としての恒常性が保たれる定足数への調節がなされています。この背後には、細胞死あるいは増殖によって細胞数の変動を相殺する機構があります。本研究ではこうした組織細胞定足数調節機構を制御する全身性の仕組みを明らかにすることで、がん(過剰増加)や変性疾患(過剰減少)などの組織細胞数が変化する疾患に共通の生体応答を解明し、定足数制御因子に注目した新たな疾患の診断法、治療法の開発を目標とします。
吉森 保 大阪大学 大学院生命機能研究科 教授 恒常性維持機構オートファジーに着目した栄養素過剰摂取に起因する疾患の原因解明と治療法確立 栄養のとりすぎは、内分泌・代謝・免疫系が織りなすネットワークにより維持される生体の恒常性を損ない、糖尿病などの肥満関連疾患の発症や感染症併発リスクの上昇につながります。そこで私たちは、栄養素過多の環境でかかる過度のストレスにより「オートファジー」という細胞内浄化機構の活性が低下・不足し、臓器間ネットワークが障害されることに着目します。本研究ではそのメカニズムを解明し、オートファジー活性制御に基づく疾患症状緩和手法の開発など、生活習慣病の新規治療法確立を目指します。

(五十音順に掲載)

<総評> 研究総括:永井 良三(自治医科大学 学長)

本研究領域は、個体の生から死に至る過程を、神経、免疫、内分泌、循環等の高次ネットワークによる動的な恒常性維持機構からとらえ、ストレスに対する生体の適応と変容のメカニズムを時空間横断的に解明すること、さらに、多くの疾患を「動的恒常性からの逸脱あるいは破綻」として理解し、これを察知し制御する技術を開発することを目的として、今年度から発足いたしました。

本研究領域では、基礎医学、臨床医学、発生生物学、薬学などの専門家13名に領域アドバイザーとして参画してもらい、幅広い分野から寄せられる提案に対応できる体制といたしました。94件の意欲的な応募の中から、12件を面接対象に選定し、最終的に5件を採択いたしました。選考にあたっては、「システム間や臓器間の連携による生体恒常性の維持と負荷適応や破綻に関する新しいアプローチが具体的に提示されているか」「提案者がこれまで進めてきた研究の単なる延長ではない、新たなカッティングエッジが提示されているか」などの観点を重視しました。

今年度は20倍近い競争率となりましたが、結果として、基礎研究フェーズの優れた提案から比較的多く採択することとなりました。採択された提案の研究課題には、代謝疾患に関する臓器間ネットワークの解明と治療薬開発、細胞老化関連分泌因子を介した全身性の反応の理解、腸内細菌を用いた病態制御法の確立、細胞定足数調節機構研究の個体レベル・哺乳類への展開、オートファジーと糖尿病の関連の解明、などがあります。いずれも質の高さはもとより、戦略目標の達成に向けて本研究領域が必要とする要件を満たしている計画であると評価されました。一方で、惜しくも不採択となった提案にも極めて高いポテンシャルを持つものがありました。

来年度は、引き続き基礎から臨床まで幅広く受け付けますが、より一層「最適医療実現」という出口を意識した提案、そして今回採択できなかった観点からの提案に期待します。例えば、内分泌系や免疫系と比較して少なく感じられた神経系の視点からの提案、あるいはライフステージに応じた個体の恒常性変容機構を正面から扱う提案などが挙げられます。また、複雑系ネットワークのダイナミクスの基本原理に迫るような論理的基盤を備えた提案も、今年度は必ずしも多くありませんでした。このように、多臓器間・システム間連携による生体恒常性維持・変容・破綻機構の理解のためには、多様な観点からの研究がさらに必要であると考えています。

本研究領域は、CRESTというチーム型研究のスキームのもと、世界に先駆けて個体システムの研究を本格的に支援するものです。代表者のリーダーシップのもと、最適なメンバーを分野横断的に結集したチームによる質の高い提案が来年度も数多く寄せられることを期待いたします。