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別紙

復興促進プログラム(産学共創)
技術テーマ概要、新規採択研究代表者・研究課題 一覧および総評

技術テーマ:水産加工サプライチェーン復興に向けた革新的基盤技術の創出

PO:鈴木 康夫(宮城大学 地域連携センター 教授)

技術テーマ概要

昨年3月の東日本大震災そして大津波により、東日本太平洋沿岸の「水産加工」→「加工残滓処理(魚粉化)」→「配合飼料製造、養殖・栽培漁業」→「水産加工」のサプライチェーンは壊滅的に寸断してしまいました。漁港、魚市場、水産加工場、製氷業、冷凍・保管業、船舶・船用機関製造修理業、魚網製造修理業、配合飼料・餌料製造業、運送業など、どれ一つ欠けても夫々の最適な稼働状態は得られません。

震災から1年を経た今、これまで従事していた人々は、復旧に懸命の努力を注いでいます。しかしながら、「旧」に復するだけなら、右肩下がりの時代を再び甘受しなければならないことは明白であります。被災した東日本太平洋岸沿岸地域が未来型産業のモデル地域として生まれ変わるためには、復しつつ「新」を興すことが不可欠であります。復しつつ「新」を興すことはまさしく「挑戦」であります。

そこで、本技術テーマでは、水産加工サプライチェーンを我が国が誇れる産業として蘇生すべく、サプライチェーンの各ステージにイノベーションを導入することで、時代と社会の潮流に見合った産業と雇用を創出していくことを目的とします。そのため、大学・公的研究機関等における構想力溢れる基盤的な技術開発・研究を推進し、東日本太平洋沿岸復興に止まらず、我が国の産業競争力の創生と社会基盤の強化に資する成果を得ることを目指します。

また、運営期間中、「産学共創の場」というプラットホームを設置し、各研究課題の進捗状況や成果創出状況、産業界の要望等を議論し、研究の推進方針に積極的に反映していきます。

新規採択研究代表者・研究課題 一覧

研究代表者 研究課題名 研究概要
氏名 所属 役職
安達 修二 京都大学
大学院農学研究科
教授 亜臨界流体処理と粉末化技術を活用した水産加工残滓の新規高度利用法の開発 水産加工残滓を原料とした魚粉や魚油の生産は、水産加工サプライチェーンにおいて主要な位置を占めています。本研究開発では、魚粉の「亜臨界流体を用いた短時間抽出処理」と魚油の「ナノ油滴化による粉末化技術」を活用して、たんぱく質純度の高い高機能化魚粉と酸化安定性に優れた魚油粉末を製造する技術を確立し、これらを新たな食品素材として活用する道を開くことにより、水産加工業と関連産業の復興に寄与することを目指します。
上田 宏 北海道大学
北方生物圏フィールド科学センター
教授 高付加価値のヒメマス・ベニザケ創出プロジェクト 東北地方に、新たなサケ資源の創出が求められています。本研究では、復興への寄与を目指して産学共創の場を活用し、高付加価値のヒメマスを安定供給する環境負荷軽減型陸上養殖設備を開発するとともに、スモルトを東北地方の河川から放流しベニザケ親魚として高確率で回帰させる試験研究を行います。また、ヒメマス・ベニザケの生物学的有効性を評価し、流通・加工・消費する体制を構築するための調査研究を行います。
植村 邦彦 独立行政法人 農業・食品産業技術総合研究機構
食品総合研究所・食品工学研究領域
上席研究員 短波帯交流電界を用いた包装済み水産物の常温流通のための殺菌技術の開発 被災地域の水産業振興のために、水産加工品の高付加価値化や省エネ技術が求められています。本研究では、短波帯の交流電界を用いることにより、プラスチック包装した水産物を均一・迅速にレトルト処理する技術開発を行い、常温流通が可能な高品質水産加工品を製造することを目指します。さらに、復興への寄与のために、被災地域の水産業者との対話を通して、水産物の鮮度保持技術開発を行います。
袁 春紅 鹿児島大学
水産学部
准教授 多獲性赤身魚(サバ)の高付加価値化を実現するための革新的な原料保蔵と加工システムの構築 魚類の死後数時間以内は、ATPが数mMの濃度で維持されています。本提案では、魚肉に含まれるATPのたんぱく質変性抑制作用を利用することによって、凍結保蔵、解凍後も高鮮度鮮魚と同等な高品質を実現するサバの高付加価値化を目標としています。産学共創により国際競争力を持ち、世界をリードする水産物の新規な原料保蔵加工システムの技術構築を実現し、付加価値が高い高品質刺身、無晒しすり身製品、高品質干物、ならびに輸出向け製品などを製造することにより、東北水産業の振興、地域活性化に貢献します。
君塚 道史 宮城大学
食産業学部
助教 低温技術が切り拓く次世代型水産加工 被災地域でバラエティーに富む水産加工品の創造が可能となるよう、近年蓄積されつつある低温技術を応用して、新しい観点による鮮魚用凍結機の開発や、氷結晶に作用する特殊な多糖類を用いた凍結鮮魚の高品位化、さらには簡便でコストパフォーマンスの高い活魚輸送法の検討など、次世代水産加工の基盤となりうる技術を研究します。得られた知見は速やかに製品化できるよう、加工従事者からの実用面での品質評価を踏まえて開発を進めます。
黒倉 寿 東京大学
大学院農学生命科学研究科
教授 電子商取引を利用した消費者コミュニケーション型水産加工業による復興 被災地の水産加工サプライチェーンでは、複雑で非効率な流通経路、消費者の放射能への不安、魅力的な商品の不足に対処するための取り組みが求められています。本研究では、これらの諸問題に対して、予約注文・トレーサビリティシステムを整備した大規模電子商取引市場の構築、市場構造・消費者ニーズの経済分析を通じた消費者コミュニケーション型水産加工業の仕組みの確立を実現することで、東北の水産業が国際競争力を有した産業として発展していくための基盤を整備します。
高木 浩一 岩手大学
工学部
教授 交流電場を用いた水産物の鮮度保持および熟成・ドリップレス解凍技術開発とメカニズム解明 被災地域の雇用と経済の回復、その基盤の水産加工業の復興・発展のため、簡便で安価な鮮度保持技術や、凍結・解凍プロセスが求められています。本研究では、交流電場を利用し、水産物の鮮度保持やドリップがでない(食感を損なわない)解凍技術を開発します。交流電場での細胞の振る舞いがわかると、新しい学問や応用にもつながります。官能評価は、商品価値の高いウニやアワビで、水産加工の現場で実施し、水産技術センターを通じて成果を公表し、さんりくブランドの知名度向上につなげ、復興を後押しします。
宮澤 陽夫 東北大学
大学院農学研究科
教授 徐放性粉末魚油の製造技術開発・研究 粉末油脂は、多様な食品素材に混合でき、食品の物性や加工特性を向上させます。魚油はDHAやEPAなどの機能性高度不飽和脂肪酸に富むので、とくに中・高齢者の健康増進の視点から食品への一層の利用が望まれています。本研究では、被災地食品産業の復興を目指して、産学共創で地域企業と連携しつつ徐放性粉末魚油を開発・製造します。これにより、魚油の食品への応用展開を容易にし、魚油需要を一気に加速させ、被災沿岸部水産業の活性化に寄与します。
森山 俊介 北里大学
海洋生命科学部
教授 サケ頭部の未利用資源およびマイクロバブル発生装置を高度有効利用することによる三陸特産の魚介類の陸上増養殖システムの開発 被災地域において、水産資源として重要な魚介類を効率よく再生・回復させることにつながる水産増養殖の果たす役割は極めて重要です。本研究は、これまで利用価値の低かったサケ頭部の未利用資源および魚介類の肥育に有効であるマイクロバブル技術を活用することにより、サケやアワビなどの魚介類6種の増産に資する水産増養殖技術の開発を目指します。本研究で得られる成果は、三陸沿岸における水産業の復興を支え、将来の発展に寄与するものと期待します。 
吉松 隆夫 三重大学
大学院生物資源学研究科
教授 廃棄海苔スフェロプラスト飼料を用いた二枚貝・ナマコの共棲畜養システムの開発 本研究では、低グレードの海苔から調製された単細胞化産物(スフェロプラスト)を素材とした二枚貝用新規配合飼料を開発し、海底の有機物粒子を餌とするナマコを貝の畜養水槽で共棲させ、二枚貝畜養中に発生する投与飼料残渣や糞がナマコ用餌料として有効かどうかを検討します。そして最終的には、冷水域の東北地方の寒冷で平地部が狭隘な気候風土に合致した共棲による集約的な二枚貝とナマコの高効率養殖生産システムを構築します。

<プログラムオフィサー(PO)総評>

プログラムオフィサー(PO) 鈴木 康夫(宮城大学 地域連携センター 教授)

東日本大震災から1年4ケ月。分断してしまった水産加工サプライチェーン。関連する産業界の方々は、懸命に復旧努力を注いでいますが、サプライチェーンを取り巻く環境は従前以上に厳しさを増してきています。本技術テーマは、この水産加工サプライチェーンを我が国が誇れる産業として蘇生すべく、構想力溢れる基盤的な技術開発・研究を推進し、サプライチェーン各ステージにイノベーションを導入することで、時代と社会の潮流に見合った産業と雇用を創出していくことを目指しています。

本技術テーマの研究課題公募は、平成24年4月16日から6月14日までの期間で行いました。周知も含めて公募締め切りまでの期間が短かったため、どれだけの応募が集まるかと心配しましたが、蓋を開けてみると36件もの応募があり、関連する研究者の方々の復興への熱い想いを肌で感じました。

被災した産のニーズと学のシーズに優れた見識を持つ、産業界・アカデミアからなる全9名のアドバイザーの協力のもとに書類選考と面接選考を行い、36件の応募の中から10件を採択課題として決定しました。優れた提案でありながら採択できなかった課題が非常に多くあって、大変辛い思いのする選考でした。

提案は、水産加工品開発、長期鮮度保持・輸送技術開発、コールドチェーン、加工残滓・魚油の高度利用、新たな魚粉・魚油製造プロセスの提案・プロセスの最適化、陸上での人工養殖など多岐に渡っています。

本技術テーマは、被災した産業界の方々から発信されたものです。採択された研究課題については、研究期間を通じて「産学共創の場」というプラットホームにおいて、被災した産業界の方々と研究者の方々が研究内容や研究の方向性に対する意見交換を密接に行い、研究成果を産業界が活用できるようにします。そのため、個々の研究者には、必要に応じて産業界の方々からの要請を研究に反映していただくことも視野に入れて進めていきます。

いよいよ学による研究が開始されます。研究の進展が、東日本大震災復興と併せて、我が国水産加工産業の国際競争力の維持・強化につながることを強く期待しています。