【研究成果の概要】 |
<背景> |
全ゲノム情報を有する染色体が正確に複製、分配されて安定に次世代細胞へと受け継がれていくことは、生物にとって最も基本的な性質である(図1)。染色体分配機構のどこかに狂いが生じると、染色体数の異常、がん化など生物に対して重大な悪影響が生じる。したがって、染色体分配の分子機構を解明することは、染色体の不安定性の要因を明らかにし、がんの重要な特性の理解につながる。染色体分配は、両極から伸びた紡錘糸が染色体の特殊領域を捉えることによって起こる。その特殊領域はセントロメア(用語説明)と呼ばれ、繰り返しDNA配列と複数のタンパク質から成っている。また、セントロメア周辺のDNA構造はヘテロクロマチン(用語説明)と呼ばれ、遺伝子発現が抑制されることも知られている。セントロメアの形成機構について多くの研究があるが、どのようなメカニズムでセントロメア形成が起こるかについては不明な点が多い。 |
<研究の経緯> |
当研究者は、セントロメアの形成機構を明らかにする目的で以前から、セントロメアを構成するDNAやそこへ結合するタンパク質群の解析を行ってきており、特にセントロメアを構成する繰り返しDNA配列に注目してきた。
ところで、最近のバイオテクノロジーでは欠く事のできない技術の一つにRNA干渉法がある。RNA干渉とは、ある遺伝子と同じ配列を持つ2本鎖RNAを細胞へ導入するとその遺伝子の発現が選択的に抑制される現象のことである。分裂酵母や植物では、セントロメアの繰り返しDNA配列から2本鎖RNAが形成されることが報告されていた。そこで、ヒトのセントロメアを形成する繰り返し配列から2本鎖RNAが形成される可能性を考えて、RNA干渉機能をなくしたヒト21番染色体を保有するヒト-ニワトリ融合細胞(用語説明)を作成した。 |
<今回の論文の概要> |
今回の研究では、RNA干渉の引き金となる、比較的長いRNA分子を短いRNA分子に分解するはたらきをもつタンパク質(ダイサー)に注目し、その表現型を詳細に検討した。
ダイサーの発現が失われた細胞では、染色体の不等分配をはじめとする細胞分裂の異常が観察され細胞死にいたった。特に、染色体分配の異常としては、姉妹染色体間での接着が失われていた (図2)。その際、染色体分配に重要な働きを担うセントロメアのヘテロクロマチンを構成する繰り返しDNA配列から高分子RNAの転写が認められた (図3)。また染色体を調べると、ヘテロクロマチンに特異的に結合するタンパク質、染色体間の接着に関与するタンパク質、細胞周期の進行制御に関わるタンパク質の異常な局在が認められた。以上の解析結果を考えると高等脊椎動物細胞においてダイサーのはたらきによって起こるRNA干渉は、染色体分配に必須なセントロメアのヘテロクロマチン形成に重要な役割を果たしていると結論された。 |
<今後期待できる成果> |
今回の研究で、染色体分配の正確な制御にRNA干渉が関わっていることを明らかにできた。近年の研究から、染色体分配の異常が要因でがん化する例が報告されており、染色体分配の制御機構の解明は、がん化の要因解明につながると期待される。
さらに、染色体分配の制御機構が分子レベルで明らかになれば、抗がん剤を始めとする創薬の開発につながると期待される。
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【論文名】 |
Nature Cell Biology:
Dicer is essential for formation of the heterochromatin structure in vertebrate cells
(脊椎動物においてダイサーはヘテロクロマチン形成に必須である。)
doi :10.1038/ncb1155 |
【概要】 |
戦略的創造研究推進事業 個人型研究(さきがけタイプ)
「タイムシグナルと制御」研究領域 (研究総括:永井克孝)
研究課題名: 染色体分配の制御機構の解明
研究者: 深川竜郎(国立遺伝学研究所 助教授)
研究実施場所: 国立遺伝学研究所
研究実施期間: 平成13年12月~平成17年3月 |
【プロフィール(深川竜郎)】 |
1991年 北海道大学水産学部卒業
1995年 総合研究大学院大学生命科学研究科博士課程終了
1995年 理学博士号取得(総合研究大学院大学)
1995年 英国オックスフォード大学博士研究員
1999年 国立遺伝学研究所助手
2002年 総合研究大学院大学助教授
2003年 国立遺伝学研究所助教授 現在にいたる |