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科学技術振興機構報 第892号

平成24年6月26日

東京都千代田区四番町5番地3
科学技術振興機構(JST)
Tel:03-5214-8404(広報課)
URL http://www.jst.go.jp

環境対応型リン系難燃剤の大量製造技術の開発に成功
(JST委託開発の成果)

ポイント

JST(理事長 中村 道治)は、独創的シーズ展開事業「委託開発」の開発課題「環境対応型難燃化処理剤の製造」の開発結果をこのほど成功と認定しました。

本開発課題は、独立行政法人 産業技術総合研究所(理事長 野間口 有) 環境化学技術研究部門(研究部門長 柳下 宏)精密有機反応制御第2グループ 韓 立彪(かん りつぴょう)研究グループ長の研究成果をもとに、平成20年3月から平成24年3月にかけて片山化学工業株式会社(代表取締役社長 片山 秀樹、本社住所 大阪府大阪市中央区道修町2丁目5番10号、資本金 3,000万円)に委託して、企業化開発を進めていたものです。

日常生活に欠かせない多くのプラスチックは燃えやすく、特に電気、電子分野では使用環境によっては火災の原因になるため、できるだけ燃えにくくすることが必要です。そこで、プラスチック樹脂に燃えにくくする難燃剤注1)を加えますが、これまでよく用いられてきたハロゲン系難燃剤は、製品廃棄の際に発生する可能性のあるハロゲン系有害物質による環境汚染の問題から、欧州の特定有害物質の規制であるRoHS指令注2)などで使用が制限され、ハロゲン系難燃剤に替わる新しい難燃剤の早期開発が望まれていました。

ハロゲン系に替わるものとして、リン系化合物が環境対応型難燃剤として注目されていますが、その多くが液状であるため添加するとプラスチックの耐久性や耐水性を低下させてしまいます。さらに、低分子のリン化合物を高分子類に練り合わせて使用するため、製品廃棄時にリン化合物が土壌に徐々に放出されてしまうという課題がありました。

今回開発した新しいリン系難燃剤は、ハロゲンフリーでリンを高分子骨格に直接導入するため安定しており、プラスチックの本来の性能を損ねることなく、耐燃性を持たせることができます。また、研究者が発見したカチオン性ニッケルヒドリド錯体触媒注3)を用いることで、安全性の高い原料を用いた1段階工程の連続製造技術を実現し、高収率かつ大量合成が可能となりました。得られた難燃剤を用いたプラスチックは、難燃性注4)の評価試験でも従来型難燃剤と同等以上の難燃性を達成可能であることが実証できました。

この難燃剤は新規化学物質であるため、人への有害性などについても試験を行い、最終的に化審法注5)に基づく低生産量新規化学物質注6)の判定を受けました。この結果、過去例のないビニルリン系難燃剤として、プラスチック用途他幅広い展開が期待されます。

今後、本技術を利用しグローバル対応可能なアライアンスパートーナーを募集し、日本のみならず欧米も含めたグローバル市場の一層の開拓を目指す予定です。

独創的シーズ展開事業・委託開発は、大学や公的研究機関などの研究成果で、特に開発リスクの高いものについて企業に開発費を支出して開発を委託し、実用化を図っています。本事業は、現在、「研究成果最適展開事業【A-STEP】」に発展的に再編しています。詳細情報 http://www.jst.go.jp/a-step/

本新技術の背景、内容、効果の詳細は次の通りです。

(背景)従来のハロゲン系難燃剤に替わる環境に考慮した難燃剤開発が望まれています。

欧州連合(EU)全域で電気・電子機器を対象に実施されている、電気・電子機器に含まれる特定有害物質の使用制限(RoHS)および電気・電子機器廃棄物に関する規制(WEEE)により、廃棄・リサイクル過程でハロゲン系ダイオキシン類を環境中に飛散させる恐れのあるハロゲン系難燃剤が規制対象物質となり、業界からはハロゲン系難燃剤に替わる新規難燃剤の開発が望まれていました。一方、電気・電子機器分野では低分子のリン系難燃剤も使用されていますが、製品の機械的強度、耐水性、製品廃棄時の環境汚染の点で問題が指摘されていました。

研究者らは、リン系化合物の課題を解決するため、これまでの物理的混合ではなく、高分子の樹脂骨格に直接導入することで機械的特性、耐水性などの諸物性を低下させることなく半永久的に難燃性を向上させ、リン成分による環境汚染のないビニルリン系難燃剤の有効性に着目し、今回、片山化学工業株式会社と新規難燃剤としてのビニルリン系難燃剤を安価に大量合成可能な製造法の確立を目指して開発を進めました。

(内容)新規カチオン性ニッケルヒドリド錯体触媒を使用し、安全性の高い原料を使用して、高収率にビニルリン系難燃剤を大量合成に成功しました。

ビニルリン系難燃剤の1つである、ビニルホスホン酸エステル類の合成には、これまで高価なパラジウム/ロジウム触媒を使用するか、多段プロセスが必須で原料に毒性がある物質を使用する問題があり、また製品自体が高価であることからその用途は研究用などに限定されたものでした。

今回、安価な塩化ニッケルを使用して、研究者が発明した新規カチオン性ニッケルヒドリド錯体触媒を使用することで、高効率(90%以上)にビニルホスホン酸エステル類を合成可能なプロセスを見いだし、大幅なコストダウンを達成しました。

製造プロセスとしては、触媒の活性低下の原因となる酸素の影響が少ないマイクロリアクター注7)を採用することで、高効率にビニルホスホン酸エステル類を連続的に製造可能なことを見いだしました。(図4)さらに、リアクター内部の反応チューブの径および本数を最適化することで年間30トンまでの生産能力を確証しており、今後は100トンまでの量産化技術を確立する検討を継続しています。

難燃化については、アクリル樹脂の原料であるメタクリル酸メチル(MMA)と開発したビニルリン化合物の共重合体で、難燃性の評価試験であるUL94試験について最高評価のV-0を達成しています。さらに、ポリエチレン基材にビニルリン化合物を加えた組成物はUL94試験でV-0〜V-2を達成し、引張強度、引張伸びについては電線皮膜用途で使用されている無機系の難燃剤を加えた難燃化ポリエチレン組成物と同等以上のレベルであり、ノンハロゲンで無機材料の低減可能な難燃化剤としての適性が確認されています。(図5

(効果)樹脂に直接導入可能な新規難燃剤として幅広い利用が期待されます。

新規化学物質であるビニルホスホン酸エステル類のうち、ジフェニルビニルホスフィンオキシド、ジフェニルビニルホスホナートについては生分解度試験、濃縮度/分配係数測定試験、復帰突然変異試験を実施し、低生産量(10トン未満/年)の製造確認を取得しており、今後はさらに通常(10トン以上/年)の製造承認取得を目指します。本難燃剤は、より厳しい環境対応が必要と予想される難燃化処理剤市場で、樹脂骨格に直接導入可能な難燃化処理剤として幅広い展開が期待できます。

<参考図>

図1

図1 難燃剤種類別世界市場(2010年度)

無機系難燃材であるアルミナ三水和物は、プラスチック用途としては機械的強度低下や単位重量の増加のデメリットがあるが、本新規ビニルホスホン酸エステル類をポリマーに直接導入することで難燃剤としてのアルミナ三水和物の添加量を削減でき、機械的強度が保持可能となる。

図2

図2 合成技術

従来技術では、毒性のある原料などを使用する多段階工程であった。新技術では、安価で安全な一般工業原料を用いて一段階工程でビニルリン化合物を合成できる。

図3

図3 難燃化の概要

従来のリン系難燃化剤は低分子のリン化合物を高分子鎖に練り込んで使用していた。ビニルリン化合物は共重合により樹脂骨格に直接導入することができる。また、ビニルリン化合物のみをポリマー化(ホモポリマー)して、高分子同士で混合して使用することも可能である。

図4

図4 マイクロリアクター(流路イメージ)

濃度・温度が調整され、それぞれの原料タンクに仕込まれた原料をマイクロリアクター内に配管された反応用チューブに一定流量で送り込み反応させる。

図5

図5 マイクロリアクター(外観)

図6

図6 燃焼試験<判定方法>

<UL94垂直燃焼試験方法>

垂直に支持した短冊状の試験片の下端にバーナー炎をあてて10秒間保ち、その後バーナー炎を試験片から離し燃焼持続時間を計測する(1回目)。炎が消えれば直ちにバーナー炎をさらに10秒間あてたのちバーナー炎を離し、再度、燃焼持続時間を計測する(2回目)。上記を5本の試験片を用いて判定を行う。

図7

図7 難燃性の評価結果

MMAにビニルリン化合物を付与した樹脂での難燃評価結果。

  • 結果:V2(ジエチルビニルホスホナート)、V3(ジフェニルビニルホスホナート)を付与したMMA組成物でUL94試験によりV-0〜V-2を達成した。

<用語解説>

注1) 難燃剤
難燃剤とは、燃焼しやすい高分子材料に添加することによって発火を遅らせ、燃焼の拡大を阻止する添加剤。プラスチック、ゴム、木材、繊維などの高分子有機材料を難燃化するために広く使用され、火災による人的・経済的損失を食い止めることに貢献している。
注2) RoHS指令
電子・電気機器における特定有害物質の使用制限についての欧州連合(EU)による指令であり、2003年2月にWEEE指令とともに公布、2006年7月に施行された。
注3) カチオン性ニッケルヒドリド錯体触媒
ヒドロホスホリル化(P−Hの付加)反応用触媒で、一般式[HNiLn]+X−(L:配位子、XはN03などのアニオン)で表される錯体。
注4) 難燃性
難燃性の評価については、UL規格が重視されている。UL規格とはアメリカのUnderwriters Laboratories社が定め、同社によって評価される規格である。一般的にはUL−94にて規定される試験片に炎をあて燃焼時間と滴下物の有無を確認する試験法を用い、遅燃性物質は「94HB」、自己消火性物質は程度により「94V-2」「94V-1」「94V-0」「94 5VA」「94 5VB」という区分のいずれかに分類される。
注5) 化審法
化学物質の審査および製造などの規制に関する法律で、これまで日本で製造・輸入が行われたことがない新規物質について、人体への有害性がないことを確認する目的で、分解性、蓄積性、長期毒性などの試験結果をもとに所定の審査を行い、製造、輸入および使用を許可するもの。
注6) 低生産量新規化学物質
化学物質の審査および製造などの規制に関する法律(「化審法」)第5条第2項の規定に基づき、同項第1号に該当するものと判定を受けた新規化学物質。
注7) マイクロリアクター
一辺あたり数mm以下の大きさの空間で化学反応を行う装置。反応条件の制御が容易な利点がある。

開発を終了した課題の評価

<お問い合わせ先>

<開発内容に関すること>

片山化学工業株式会社 生産本部
渡邊 智子(ワタナベ トモコ)
〒660-0892 尼崎市東難波町3丁目26番22号
Tel:06-6481-6782 Fax:06-6482-4056

<JSTの事業に関すること>

科学技術振興機構 産学連携展開部 事業推進(実用化挑戦)担当
平尾 孝憲(ヒラオ タカノリ)、高橋 誠(タカハシ マコト)
〒102-0076 東京都千代田区五番町7 K’s五番町
Tel:03-5214-8995 Fax:03-5214-0017