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別紙3

事前評価結果

1.「HIV感染の迅速検出法と潜伏感染化ウイルスの予後予測法確立」事前評価結果

提案者は、戦略的創造研究推進事業 個人型研究(さきがけ)において、エイズウイルス(HIV−1)の発現初期では、ウイルス遺伝子の転写は短いRNA鎖の段階で停止していること、この停止は細胞の転写伸長因子(SWI/SNF)の欠乏により起きる転写のエラーに起因することを明らかにした。これらの研究で、ウイルス短鎖RNAを効率よく検出するRT−PCR法を考案した。

本計画は、このウイルス短鎖RNAの検出効率をさらに改善して、(1)現行法のPCR法では検出できない短鎖RNAを高感度に検出することにより感染診断の漏れを最小限に防ぐこと、さらに(2)感染後のウイルス発現を高感度に検出することにより、「治療モニタリング技術」を開発することを提案している。

現在、輸血による感染防止対策として用いられている“長いHIV−1 RNAの検出”は、原理的に感染後12日間程度は感染を検出する感度が低い。本提案による新技術はこの欠点を補うものと期待され、検出困難な期間を限りなく短縮されるならば、輸血感染による感染リスクを軽減できることになり、感染リスクの軽減につながる。

また、エイズは最近の治療薬の進歩により発症後も血中ウイルスが陰性となるまでに治療できるようになった。しかし、この陰性の定義は現行PCR法によるもので、上に述べたような理由から完全とは言い難い。見かけ上の潜伏感染におけるウイルス発現の診断が可能となれば、その後のエイズ発症との相関につながる可能性が期待され、効果的な治療に向けた「治療モニタリング技術」の開発につながることが期待される。

これら2つの目標が達成されるならば、感染者数千万人といわれるHIV−1感染とエイズ医療の国際的問題へのインパクトは大きい。特に日本においては、いまだに感染が拡大しつつあり、このような「診断技術の開発」あるいは「治療モニタリング技術の開発」は迅速に進めることが求められ、本提案の研究加速への取り組みは極めて妥当である。

なお、提案者は若い研究者であることから、HIV−1の感染診断の現場およびエイズ治療の現場をよく把握している研究者を含めたチーム構成が必要である。また、感染診断への応用においては、ウイルス発現が完全に陰性である場合もあり得ることを考慮に入れた対策が求められる。これらの対応が行われれば、研究計画は2年間で実行可能であり、研究費も適切であろうと思われる。

本課題は基礎研究の成果をウイルス感染診断とエイズ発症対策へ応用しようとするもので、本事前評価会はJSTの協力の下で適切な研究体制の構築がなされることを前提として、当該研究を加速強化する必要があると判断するものである。

平成24年2月29日
「HIV感染の迅速診断法と潜伏感染化ウイルスの予後予測法確立」事前評価会代表
がん研究会 がん化学療法センター 所長
吉田 光昭

2.「物質や生命の機能を原子レベルで解析する低加速電子顕微鏡の開発」事前評価結果

提案者はCRESTプログラムにおいて、独自の球面収差補正技術と色収差補正技術に加え、高次収差の補正技術を用いた低加速電圧電子顕微鏡を開発し、カーボン単原子を対象に加速電圧30kVで111pmの世界最高の空間分解能を達成した。この顕微鏡を用いて試料の電子線損傷を低減することが可能となり、単原子の非破壊的な元素分析、グラフェン端のカーボン単原子の吸収分光など単原子・単分子の観察に成功した。

低加速電圧電子顕微鏡は、試料損傷を低減することから、軽元素材料の単分子・原子観察のみならず、有機材料、生体材料など(ソフトマター)の幅広い分野での計測・分析への貢献が期待される。提案者はCREST研究の成果を基に更なる高分解能化、高感度分光計測技術の高度化を図ることにより世界で最高峰の電子顕微鏡の開発および多様な分野における顕微鏡観察需要に応える利用技術開発を提案している。

ソフトマターなどの単分子、単原子計測手法が確立し、それによって分子・原子レベルでの構造制御と機能検証技術が実現されると、その学術的・社会的インパクトは大きい。低加速電圧電子顕微鏡の開発は欧米日で激しく競争しており、提案は欧米を凌駕する目的において日本を代表する研究内容である。日本の産業力を伸張するために緊急性が高く、欧米との競合から一歩抜き出るためにも支援は必須である。

電子顕微鏡の更なる高度化に対し、解決すべき課題はCREST研究において明確にされており、それに基づく目標設定は妥当である。ソフトマターを対象として最先端の高度な装置開発を進めると共に、次世代半導体材料、高機能金属・セラミック材料、ドラッグデリバリー、バイオミメティック材料など幅広い産業応用の可能性に対し、観察対象に社会的要求の高い課題を選びそのマイルストーンを定めて実施すべきである。

研究計画期間、体制は概ね適正と判断するが、研究費特に設備費については計画時に精査をすべきである。また、開発装置を研究機関外の研究者にも開放して、ユーザー研究者を巻き込む応用研究体制が必要である。

以上のことから、本評価会としては、JSTが本提案を基に切れ目なくサポートすることで、当該研究を加速強化する必要があると判断するものである。

平成24年2月29日
「物質や生命の機能を原子レベルで解析する低加速電子顕微鏡の開発」事前評価会代表
東京大学 大学院工学系研究科 総合研究機構 教授
幾原 雄一

3.「膜蛋白質構造基盤プロジェクト」事前評価結果

提案者は戦略的創造研究推進事業 ERATO「ヒト膜受容体プロジェクト」において、3つのヒトGPCRおよび5つの膜蛋白質の構造解析に成功という非常に大きな成果を上げた。

膜蛋白質の中でもGPCRは、創薬の最大のターゲットであり、GPCRの構造解析を進め、創薬、医学における技術革新に結びつけることの意義は極めて高い。また、GPCRの構造解析が生命科学全体の進展に与える影響も極めて大きく、本研究の成果が創薬のみならず多面的な生命現象の解明へと発展し、その成果を基盤に各種の技術革新がもたらされる可能性が高い。

本申請では、ERATOの研究成果を基盤に構造の解析時間を大幅に短縮すること(「解析加速」)、また計算科学を導入した受容体機能のより詳細な解析による「理解の深化」を提案しているが、「解析加速」「理解の深化」の2つの目標設定については明快で、その達成に至るための道筋と戦略についても妥当で隙がない。

構造解析は不確定要素に大きく影響されることがあり、ロードマップを作成して進めるのが難しい領域であるが、提案者はERATOの研究期間に成し遂げた技術開発により不確定要素を大きく減少させることに成功しており、しかもERATO研究において整備した研究設備および活躍したメンバーを引き継ぐことができるので、期間内におおよその目的を達成できると判断する。一方、本申請目標の達成のためには臨機応変に技術開発を積み重ねる必要があり、また、シミュレーションなど、異分野との融合を大きく発展させる必要があることから、有機的な共同研究を押し進めなければならない。共同研究の成功のためには、絶えず具体的な課題を明確にしつつ、「興味を共有」することが重要であるが、この点についても(1)提案者のこれまでの実績・経験、(2)本研究課題が果たす学術的意義、および(3)産業上の役割についての提案者の明確な自覚と強い社会的使命感などから判断して、友好的、かつ精力的に進めることができると判断する。

国際的にGPCRの構造解析が急速に進む可能性が高い。アメリカ、日本、ヨーロッパ、中国を四極とする解析、開発競争が熾烈を極めることは必至である。一時の猶予もないと判断すべき状況である。また、世界にはGPCRを専門とするベンチャーもあり、日本をマーケットと見据えた特許戦略を取っているのが現状である。

本研究は、我が国の創薬開発力を高めるためにアカデミアが繰り出せる基礎研究の中で、質と実現可能性において最良のものであると評価する。また、特許戦略も兼ね備えた世界に対抗し得る独自技術として創薬産業界からの期待も強い。よって、国として強力にサポートし開発を進める必要があると考える。

以上から、本事前評価会としては、当該研究を加速強化する必要があると判断するものである。

平成24年2月29日
「膜蛋白質構造基盤プロジェクト」事前評価会代表
先端医療振興財団 先端医療センター長
鍋島 陽一