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科学技術振興機構報 第868号

平成24年3月22日

東京都千代田区四番町5番地3
科学技術振興機構(JST)
Tel:03-5214-8404(広報ポータル部)
URL https://www.jst.go.jp

便秘を穏やかに改善させる機能性食品の開発に成功
(JST委託開発の成果)

JST(理事長 中村 道治)は、独創的シーズ展開事業「委託開発」の開発課題「消化管機能亢進作用を有する機能性食品」の開発結果をこのほど「成功」と認定しました。

本開発課題は、岐阜薬科大学 薬効解析学研究室 原 英彰 教授、同学 生薬学研究室 飯沼 宗和 教授らの研究成果をもとに、平成19年12月~平成23年12月にかけてアピ株式会社(代表取締役社長 野々垣 孝彦、本社住所 岐阜県岐阜市加納新本町4-23、資本金 4,800万円)に委託して、企業化開発(開発費 約3億円)を進めていたものです。

古来より便秘は万病の源とされ、生活習慣病の要因の1つとなっています。現在、食生活の西洋化などの影響を受け、慢性的な便秘で悩む女性や高齢者は増加しています。現在の便秘改善薬の大半は腸管を直接刺激して蠕動(ぜんどう)運動を引き起こす「刺激性下剤」であり、下痢や腹痛などを伴います。一方、副作用の少ない健康食品では効果が弱いという問題がありました。

本開発では、東南アジアを中心にお茶として飲用されている、ジンチョウゲ科植物の沈香木注1)(ジンコウボク)(図1)の葉の抽出物に着目し、その機能の解明と、開発を進めました。その結果、沈香葉(図2)に含まれるゲンクワニン配糖体注2)図3)が活性成分であることが判明し、同時にそのエキスにおける便秘改善作用、用量・安全性を確認しました。この活性物質であるゲンクワニン配糖体は、腸の筋収縮を作動させるアセチルコリン受容体注3)に働きかける特徴があり、蠕動運動を穏やかに促進し便秘を改善する作用があります。この特徴を生かし、下痢などの副作用が極めて少ない便秘改善作用を持つ機能性食品注4)を提供することが可能となりました。

本開発では、原料の確保からエキスの大量抽出技術の確立など製造技術開発を進め、さらに、作用機序も明確にして人での臨床試験においても有意な効果と安全を確認することができました。今後は、特定保健用食品注5)としての許可申請を含め、お茶のような飲料やサプリメント素材として便秘改善効果が期待出来る食品として販売し、5年間で2億円の売上げを目指します。

独創的シーズ展開事業・委託開発は、大学や公的研究機関などの研究成果で、特に開発リスクの高いものについて企業に開発費を支出して開発を委託し、実用化を図っています。本事業は、現在、「研究成果最適展開事業【A-STEP】」に発展的に再編しています。
詳細情報 https://www.jst.go.jp/a-step/

本新技術の背景、内容、効果の詳細は次の通りです。

(背景)便秘は万病の源であり、慢性的な便秘で悩む女性や高齢者は多い。沈香葉のエキスに、下痢、腹痛などの副作用が少なく、持続的な便秘改善作用があることを動物実験より見出しました。

現在の便秘改善薬の多くは、ピサコジル、センナ、ダイオウなどの刺激性下剤の部類に属します。便秘改善薬は即効性が求められる一方で、効果の強い薬は腹痛などの副作用が生じることを危惧する利用者も多く、市場では生薬・漢方タイプの自然志向を訴求した製品の需要が伸びています。また、便秘改善薬の中核ユーザーである女性と今後、需要増が見込まれる胃腸機能の低下しがちな高齢者は、慢性的な症状を示す人が多いため長期間服用する人が多く、製品に対する安心感を求めているのが実情です。

(内容)沈香木(東南アジア原産ジンチョウゲ科植物)の木部は香料の原料となり流通していますが、葉部は未利用で廃棄されています。本技術は、その葉部に着目して「天然資源の有効利用」と「生活の質の向上」をリンクさせた斬新的なコンセプトです。

沈香木は、正倉院の宝物である「蘭麝待」に代表される香木を生み出すジンチョウゲ科の樹木で、その樹脂が沈着した木部の密度が高く、水に沈むことから沈水香木とも呼ばれます。香の原材料となりますが、天然に産出する沈香はワシントン条約の希少品目第二種に指定されているため輸出入が出来ません。線香などの原材料として取引されるものは基本的に栽培されたものであり、この場合には木部が取引の対象となっています。一方で沈香木の葉部は現地でお茶のようにして飲む飲料用に少数利用されるほかは、廃棄物として処理されています。本技術は、その廃棄される葉部に着目して開発を進めたものです。

この沈香木の葉部(沈香葉)を利用する機能性食品には、これまでの便秘改善薬と異なる作用機序と特徴があります。従来の便秘改善薬は、腸管を直接刺激する「刺激性下剤」として機能し、排便を促進します。そのため下痢や腹痛といった症状を伴うことが多くあります。一方、沈香葉のエキスは、腸のアセチルコリン受容体に働きかけ、その結果として蠕動運動が活発になり便秘が改善されます。この過程は急速な作用を引き起こすものではなく、作用が穏やかに続きます。これにより沈香葉エキスの便秘改善作用は、下痢を引き起こすことが少なく、小腸回腸部においてアセチルコリン受容体に作用することによる持続的効果が見られます。

本開発成果は、ゲンクワニン配糖体の持つアセチルコリン受容体への刺激によって排便を促すもので、結腸ではなく回腸に刺激を及ぼす効果が確認されました(図4)。結腸の収縮は腹痛を伴いますが、回腸の収縮は痛みがほとんどありません。こうしたことから、沈香葉エキスは腹痛という副作用の少ない便秘改善作用があることが明確になりました。

また、原材料の品質と供給の安定確保や効率よく安全に抽出する方法の開発、作用機序を明らかにするための研究や安全性と効果を確保するための試験を行い、最終的に人での臨床試験により、有効性と安全性が確認できました。(図5表1

沈香葉は、すでに東南アジアの一部地域では食経験があり(便秘改善薬としてではなく、いわゆる健康増進用として使用されている)、お茶(ティーパックなど)のように食品としての摂取も可能です。

(効果)信頼性のあるデータに裏付けられた消化管の機能促進(便秘改善)作用を持つ沈香葉を機能性食品などとして販売することで、消費者の健康増進と病気の予防に寄与することが期待されます。

従来の便秘改善薬は、「副作用はあるが効果もある程度期待できる刺激性下剤群」と「副作用は少なく(あるいは無い)効果も顕著とはいえない食品群(ビフィズス菌や食物繊維など)」の大きく2つに分けることができます。そのなかで、本開発による副作用が少なく効果が期待できる機能性食品が、市場そのものを大きく拡大することが期待されます(図7)。

<参考図>

図1

図1 沈香木

図2

図2 沈香葉

図3

図3 ゲンクワニン配糖体

図4

図4 薬効薬理評価試験結果 作用機序(マグヌス試験結果)

本試験は薬効薬理評価試験の1つで、摘出された臓器に対して化合物が及ぼす影響を測定する香葉エキスを対象とした試験結果である。作用機序の解析を行った結果、結腸には収縮が認められず回腸部に連続的な収縮が見られた。これは、右側に示すアセチルコリンと同等の作用であり、対象物質が同等の作用を持つことを示している。

図5

図5 便通改善効果検討試験結果 排便回数の推移

図6

図6 便通改善効果検討試験結果 排便量の推移

図5、6は、便秘傾向の成人男女(60名)を対象とした無作為割付による2週間の二重盲検クロスオーバー試験結果。沈香葉エキス(試験中成分名:ジンチョウゲ科植物葉部エキス)600mg/day含有食品摂取による便通改善効果検討試験の結果である。

結果、主要評価項目である排便回数、排便量において、有意な作用が認められた。

表1

表1 安全性臨床試験の結果(一部)

図7

図7 製剤化例

上左:ドリンク製剤
上右:錠剤製剤(臨床試験に利用)
下 :顆粒製剤

独特のかすかな苦味があるが、適当な味をつけることで水無し服用可能な製剤も検討することができた。

<用語解説>

注1) 沈香木
沈香木は、その樹脂が沈着した木部の密度が高く水に沈むことから沈水香木とも呼ばれ、香の原材料として珍重されている。ジンチョウゲ科アキラリア属(ジンコウ属)植物を示し、アジア地域に数十種類が分布する。沈香(ジンコウ)の材と樹脂は、専ら医薬品として使用される成分本質(原材料)リストに収載されており、材と樹脂は医薬品として扱われる。
注2) ゲンクワニン配糖体
沈香葉エキス中から見出された瀉下作用を示す成分、genkwanin 5-O-β- primeverosideを示す。
注3) アセチルコリン受容体
運動神経の神経筋接合部、副交感神経末端、神経節の節前・節後繊維間のシナプスにおける神経伝達物質アセチルコリンを特異的に認識し、結合するたんぱく質をいう。
注4) 機能性食品
一般に機能性食品といわれるものは、厚生労働省が平成13年4月、健康食品のうち、一定の条件を満たすものを「保健機能食品」と称して販売を認める制度を作ったが、ここに挙げられた機能を有する食品を指す。保健機能食品には、厚生労働省が許認可する「特定保健用食品」と認可審査のない「栄養機能食品」の2つがある。特定保健用食品の表示許可として血圧に関するもの、おなかの調子を整えるもの、歯の健康に関するもの、血糖値に関するもの、コレステロール、ミネラル、中性脂肪に関するものなどたくさんの食品が販売されている。保健機能食品は医薬品とは異なり、あくまで疾病の予防、生体の調節手段として、健常な人に長期間食される食品を指す。
注5) 特定保健用食品
特定保健用食品(通称:トクホ)は、個々の製品ごとに消費者庁長官の許可を受けており、保健の効果(許可表示内容)を表示することのできる食品。ほかの食品と違うのは、からだの生理学的機能などに影響を与える成分を含んでいて、特定の保健の効果が科学的に証明されている(国に科学的根拠を示して、有効性や安全性の審査を受ける)という点。健康食品と呼ばれるものについては、法律上の定義は無く、広く健康の保持増進に資する食品として販売・利用されるもの全般を示している。

開発を終了した課題の評価

<お問い合わせ先>

<開発内容に関すること>

アピ株式会社 本社営業部
小川 一章(オガワ カズアキ)
〒500-8558 岐阜市加納桜田町1-1 
Tel:058-271-3838 Fax:058-275-0855

長良川リサーチセンター
荒木 陽子(アラキ ヨウコ)
〒500-8558 岐阜市長良692-3 
Tel:058-232-0838 Fax:058-294-8388

<JSTの事業に関すること>

科学技術振興機構 イノベーション推進本部 産学連携展開部
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