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科学技術振興機構報 第865号

平成24年3月16日

東京都千代田区四番町5番地3
科学技術振興機構(JST)
Tel:03-5214-8404(広報ポータル部)
URL https://www.jst.go.jp

複数のたんぱく質を高感度に定量できる分析技術の事業化に成功
(JST 大学発ベンチャー創出推進の研究開発成果を事業展開)

JSTは産学連携事業の一環として、大学・公的研究機関などの研究成果をもとにした起業のための研究開発を推進しています。

平成20年度より東北大学に委託していた研究開発課題「オン・ディマンド型の蛋白質絶対定量キットの開発」(開発代表者:寺崎 哲也 東北大学 教授、起業家:堀江 透)にて、質量分析装置注1)を用いて複数のたんぱく質の絶対発現量注2)を同時に量ることができる定量法の技術開発に成功しました。

たんぱく質の検出および定量は生命科学において必須の基本技術ですが、従来の抗体注3)を利用する方法では、抗体調製に長期間を要することや標的たんぱく質以外と結合してしまうなどの技術的な問題が存在していました。寺崎教授を中心とする本研究開発チームは、これらの問題を解決するために、三連四重極型質量分析装置注4)を用いたたんぱく質検出方法の研究開発に取り組んできました。本分析装置は、質量精度が劣るためたんぱく質の同定を目的とする従来のプロテオミクス注5)では使用されていませんでしたが、標的分子の高感度検出が可能なため、低分子薬物の定量に用いられてきました。本チームは、この三連四重極型質量分析装置をたんぱく質定量に応用し、標的たんぱく質の絶対発現量を同時かつ高感度に定量できる方法の確立に成功しました。

本定量法は、測定対象の標的たんぱく質試料をたんぱく質分解酵素(トリプシン注6))を用いて消化し、分解された数多くのペプチドの中から、測定対象の標的たんぱく質に特異的なペプチドの絶対量を定量する手法です。高感度で特異性の高い定量を実現するためには、どのペプチドを測定するのかが重要です。同教授らが開発した定量法の最大の特長は、定量対象とするペプチドをアミノ酸配列注7)情報のみからコンピューター解析を用いて事前に決定することに成功した点です。今回、この技術を事業化レベルまで確立することができました。

平成24年3月には、薬を運搬するたんぱく質や代謝するたんぱく質を定量できるキット(図1)を、メンバーらが出資して設立した株式会社Proteomedix Frontiers(プロテオメディックス フロンティアーズ、平成22年3月設立)を通じてその提携企業から世界同時発売し、5年後に10億円の売上げを目指します。必要な時に短期間で提供可能な「オン・ディマンド注8)型のたんぱく質絶対定量キット」の事業化により、今後拡大する研究者の多様なニーズに応えることが可能になります。

今回の設立ベンチャーによる本格的な商品化は、以下の事業の研究開発成果によるものです。

独創的シーズ展開事業 大学発ベンチャー創出推進

研究開発課題 「オン・ディマンド型の蛋白質絶対定量キットの開発」
開発代表者 寺崎 哲也(東北大学 大学院薬学研究科 教授)
起業家 堀江 透
側面支援機関 千葉 明広(株式会社エービー・サイエックス 代表取締役)
研究開発期間 平成20~25年

独創的シーズ展開事業 大学発ベンチャー創出推進では、大学・公的研究機関などの研究成果をもとにした起業および事業展開に必要な研究開発を推進することにより、イノベーションの原動力となるような強い成長力を有する大学発ベンチャーが創出され、これを通じて大学などの研究成果の社会・経済への還元を推進することを目的としています。

<開発の背景>

生命現象を担うたんぱく質の検出および定量は、生命科学においては必須の基本技術です。これまでたんぱく質の検出は、標的たんぱく質と特異的に結合する抗体を用いる方法が使われていました。しかし、標的たんぱく質のみと特異的に結合する抗体を調製するには長い期間を必要とし、また、長期間をかけても必ずしも特異的抗体ができるとは限りません。また、抗体を用いる定量法は、定量値の信頼性に加えて、多数のたんぱく質を同時に量るという網羅性においても問題があります。このような抗体に依存した検出系の限界のため、網羅的定量解析はたんぱく質ではなく遺伝子レベルで行われてきました。

一方、質量分析装置の飛躍的な性能の向上に伴って新しい網羅的たんぱく質検出手法として、質量分析装置を用いたプロテオミクスが急激に発展しています。検体中のたんぱく質を一回の分析で数百~数千種類も検出することが可能になり、疾患部位などで特異的に発現するたんぱく質の発見に結び付く可能性があります。しかし、従来の質量分析装置を用いたプロテオミクスは、感度と定量性に問題があり、定量システムとしては用いられていません。現在、ポストゲノム注9)解析においてたんぱく質の定量の必要性は高まっており、抗体に依存せず、かつ広くどこでも使える新しいたんぱく質定量システムが待望されています。

<研究開発の内容>

寺崎教授らのチームは、従来のプロテオミクスではほとんど使用されなかった三連四重極型質量分析装置を用いて、37種類の標的たんぱく質の絶対発現量を同時定量することに成功しました。

この技術開発が成功した最大のブレークスルーは、標的たんぱく質が消化分解されて生成するペプチドを、たんぱく質のアミノ酸配列からコンピューター解析によって、事前に決定することに成功した点です。この定量システムは、標的たんぱく質試料をたんぱく質分解酵素であるトリプシンで分解し、その分解試料中に存在する、標的たんぱく質に特異的なペプチドの絶対量を三連四重極型質量分析装置で計量します。ペプチドの定量は、質量によるため、抗体を用いる場合に比べて極めて高い特異性(定量性)を実現しています。

質量分析装置を用いたたんぱく質の定量法は比較的高度な技術が必要なために、広く普及させるためにはサンプルの前処理について良好な再現性と簡便さを備えた「定量キット」の開発が鍵を握ると考えられます。事業化に至るまでには、これらの特性を備えるための技術開発が行われてきました。

従来の定量法で用いられていた抗体の調製には、抗原となるたんぱく質を準備する必要がありました。しかし、今回開発した技術によってデータベース上のアミノ酸配列情報のみからたんぱく質の定量システムを確立することが初めて可能となりました。すなわち、標的たんぱく質の定量システムを必要な時に短時間で確立することが可能な「オン・ディマンド型のたんぱく質絶対定量法」を研究者へ提供できるようになりました。

<今後の事業展開>

これまでの研究開発にて確立したたんぱく質絶対定量法を基盤技術として、従来技術では抗体を作ることが困難で検出や定量ができなかった、新薬標的候補たんぱく質やバイオマーカー候補たんぱく質を対象とした定量キットの構築を進め、新薬開発の支援を行うとともに新規疾患診断法などの開発を目指します。また、基礎から応用まで幅広い研究者の多様なニーズに応えるために、関連企業との業務提携などを視野に入れたグローバルな事業展開を検討する予定です。

<参考図>

図1

図1 たんぱく質の定量キット(内容物:前処理用試薬、定量対象ペプチドなど)

<用語解説>

注1) 質量分析装置
化合物の分子量や分子構造情報などを得るために、物質の質量に基づいた解析を行う装置。たんぱく質の解析には、質量数を精度よく検出する飛行時間(TOF)型が用いられている。しかし、本技術開発では特定の質量の物質を非常に高感度に定量することができる三連四重極型の質量分析装置を用いている。
注2) 絶対発現量
標的たんぱく質の存在している数(モル数)。一方で、対象と比較して何倍高い発現であるかを相対発現量という。
注3) 抗体
特定のたんぱく質などの分子(抗原)を認識して結合する働きを持つたんぱく質。この抗体の性質を利用したたんぱく質の検出手法として、ELISA法やImmunoblot法がある。
注4) 三連四重極型質量分析装置
4本の円柱状電極で構成される四重極が3つ連なった質量分析装置。Multiple Reaction Monitoring(MRM)を用いた高感度定量が可能な装置である。MRMでは、3つの四重極(Q1-Q3)のQ1で対象ペプチドの質量のイオンのみを通し、Q2で限定的にペプチドを分解し、Q3で特定質量の分解ペプチドのみを通し検出する。2つの質量フィルターを通すため、非常にノイズが少なく、感度が高い。
注5) プロテオミクス
たんぱく質の集合体(プロテオーム)を解析する技術。一般的に、質量分析装置を用いてたんぱく質を網羅的に解析する技術のことをいう。
注6) トリプシン
たんぱく質を分解する酵素。リジンとアルギニンのカルボキシル末端側を切断する。
注7) アミノ酸配列
たんぱく質はアミノ酸が並ぶことによって構成される。このアミノ酸の並ぶ順番をアミノ酸配列と呼ぶ。なお、少数のアミノ酸が並ぶ場合はペプチドと呼ぶ。
注8) オン・ディマンド
ユーザーの要求があった時にサービスを提供する方式。
注9) ポストゲノム
ゲノム解読以降の研究を総称してポストゲノムと呼ぶ。

参考:<企業概要、ほか>

<本件お問い合わせ先>

<開発内容に関すること>

株式会社Proteomedix Frontiers
〒980-8579 宮城県仙台市青葉区荒巻字青葉6-6-40
東北大学連携ビジネスインキュベーター206
寺崎 哲也(テラサキ テツヤ)、堀江 透(ホリエ トオル)
E-mail:

<JSTの事業に関すること>

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