JSTトッププレス一覧 > 科学技術振興機構報 第862号
科学技術振興機構報 第862号

平成24年2月29日

東京都千代田区四番町5番地3
科学技術振興機構(JST)
Tel:03-5214-8404(広報ポータル部)
URL http://www.jst.go.jp

マイクロチップ式による新規血栓形成能解析システムの頒布開始

(JST委託開発の成果)

JST(理事長 中村 道治)は、独創的シーズ展開事業「委託開発」の開発課題「抗血栓治療におけるリアルタイム薬効モニタリングシステム」の開発結果をこのほど成功と認定しました。

本開発課題は、鹿児島大学 大学院医歯学総合研究科 丸山 征郎 特任教授らの研究成果をもとに、平成18年9月から平成23年3月にかけて藤森工業株式会社(代表取締役社長 藤森 明彦、本社住所 東京都新宿区西新宿1−23−7、資本金 47億2,383万円)に委託して、企業化開発(開発費 約3億円)を進めていたものです。

血栓症はがんと並び世界的にも最も重篤な疾患の1つであり、予防と適切な治療法の確立は重要で緊急な課題です。血栓症は、本来血管内に長くとどまることのない血栓が血管内に発生し、循環系を閉塞させる症状を示します。現在では、血栓症の治療のために凝固能力を抑える薬や、溶解する機能を高める薬が開発され、治療と予防に用いられています。患者ごとにどのような機能に問題があるかを突き止め、それに見合った治療の必要がありますが、血栓症病理を反映する効果的な検査手法はなく、実際の診断や投薬において、医師は限られた検査結果と経験により方針を決定せざるをえない状況です。

本新技術による「血栓形成能解析システム(T−TAS®)」は、擬似的な血管構造を作り込んだ透明なマイクロチップ(図1)、専用試薬と検体を送り出すポンプや圧力センサー、光学顕微鏡を持つモニタリング装置(図2)の組み合わせから構成されます。このシステムに血液を流すと、血栓が形成されるプロセスを視覚的に解析できると同時に、形成された血栓の成長や固さを数値化することができます。従来の手法では、血液を血小板注1)や血漿という分離された血液の成分ごとに機能を解析していましたが、このシステムでは、500マイクロリットルという少量の全血を用いた測定によって、血流下における血栓形成能を総合的に解析できる点に特長があります(表1)。

さらに、形成された血栓について複数の抗血栓薬注2)を用い、単薬使用時と複数薬剤併用時の効果の違いを本システムで評価できました。さらに、血流下における血小板の機能をより特異的に評価するチップも同時に開発しました。

今後はチップの種類を増やし、解析可能な項目を広げ薬効を評価する装置として販売します。また、医療機器としての承認を得るために臨床試験の実施を予定しており、新しい血栓症医療のオーダーメイド化に向けた臨床検査ツールとして期待されます。

独創的シーズ展開事業・委託開発は、大学や公的研究機関などの研究成果で、特に開発リスクの高いものについて企業に開発費を支出して開発を委託し、実用化を図っています。本事業は、現在、「研究成果最適展開事業【A-STEP】」に発展的に再編しています。

詳細情報 http://www.jst.go.jp/a-step/

本新技術の背景、内容、効果の詳細は次の通りです。

(背景) 血栓症検査において従来技術では総合的なリスクを評価することが困難であり、病態や治療効果を適切に把握する分析的診断技術の開発が強く望まれていました。

血栓症の治療では、原因となる因子とその複合性を分析的に評価した上での最適な治療が望まれます。例えば過剰な血液凝固を引き起こす因子に問題があれば、それを阻止する薬剤を利用し、反対に凝固塊を溶解除去するメカニズムに問題があれば、溶解機能を高める手段を選択します。これは相反する機能のため、必要以上に調整を加えることは危険です。近年では発症因子を個別にターゲットとする多くの抗血栓薬が開発されており、要因を分析することにより、発症因子に適合した治療方策を選択することが可能になってきました。

一方、現在の血栓症検査では、血小板の持つ粘着・凝集などの多様な機能を個別に把握することは難しく、抗血栓薬の治療効果を検査結果に反映できないケースがあります。効果的な抗血栓薬療法の方策を立てるためにも、患者ごとの病態や治療効果を適切に把握する分析的診断技術の開発が強く待ち望まれていました。

このため、血栓症の発症病理にかかわる多因子及びその複合性を同時に、分別的に解析評価できる血栓形成能解析システムを目指して開発を進めました。

(内容) マイクロチップを利用して模擬血管病巣を再現し、血流下にて包括的な血栓形成能を評価できる「血栓形成能解析システム(T−TAS®)」を開発しました。

血栓形成能解析システムは、模擬血管が作り込まれたマイクロチップと専用試薬、モニタリング装置の組み合わせによって、血栓症発症病理に基づいた血栓形成のプロセスを、直接、リアルタイムに解析するシステムです。

サンプルは、測定器フロー(図3)に示した「試料血液タンク」に約500マイクロリットルを注入して装置にセットします。測定を開始すると送液ポンプにより加圧されたオイルが試料血液タンク内のサンプルに圧力を伝え、血液はマイクロチップに押し込まれます。その際、オイルを介して血液に伝えられた圧力は圧力センサーによりモニタリングされます。

マイクロチップの模擬血管に流れ込んだ血液は、観察エリアにおいて血栓誘発剤により血栓を形成します。その様子はマイクロスコープにより観察され、血栓形成能解析装置のアウトプット(図4 右写真)に血栓の成長が確認されます。同時に模擬血管のつまり具合は、血液を模擬血管に送る圧力の変化として検出されます。このグラフの波形を解析することで、血栓を形成する能力とその血栓が模擬血管に付着する能力(血栓の強固さ)を読み取ります。この解析結果は、人によって異なり、血栓形成の能力を総合的に評価するものです。

本システムでは、マイクロチップの作製方法(図5)に示すように、測定に必要な血栓が形成される模擬血管部分を、射出成形注3)により作製することで、低価格で量産可能なプラスチック製の使い捨て形式にしました。これにより採血した血液を分離することなく、直接流すことができる特長を持っています。必要な試料も500マイクロリットル程度と少量で済み、常に同じ条件の模擬血管を利用することで、試験の再現性も高められます。これにより、従来では再現が難しかった流路パターンの設計が可能となりました。例えば、チップ上に模擬血管を作り込む際、損傷を受け血液凝固を引き起こす血管を擬似的に再現するための血栓誘発剤を、一部にコーティングしたものが作製できます。このチップでは、試料血液がその部分を流れる時に、あたかも傷ついた血管に血栓ができるのと同じように血栓が形成されます。

形成された血栓は、作用機序の異なる複数の抗血栓薬を用い、単薬使用時と複数薬剤併用時の効果の違いも本システムで評価できました。血栓ができる速度なども投薬量に依存して変化する様子がモニタリングでき、血小板の機能のみを血流下で評価するチップも同時に開発しました。

(効果) 「血栓形成能解析システム(T−TAS®)」は、新たな血栓診断ツールとして血栓症治療への貢献が期待されます。

血栓形成能解析システムは、微細な血管構造を再現することにより血液の持つ凝固、溶解を含むさまざまな血栓形成能力を解析することが可能です。これにより、作用メカニズムの異なる抗血栓薬の効果を明らかにすることが可能となりました。今後、試験装置として頒布を開始するともに、医療機器としての承認を得るために臨床試験の実施を予定しています。

<参考図>

図1

図1 マイクロチップ

プラスチック板にマイクロ精度の溝が彫ってあるチップの総称で、バイオセンサーに使用されることが多い。検体量、試薬量が少量になることや、少ないエネルギーで熱を伝えられることから分析手法の新しい技術として注目されており、すでに市場に出ている製品もある。

図2

図2 モニタリング装置

 従来技術新技術
原理血栓症の因子を個別に検査し、各値から総合的な状態を判断。模擬血管病巣を作製することによって、患者ごとの包括的な状態を判断。
記録・解析解析数値のみがデーターとして出力される。圧力変化グラフで解析する。同時にマイクロスコープの観察記録も出力される。
特長血液成分ごとに分離した状態で測定するため、機能を測定したい血液の凝固メカニズムごとに異なる測定器が必要である。実際の病巣と同様な血流下での検査が可能であり、マイクロチップを変更することにより多様な試験系が構築可能。

表1 従来技術との比較表

図3

図3 測定器フロー

図4

図4 血栓形成能解析装置のアウトプット

模擬血管のつまり具合は、血液を模擬血管に送る圧力の変化として、左側に示す圧力グラフのように横軸に時間を、縦軸にモニタリングされた圧力変化を示すグラフとして得られる。右側の写真は、血栓ができる様子。

図5

図5 マイクロチップの作製方法

<用語解説>

注1) 血小板
血液に含まれる細胞成分の一種。直径1〜4μmの無核細胞で一次止血の中心的な役割を果たします。血管が障害を受けた際は血管内皮下のコラーゲンに血小板が粘着・凝集することから止血作用が開始されます。
注2) 抗血栓薬
血栓を抑制する薬の総称。血液凝固因子の活性を抑制する薬を抗凝固薬、血小板を抑制する薬を抗血小板薬といいます。疾患や症状によって薬を使い分けますが、両者を併用する場合も多くあります。
注3) 射出成形
プラスチックなどの加工法の1つ。熱可塑性樹脂を使用する場合が典型的で、軟化する温度に加熱したプラスチックを、射出圧を加えて金型に押し込み、型に充填して成形する加工法です。

開発を終了した課題の評価

<お問い合わせ先>

<開発内容に関すること>

藤森工業株式会社 研究所 バイオサイエンスグループ
大西 朋子(オオニシ トモコ)、細川 和也(ホソカワ カズヤ)
〒236-0003 神奈川県横浜市金沢区幸浦1丁目10番1号
Tel:045-769-0124 Fax:045-769-0131
http://www.zacros.co.jp/

<JSTの事業に関すること>

科学技術振興機構 イノベーション推進本部 産学連携展開部
平尾 孝憲(ヒラオ タカノリ)、西尾 克俊(ニシオ カツトシ)
〒102-0076 東京都千代田区五番町7 K’s五番町
Tel:03-5214-8995 Fax:03-5214-0017