JSTトッププレス一覧 > 科学技術振興機構報 第848号
科学技術振興機構報 第848号

平成23年11月28日

東京都千代田区四番町5番地3
科学技術振興機構(JST)
Tel:03-5214-8404(広報ポータル部)
URL http://www.jst.go.jp

メタン生成酵素の親類がメタンを分解

−海底の微生物層の酵素を結晶化し、立体構造を解明−

JST 課題達成型基礎研究の一環として、ドイツのマックスプランク陸生微生物学研究所の嶋 盛吾 生化学グループリーダーらは、酸素がない海洋環境でメタンを分解する微生物酵素の立体構造を、画期的な手法でX線結晶解析し、明らかにしました。これにより、メタン生成酵素の親類がメタンを分解することなどが分かりました。

メタンは地球上のさまざまな自然環境で微生物の働きによって生産されています。海洋でも海底に堆積した有機物を原料にメタンが発生しています。メタンはCOの20倍以上という強力な温室効果ガスのため、メタンがそのまま大気中に放出されると地球温暖化への影響が心配されます。しかし、酸素がある条件では、海底の堆積物から生成されたメタンは、途中で微生物によって大部分がCOに分解されると考えられています。また、微生物が、酸素がない条件でも大量のメタンを分解していることが明らかになっています。しかし、その一連の酵素反応には多くの謎が残されています。これまでに「メタン分解の最初の反応は、メタン生成反応を逆転させたような反応である」という仮説が提唱されていましたが、生体内で起きているとは考えにくいものでした。また、技術的な困難から証明されていませんでした。

今回研究者らは、メタン分解反応を行っている黒海海底の微生物層を採取し、ある程度精製しただけの、混ざりものが残る試料からメタン分解酵素だけを結晶化することに成功し、X線解析によってその立体構造を世界で初めて明らかしました。最も重要な発見は、無酸素メタン分解の最初の化学反応が明らかにできたことです。

この研究で得られた知見は地球上のメタンがどのように生成、分解されて循環しているか、大気中のメタン濃度がなぜ低く抑えられているかの理解に役立ち、自然界におけるメタンの発生を低減するための重要な情報です。メタンの生成と分解にはこの酵素以外にも多数の酵素が働いています。今後は、メタン代謝の全体像を解き明かしていきたいと考えています。

本研究成果は、2011年11月27日(英国時間)発行の英国科学誌「Nature」のオンライン速報版で公開されます。

本成果は、以下の事業・研究領域・研究課題によって得られました。

戦略的創造研究推進事業 個人型研究(さきがけ)

研究領域 「光エネルギーと物質変換」
(研究総括:井上 晴夫 首都大学東京 戦略研究センター 教授)
研究課題名 「[Fe]−ヒドロゲナーゼの活性中心鉄錯体の生合成」
研究者 嶋 盛吾(マックスプランク陸生微生物学研究所 生化学グループリーダー)
研究実施場所 同上
研究期間 平成21年10月〜平成27年3月

JSTではこの領域で、人類にとって理想的なエネルギー源である太陽光による広義の物質変換を介して、光エネルギーを化学エネルギーに変換・貯蔵・有効利用し得る高効率システムの構築を目指した、独創的で挑戦的な研究を実施しています。

上記研究課題では、メタン生成菌で発見された[Fe]−ヒドロゲナーゼの鉄錯体活性中心の生合成機構を明らかにすることを目的としています。

<研究の背景と経緯>

メタンは、酸素がない条件でメタン生成微生物が持つ酵素MCRによって生産されます。水田や牛の体内、あるいは汚水処理場などにはメタン生成微生物が住み着いており、代表的なメタン生産環境になっています。また、海洋には大量のメタンがメタンハイドレート(メタンが水分子のカゴ構造の中に閉じ込められたもの)として埋蔵されており、将来のエネルギー源として期待されています。一方、メタンのネガティブな側面も話題に上がっています。メタンはCOの20倍以上強力な温室効果ガスであり、もし大量に大気中に放出されると地球環境に及ぼす影響が大きいと考えられているからです。

メタンは、海底でもメタン生成微生物より生産されています。しかし、そのほとんどは、メタン分解微生物によって分解されるため、大気中に放出される量はわずかです(図1)(Angewandte Chemie 2010年)。もし、海底にメタン分解微生物がいないとしたら、大気中に放出されるメタンの強烈な温室効果により、地球は温暖化が進んでしまいます。

このメタン分解微生物による分解反応は、無酸素の自然環境でも起こると1960年代から分かっていました(図1)。ただ、どのような酵素反応の組み合わせによって分解されているのかは分かっておらず、これまで『最初の反応はMCRが、通常促進するのとは逆の反応を促進することで進む』と信じられてきました。すなわち、メタン生成の逆方向の反応でメタンが分解されていることになります。しかし、この逆反応が生体内で実際に起こっているとは考えにくく、また確かめるにしても、技術的困難がありました。通常、酵素を研究するには、生体内から、混ざりもののない状態で大量に集めます。それには、メタン分解微生物を培養して増やす必要がありますが、このメタン分解微生物は増殖速度が非常に遅く、また培養条件の維持が難しいため研究室内では培養できないのです。

そうした中、黒海の海底に煙突状の大きな微生物層が見つかりました(図2)(Science 2002年)。そこに含まれる微生物がメタン分解を行っており、ドイツの共同研究グループが潜水艇で微生物層を採取し、私たちはその一部を使って酵素を分析しました。その結果この微生物層には、その全たんぱく質の10%近くに及ぶ大量のMCR様酵素が存在することを見いだしました。また、遺伝子解析により、このMCR様酵素は、メタン分解微生物由来のものであることが明らかになりました(Nature 2003年)。

メタン分解微生物が、メタン生成酵素MCRとよく似た酵素(MCR様酵素)を大量に持っている事実は、上述の仮説を支持しています。しかし、この大量に存在していたMCR様酵素は、実はメタンとは全く関係のない異なる反応を促進している可能性もありました。そこで、酵素の促進する反応が実際は何なのかを調べる必要がありました。

<研究の内容>

酵素がどのような反応を促進しているかを調べるためには、酵素活性測定という手法がありますが、メタン分解微生物のMCR様酵素は、非常に不安定なため使えません。そこで、酵素の結晶構造からその反応物質を明らかにすることを試みました。メタン生成酵素MCRの結晶構造中には常に反応物質が結合した状態で見られるからです(Science 1997年)。しかし、MCR様酵素は微生物群からのものであり、似たような多くの酵素の集合物です。現在の技術ではある程度以上精製することはできません。そこで、あえてその混ざりものの酵素を結晶化に使うことにしました(図3)。数多くの条件を検討した結果、幸運にも結晶が得られ、X線構造解析により高解像度で解析することができました。自然からの酵素を混ざりものから結晶化したことはこれまで前例がありませんでした。

こうして、その酵素に何かが結合しているのが観察でき(図4)、詳細なモデル化実験の結果、「補酵素M」と「補酵素B」と呼ばれる化合物であることが確認できました(図5)。この2つの化合物は、メタン生成酵素MCRでも反応物質として使われていることから、MCR様酵素は、メタン生成酵素MCRと同じ反応を逆向きに進めている(メタンを分解している)MCR分解酵素であることの強力な証拠になります。それ以外にも興味深い構造がいろいろと見つかりました。これまで、メタン生成とメタン分解の酵素MCRのアミノ酸配列が似ていることから、共通の祖先を持つ親類の酵素であることは分かっていました。今回の解析により、似た配列にも関わらずアミノ酸のいくつかにメタン生成酵素MCRには認められない構造が付加されていることが分かりました。それぞれが存在する環境と機能に応じて異なる進化をしたものと考えられます。

<今後の展開>

本研究で、メタン分解酵素MCRがどのようにメタンを分解するか、その実体が明らかになりました。メタン分解代謝の全容を明らかにするには、そのほかのいくつもの酵素の仕組みも調べる必要がありますが、微生物によるメタン生成とメタン分解の仕組みを理解することは、持続可能な地球環境を考える上でメタン低減の方策を考えるために不可欠な情報です。

また、メタン代謝には「さきがけ」研究の主要課題であるヒドロゲナーゼなどのほかにも有用な酵素がたくさんあります。今後も自然から多くを学び、メタン代謝を総合的に理解していき、将来的には、微生物由来の酵素の機能を人工的に模倣したエネルギー生産技術につなげていきたいと考えています。

<付記>

本研究は、ドイツ連邦地球科学天然資源研究所 マーチン=クリューガー 博士、マックスプランク物理学研究所 ウルリッヒ=エルムラー 博士、トビアス=バイナート 氏、ウルリケ=デンマー 氏、マックスプランク陸生微生物学研究所 ロルフ=タウアー 教授、ヨルク=カーント 氏との共同研究によるものです。

<参考図>

図1

図1 地球環境におけるメタンの循環

光合成によって生産された有機物の一部は無酸素環境で分解され、メタンが生成される。無酸素環境からはメタンハイドレートと合わせて15億トン(/年)ものメタンが生成されているが、そのほとんどは微生物によって分解されCOになる(Angewandte Chemie 2010年)。無酸素でのメタン分解反応として、硫酸イオン、鉄およびマンガンイオン、亜硝酸イオンの還元反応と共役した微生物反応が知られている。

図2

図2 黒海での試料採取

黒海の海底には無酸素条件でメタンを分解する微生物が煙突状の層をなしている。メタン分解酵素MCRを得るため、潜水艇でもぐり採取した。

図3

図3 酵素の生成と結晶化

黒海の微生物層からの微生物体から酵素MCRの混合物を抽出精製し、結晶化した。

図4

図4 メタン分解酵素MCRの全体構造モデル

X線結晶構造解析によりメタン分解酵素MCRの構造モデルを作成した。触媒反応を行う活性中心に、メタン生成酵素MCRと同様、F430と呼ばれるニッケル化合物が認められた。そのすぐ近くに反応物が結合しているのが観察された。

図5

図5 活性部位に結合した反応物

活性中心に結合した反応物は補酵素Mと補酵素Bであることが明らかになった。これらの補酵素はメタン生成酵素MCRでも使われている。

<論文名および著者名>

“Structure of a methyl-coenzyme M reductase from Black Sea mats that oxidize methane anaerobically.”
(無酸素条件でメタンを分解する黒海微生物層からのメチル補酵素M還元酵素の結晶構造)
doi: 10.1038/nature10663
Seigo Shima, Martin, Krueger, Tobias Weinert, Ulrike Demmer, Jörg Kahnt, Rudolf K. Thauer and Ulrich Ermler

<参考論文>

Thauer, R. K. (2010) Functionalization of methane in anaerobic microorganisms. Angewandte Chemie, 49, 6712-6713.
Michaelis, W., Seifert, R., Nauhaus, K., Treude, T., Thiel, V., Blumenberg, M., Knittel, K., Gieseke, A., Peterknecht, K., Pape, T., Boetius, A., Amann, R., Jørgensen, B.B., Widdel, F., Peckmann, J., Pimenov, N.V. & Gulin, M.B.(2001) Microbial reefs in the Black Sea fueled by anaerobic oxidation of methane. Science 297, 1013-1015.
Ermler, U., Grabarse, W., Shima, S., Goubeaud, M. & Thauer, R.K. (1997) Crystal structure of methyl-coenzyme M reductase: the key enzyme of biological methane formation. Science 278, 1457-1462.
Krüger, M., Meyerdierks, A., Glöckner, F.O., Amann, R., Widdel, F., Kube, M., Reinhardt, R., Kahnt, J., Böcher, R., Thauer, R.K. & Shima, S. (2003) A conspicuous nickel protein in microbial mats that oxidize methane anaerobically. Nature, 426 (6968): 878-881.

<お問い合わせ先>

<研究に関すること>

嶋 盛吾(シマ セイゴ)
マックスプランク陸生微生物学研究所 グループリーダー
Karl-von-Frisch Strasse 10
35043 Marburg
Germany
Tel:+49-6421-178122 Fax:+49-6421-178109
E-mail:

<JSTの事業に関すること>

原口 亮治(ハラグチ リョウジ)
科学技術振興機構 イノベーション推進本部 研究推進部(研究推進担当)
〒102-0076 東京都千代田区五番町7 K’s五番町
Tel:03-3512-3525 Fax:03-3222-2063
E-mail: