JSTトッププレス一覧科学技術振興機構報 第846号別紙2 > 研究領域:「エピゲノム研究に基づく診断・治療へ向けた新技術の創出」
別紙2

平成23年度(第2期) 新規採択研究代表者・研究者および研究課題の概要

CREST

【タイプA】
(疾患や幹細胞・細胞分化などのターゲットを絞り、エピゲノム解析と機能解析アプローチを組み合わせ、生命現象や疾患の機構解明を目指す研究課題)

氏名 所属機関 役職 課題名 課題概要
五十嵐 和彦 東北大学 大学院医学系研究科 教授 定量的エピゲノム解析法の開発と細胞分化機構の解明  細胞は、遺伝子セットの発現(利用)の組合せを変えることにより特有の機能を有するように分化します。この過程では、DNAを収納するクロマチンの構造が変化することにより、遺伝子の発現パターンが調節されます。本研究では、免疫系の抗体を産生する形質細胞の分化過程に着目し、新たに開発する技術を用いてクロマチン構造の変化を定量的に調べ、その変化をつくり出す仕組みを解明し、免疫制御機構とその病態(骨髄腫など)への関与を理解します。
加藤 忠史 (独)理化学研究所 脳科学総合研究センター チームリーダー 精神疾患のエピゲノム病態の解明に向けた新技術創出  遺伝情報を担うDNAが、環境の影響でメチル化などの変化を受けると、遺伝子の働きが変化します。これが精神疾患の原因の1つになる可能性が考えられますが、脳はさまざまな細胞を含むため、分析が難しく、はっきりしたことはわかっていません。本研究では、脳から神経細胞のDNAを取り出して分析する最先端技術を開発し、これを用いて脳におけるメチル化などのDNAの変化を詳しく調べ、動物実験の結果と比較することにより、脳のエピゲノムと精神疾患の関係の解明を目指します。
白川 昌宏 京都大学 大学院工学研究科 教授 幹細胞における多分化能性維持の分子機構とエピゲノム構造の三次元的解析  多分化能性を有するES細胞・iPS細胞などは、特有のエピゲノム構造を持ち、それは分化に伴い大きく変換します。これは、ゲノム上の特定領域のDNAメチル化・脱メチル化部位の核内における空間的位置の変化によって規定されます。本研究では、DNA脱メチル化の分子機構、および核内空間におけるメチル化・脱メチル化部位の分布を解析することで、多分化能性を規定するエピゲノム構造を解明することを目的とします。また、エピゲノム状態の発現型として細胞骨格の成熟化・秩序化に注目し、その新規な計測手法を提案します。
鈴木 淳史 九州大学 生体防御医学研究所 准教授 肝細胞誘導におけるダイレクトリプログラミング機構の解明とその応用  本研究では、最近明らかになった皮膚細胞から肝細胞への直接的な運命転換(ダイレクトリプログラミング)をエピゲノム情報の再構成として捉え、細胞のエピゲノム情報に立脚した細胞運命転換の制御メカニズムを明らかにします。そして、得られる結果から、細胞運命を規定する特定因子の働きとエピゲノム情報の再構成をつなぐ新原理の発見や、ヒト皮膚細胞からの肝細胞誘導とエピゲノム情報の人為的操作に基づく革新的な治療・検査技術の開発を目指します。
中尾 光善 熊本大学 発生医学研究所 教授 高次エピゲノム機構の作動原理と医学的意義の解明  エピゲノムの制御機構には、DNAメチル化、ヒストン修飾、クロマチン・ループの形成、核内ドメインの構築があり、これらの各階層が協調して遺伝子制御を可能にしています。本研究では、クロマチン・ループ形成と核内ドメインで構成される高次エピゲノム機構の時空間的な作動原理を明らかにし、細胞状態を客観的に理解する計測モデルを提示します。さらに、疾患遺伝子座の高次制御とその計測モデルに基づいて、先進医療応用を目指した細胞同定法や、疾患の予防・診断・治療につながる新たな技術基盤を創出します。
萩原 正敏 京都大学 大学院医学研究科 教授 エピゲノム創薬による広汎性発達障害の克服  自閉症をはじめとする広汎性発達障害はコミュニケーション能力の欠如など多様な神経症状を呈します。患者数も多く、また、その社会適応の困難さから社会的対応が必要ですが、診断が困難で治療法も確立していません。本研究では、広汎性発達障害はエピゲノム制御異常に起因するトランスクリプトーム異常によって引き起こされるのではないかとの独自の仮説をもとに、疾患モデルマウスやiPS細胞を作成し、新たな診断技術や治療薬の開発を目指します。
藤田 敏郎 東京大学 大学院医学系研究科 教授 生活習慣病による進行性腎障害に関わるエピジェネティック異常の解明と診断・治療への応用  糖尿病、高血圧による透析導入患者数は増加しており、腎機能の低下が心臓や血管の病気のリスクとなることからも早期に腎機能低下を防ぐための医療が急務です。本研究では、糖尿病腎症をモデルにエピゲノム制御機構の異常が生じるメカニズムを明らかにします。さらにエピゲノム制御をターゲットにした生活習慣病の新規診断法の開発、治療創薬の基盤形成を目指します。

【タイプB】
(国際ヒトエピゲノムコンソーシアム(IHEC)に貢献する標準エピゲノム解析を大規模に実施する研究課題)

氏名 所属機関 役職 課題名 課題概要
金井 弥栄 (独)国立がん研究センター研究所 分子病理分野 副所長・分野長 ヒト消化器上皮細胞の標準エピゲノム解析と解析技術開発  本研究は、ヒトの体を構成するさまざまな細胞における正常のエピゲノム (遺伝子発現のオン・オフを制御するDNAメチル化・ヒストン修飾などの仕組みの全体像)を明らかにする、国際ヒトエピゲノムコンソーシアム(IHEC)に貢献します。胃・大腸・肝臓といった消化器の細胞のエピゲノムを明らかにし、解析技術開発を行うことにより、国際貢献を果たします。研究成果はデータベースとして公開し、世界の研究者に参照されることで、がんなどの病気に関わるエピゲノム異常の同定を効率化し、診断・治療法の革新に結びつくと期待されます。
白髭 克彦 東京大学 分子細胞生物学研究所 教授 エピゲノム解析の国際標準化に向けた新技術の創出  人間の体は250種を超える細胞により成り立っています。それぞれの細胞は同じ配列のDNAを持ちますが、DNAの修飾や結合するたんぱくの修飾(エピゲノム標識)の違いが細胞種の特異性を規定しています。このエピゲノム情報の全体像に迫るべく、本研究ではエピゲノム解析技術の開発を行うとともに、血管内皮細胞の大規模エピゲノム解析を展開して、データと技術の両面で国際ヒトエピゲノムコンソーシアム(IHEC)へ貢献します。これらのデータは、基礎研究のみならず創薬研究に貢献することが期待できます。

(五十音順に掲載)

<総評> 研究総括:山本 雅之(東北大学 大学院医学系研究科 研究科長・教授)
副研究総括:牛島 俊和((独)国立がん研究センター研究所 上席副所長・分野長)

本研究領域は、細胞のエピゲノム状態を解析し、これと生命現象との関連性を明らかにすることにより、健康状態の維持・向上や疾患の予防・診断・治療法に資する、エピゲノム解析に基づく新原理の発見と医療基盤技術の構築を目指すものです。また、一部の課題において、国際ヒトエピゲノムコンソーシアム(IHEC)との連携を進めます。

初年度の提案募集に対して、80件の応募がありました。提案内容は、精神疾患、心血管疾患、がんなどさまざまな疾患とエピゲノム異常の関係に注目した研究、発生・分化とエピゲノムとの関係の解明を目指した研究、エピゲノムに着目した創薬研究など、多岐多彩な内容であり、それぞれがレベルの高いものでした。

これらの提案課題の中から、研究総括、副研究総括が、10名の領域アドバイザー、2名の外部評価者の協力のもと、課題の選考を行いました。まず、書類選考では、各提案課題に近い研究分野を専門とする領域アドバイザー3名ずつが第一次査読を実施し、さらに注目すべき提案課題については、領域アドバイザーの全員が査読を行いました。それらの査読結果に基づいた討議を行い、14件の面接選考対象課題を選定しました。次いで、面接選考を行い、最終的に9件の提案を採択しました。選考にあたっては、次の3点を重視しました。(1)臨床応用を目指すもの、もしくは見据えたものであること、(2)エピゲノム研究にブレークスルーをもたらすこと、(3)十分な研究支援効果が見込めること。なお、書類選考、面接選考では利害関係者を排除して、厳正・中立な選考を行いました。

採択された課題は、生活習慣病や精神疾患などの疾患に直接関係する研究、細胞分化との関連を探る研究、エピゲノム機構の解明を目指す研究などです。また、IHECに対応する課題も2つ採択し、標準エピゲノム解析データの創出や解析技術の開発などを通じて、国際的な研究の進展に貢献することを目指します。いずれも当該研究分野にて、国際的にトップレベルで活躍する研究者による研究提案であり、今後の成果を大いに期待します。

このように80件から9件が選択されるという厳しい競争の中での選考でしたが、不採択となった課題の中にも極めて興味深い内容のもの、重要なテーマに取り組むものなどがありました。来年度には本研究領域として2回目の公募を予定しています。エピゲノム研究に基づく新技術の創出へ向けた独創的、挑戦的な研究提案を期待します。