JSTトッププレス一覧科学技術振興機構報 第847号別紙2 > 研究領域:「海洋生物多様性および生態系の保全・再生に資する基盤技術の創出」
別紙2

平成23年度(第2期) 新規採択研究代表者・研究者および研究課題の概要

CREST

氏名 所属機関 役職 課題名 課題概要
赤松 友成 (独)水産総合研究センター 水産工学研究所 主幹
研究員
海洋生物の遠隔的種判別技術の開発  海の生き物の種類ごとの分布や動きが天気図のようにインターネットで配信されれば、多様な生物相がひと目でわかり、海洋生物資源の持続的な利用と環境保全の双方に資する基盤技術となることが期待されます。本研究では、見たり触ったりせずに海洋生物の種類と数を測る技術を開発します。生き物が海中で発する声や、生き物から反射してくる音を使って、種を同定し個体を数えます。世界最先端の音響観測システムを駆使し、プランクトンからクジラまで海洋生態系を構成するあらゆる生物と、それをとりまく海洋開発や地震などの環境要因を遠隔的に判別できる技術を創ることが、本研究のゴールです。
浦 環 東京大学 生産技術研究所 教授 センチメートル海底地形図と海底モザイク画像を基礎として生物サンプリングをおこなう自律型海中ロボット部隊の創出  本研究では、海底や海底近くに棲息する水産資源、熱水地帯やガスハイドレート地帯など深海のオアシスと呼ばれる場所の特殊な生態系を観測し、生物多様性を把握し、その変動の予測を可能にすることを目的として、100mx100m以上の広い海底面をcm以下の精度と数cmの水平分解能でマッピングする、さらにmmオーダーの分解能を持つスチール写真をそれに重ねて、3次元的な広がりを4次元的に明らかにする、熱水地帯のプランクトンの採取や海底の特定の生物あるいは周辺環境をなす海底土などのサンプリングを行う、などの多彩なミッションを分担して行う高機能の自律型海中ロボット(AUV)を各種開発します。そして、AUV観測部隊を編成して鳩間海丘や鹿児島湾などに展開し、熱水地帯などの特殊な環境を時間変動を含め多面的に捕らえる新たな観測手法を実現します。ここでの観測結果をフィードバックすることでAUV機能をさらに向上させて、生物および生態観測の新たな世界を構築します。
木暮 一啓 東京大学 大気海洋研究所 教授 超高速遺伝子解析時代の海洋生態系評価手法の創出  近年の遺伝子解析技術の爆発的な進歩により、短時間に多量の遺伝子情報を得るとともに、バイオインフォマティクス技術を駆使してその情報解析を行うことが可能になってきました。本研究では、海洋から得た遺伝子およびその発現遺伝子を対象にした新たな解析技術を確立し、どのような環境下にどのような生物がいて何をしているのかを明らかにするとともに、そうした情報を統合した新たな生態系の診断技術の開発を目指します。
五條堀 孝 情報・システム研究機構 国立遺伝学研究所 生命情報・DDBJ研究センター 教授 Digital DNA chipによる生物多様性評価と環境予測法の開発  本研究では、東北地方を襲った大地震および津波の沿岸域における海洋生物の多様性や海洋生態系への影響を把握することを目的に、微生物叢DNAの網羅的解析法と環境モニタリング法の開発を行います。被害のあった東北沿岸と被害の無かった海域に定点を定め、これらの技術を用いて、物理環境と海洋生態系の基礎となる微生物叢DNAのモニタリングを行い、それらを比較検討することによって、微生物叢の変化や環境回復の程度などを生物多様性の観点から評価します。本研究の成果は、海洋微生物生態系のより深い理解に貢献することが期待されています。
山中 康裕 北海道大学 大学院地球環境科学研究院 教授 植物プランクトン群集の多様性に注目したナウキャスト技術開発  本研究は、西部北太平洋域における海洋生態系の根幹である植物プランクトン群集を研究対象として、その多様性の現況を把握するために(1)数値モデリング、(2)人工衛星を用いた地球観測、(3)海洋での現場観測を用いて、植物プランクトン群集の多様性の形成・維持・消滅機構を解明します。そして、人工衛星から得られる物理環境や植物プランクトン群集を海洋生態系モデルに同化させることでナウキャスト(現況予測)の基盤技術を開発し、生物多様性保全や水産資源変動予測などに貢献することを目指します。

(五十音順に掲載)

<総評> 研究総括:小池 勲夫(琉球大学 監事)

生物多様性を維持しながら海洋生態系を保全・再生するためには、必要な生物・環境情報を収集し、それらのデータを適切に解釈することで、その現状を把握することが重要です。本研究領域では海洋の生物多様性および生態系を把握するために必要な「計測技術」と「生態系モデル」についての基盤技術の開発に主眼を置いています。

今年度に発足した本研究領域では、工学・生態学・分子系統学・生態系モデル・生物地球化学などの専門家にアドバイザーとして参画していただき、助言をいただきながら、初めての募集・選考を行いました。結果として、総計38件の意欲的な応募があり、うち13件を面接対象に選定し、最終的に5件を採択しました。選考の観点としては「海洋での生物多様性・生態系研究のボトルネックが具体的に提示され、それを解決するために新たな技術開発の確かなイメージが提案されているか」、「既にある技術・手法での観測・計測が研究の中心になっていないか」、「提案されているモデルに新規性はあるか」などを重視しました。採択に至った提案は、ゲノミクス、生態系モデル、AUV(自律型水中ロボット)、音響計測など、さまざまな分野の課題であり、異分野の研究者の参画も含んでいます。

提案の中には「従来の大型研究費の提案の延長である」、「新規な技術開発要素が明確でない」、「総花的で研究の最終目標がはっきりとしない」といったものも見受けられました。また、異分野の研究者が参加している提案やセンサーなどの要素技術の開発、新規な生態系モデルの提案は多くありませんでした。

本研究領域では、海洋研究のボトルネックを解消するための研究目標を適切に設定し、課題の達成のため焦点を絞って研究を進めていくことが求められます。今年度の多くの提案は、観測を研究の中心におき、技術開発およびモデリングの両方をこれに加えるものでした。本領域の趣旨は、ボトルネック解消のための新規の技術開発あるいはモデリングが中心であり、観測はこれを実証するために行う、という位置付けです。当然ですが、新規技術開発あるいはモデリングと、観測によるこれらの有効性の実証が海洋研究の進展に大きく寄与することが必要です。さらに、種別Ⅱ(3億~5億円)での提案は高額な研究費が必要であることの合理的な説明や、種別Ⅰ(1.5億~3億円未満)より大きな成果・インパクトが求められます。

来年度の選考は、観測の比重が高く、より広汎な内容を含んだ研究提案(種別Ⅱ)よりも、5年間での成果目標が明確でより焦点が絞られた研究提案(種別Ⅰ)を優先したいと考えています。また、工学・ライフサイエンスなどの異分野の研究者と現場の海洋生物学者が密に連携している提案、新たな生態系モデルの提案、サンゴ礁などの沿岸・浅海域、外洋表層や深海などのさまざまな海域を対象とした提案などを期待します。