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別紙2

平成23年度(第1期) 新規採択研究代表者・研究者および研究課題の概要

さきがけ

戦略目標:「異分野融合による自然光エネルギー変換材料及び利用基盤技術の創出」
研究領域:「光エネルギーと物質変換」
研究総括:井上 晴夫(首都大学東京 戦略研究センター 教授)

氏名 所属機関 役職 課題名 研究型 研究
期間
課題概要
梅名 泰史 大阪大学 蛋白質研究所 特任研究員 光化学系II複合体の酸素発生反応の構造化学的な手法による原理解明 通常型 3年 生命活動に必須の酸素ガスは、植物や藻類に含まれる光化学系II膜蛋白質複合体による光合成反応によって生産されています。この蛋白質の活性中心にはマンガンの金属錯体が存在し、この分子の触媒作用により、水を分解して酸素分子を放出しています。本研究は、この錯体の原子レベルの立体構造とX線結晶構造解析よる各Mn原子の電荷状態の分析から、この蛋白質における酸素発生の化学反応を明らかにすることを目指します。
横野 照尚 九州工業大学 大学院工学研究院 教授 反応サイト分離型ナノコンポジット光触媒を用いたCO固定化系の構築 通常型 3年 COを効率よく、メタノールなどの燃料に変換するCO固定化系の構築を行います。可視光下で高い還元力を持つ高表面積型グラファイト状窒化炭素と、同じく高い酸化力を持つ形状制御された反応サイト分離型酸化チタン光触媒を用いたナノコンポジット光触媒を開発します。酸化反応が酸化チタンナノ材料上で、還元反応がグラファイト状窒化炭素上で進行する高効率ナノコンポジットCO還元用システムの構築を目指します。
恩田 健 東京工業大学 大学院総合理工学研究科 特任准教授 新しい時間分解赤外振動分光法を用いた複雑な光エネルギー変換過程の解明 通常型 5年 本研究では、高効率、高機能化を目指して複雑化する化学的光エネルギー変換系の動的過程を明らかにするための新しい分光法を開発します。特に、分子の構造や電荷の変化に敏感な振動スペクトルに着目し、光エネルギー変換過程における振動スペクトル変化を、超高速、高感度、高分解能で測定可能な新しい時間分解赤外振動分光装置を製作し、光エネルギー変換系の高効率、高機能化に貢献することを目指します。
坂本 雅典 筑波大学 大学院数理物質科学研究科 助教 新しい人工光合成系を目指したナノ粒子超構造の構築 通常型 3年 本研究では、機能性を持ったナノ粒子を組み合わせて協奏的に機能させることにより、高効率の人工光合成系の実現を目指します。人工光合成系を構築するためには、粒子の数と位置関係の厳密な制御が必要ですが、このような空間制御を可能とする技術はありませんでした。本研究では、ナノ粒子に対して異方的な結合能を与える特殊な配位子を利用し、ナノ粒子の空間配置の制御を行います。
作田 絵里 北海道大学 大学院理学研究院 特任助教 アリールホウ素化合物による化学的光エネルギー変換への展開 通常型 3年 アリールホウ素化合物は、大変興味深い電気・光化学特性を示し、さまざまな材料への応用が期待されている化合物群です。しかし、これまでアリールホウ素化合物を光触媒系へと応用した例はほとんどないため、これらの化合物群を用いた新しい光化学的な物質変換システムを提案します。また、世界的にほとんど行われていない、遷移金属錯体を含めたアリールホウ素化合物の光化学研究の進展を目指します。
佐藤 俊介 (株)豊田中央研究所 先端研究センター 副研究員 金属錯体の配位および配位子の機能を利用したCO還元触媒の創製 通常型 3年 本研究は、金属錯体の配位能力と、付属する配位子の特徴を用いて、新たなCO還元触媒の開発を行います。最終的には、開発した錯体触媒を半導体光触媒に連結・ハイブリッド化することで、水を電子源としたCOの光還元反応系の構築を実現させます。
寺村 謙太郎 京都大学 大学院工学研究科 講師 カーボンニュートラルエナジーイノベーションを目指した層状粘土化合物による水中での二酸化炭素の光還元 通常型 3年 本研究では、地球温暖化の原因として考えられている二酸化炭素を、効率よく吸着する特殊な表面を持ち、同時に光エネルギーを化学エネルギーへと変換可能な新規の光触媒材料を開発します。工場や家庭から排出される二酸化炭素を除去するのみならず、再び人類に有益な資源として利用することを目指します。
長澤 裕 大阪大学 大学院基礎工学研究科 准教授 超高速電子移動のドライビング・フォースと反応場の解明 通常型 5年 高効率な光エネルギー変換システムを構築するために、本研究では超高速で長距離を移動する高効率な電子移動反応系の構築を目指します。そのためには、超高速なドライビング・フォースとなりうるコヒーレントな核波束運動を、超高速非線形時間分解分光法により観測・制御します。これと同時に、レーザー同期型の時間分解小角X線散乱の手法開発と観測にもとづき、反応場構造の最適化を行う異分野融合型の研究を創出することを目指します。
藤井 律子 大阪市立大学 複合先端研究機構 特任准教授 褐藻類の光合成アンテナに結合した色素の構造と機能の解明 通常型 3年 太陽光を利用する上で、効率よく光エネルギーを集める光捕集機能は極めて重要です。コンブ・ワカメ・モズクなどの褐藻類(海藻)では、海のカロチン色素であるフコキサンチンがタンパク質に結合して「光合成アンテナFCP」を作り、ここで青緑色の光を特に効率よく利用しています。本研究では、この仕組みを試験管内で再現する模倣系を作成することにより、フコキサンチンの高効率光捕獲機能を分子の構造の観点から解明します。
古谷 祐詞 自然科学研究機構 分子科学研究所 准教授 様々な光エネルギー変換系における水分子の構造・機能相関解明 通常型 3年 光触媒や光受容蛋白質など、さまざまな光エネルギー変換系では、水分子が密接に関係しています。本研究では、高度に配向した試料調製方法を確立するとともに、新しい時間分解偏光赤外分光計測法を開発し、光エネルギー変換系での水分解やプロトン移動などの過程において時々刻々変化する水分子の姿を明らかにします。それにより高効率な光触媒の設計、光受容蛋白質の改変手法を提案し、配向試料の調製を通じて実践します。
松原 康郎 米国ブルックヘブン国立研究所 化学部門 リサーチ アソシエイト 光によって引き起こされるヒドリド移動反応を利用したエネルギーポンプ系の構築  通常型 3年 ヒドリド(プロトンが2電子還元されたもの)の移動反応は、生体内での電子輸送を担う補酵素がヒドリドを蓄える/放出する際に起こる重要な反応です。本研究では、このヒドリドを出し入れする際に必要とされるエネルギーが化合物によって異なることに注目し、低いエネルギーのヒドリド化合物から、より高いエネルギーを持つヒドリド化合物への可視光を利用する変換反応、すなわちヒドリドの光ポンプ反応を開発します。
森本 樹 東京工業大学 大学院理工学研究科 助教 高効率な二酸化炭素還元を目指した新規光触媒の創製 通常型 3年 光エネルギーを用いた二酸化炭素還元光触媒反応は発展途上の段階にあり、決定的な欠点として、ターンオーバー頻度が低い、水中で有効に働く系がないことが挙げられます。これらを解決するために、多電子還元反応が促進されるように、複数の光触媒を空間的に規制した位置に固定化した新規光触媒系や、人工光合成に不可欠な水中での触媒反応の実現を目指して、炭酸イオンや炭酸水素イオンを標的とする光触媒を創製します。
山方 啓 豊田工業大学 大学院工学研究科 准教授 光励起キャリアーの動きとエネルギー制御 大挑戦型 5年 光触媒のエネルギー変換効率は、光励起キャリアーの再結合速度と反応分子への電荷移動速度で決まります。この光励起キャリアーの“動き”は触媒の組成や構造に支配されるため、どのような構造のときに活性が向上するのか、キャリアーの根本的な“動き”を理解する必要があります。本研究では時間分解分光測定を用いてこの光励起キャリアーの“動き”を理解しながら、触媒の構造を制御し、太陽光を用いた水分解光触媒を実現させます。

(五十音順に掲載)

<総評> 研究総括:井上 晴夫(首都大学東京 戦略研究センター 教授)

本研究領域では、人類にとって理想的なエネルギー源である太陽光による広義の物質変換を介して、光エネルギーを化学エネルギーに変換・貯蔵・有効利用し得る高効率システムの構築を目指した独創的で挑戦的な研究を対象としています。

具体的には、半導体触媒や有機金属錯体による光水素発生、二酸化炭素の光還元、高効率な光捕集・電子移動・電荷分離・電子リレー系、光化学反応場の制御、水分子を組み込んだ酸化還元系、ナノテクノロジーを駆使した光電変換材料、高効率光合成能を持つ植物、藻類、菌類などの利用技術、光を利用したバイオマスからのエネルギー生産、光合成メカニズムの解明などが含まれます。光化学、有機化学、材料科学、ナノテクノロジー、バイオテクノロジーなど幅広い分野から、将来のエネルギーシステムへの展開を目指した革新的技術に新しい発想で挑戦する研究を対象としました。

本研究領域は平成21年度から発足しましたが、極めて多岐にわたる研究分野において、20~50歳代の幅広い年齢層から計123件の応募があり、競争率は約10倍となりました。人工光合成、分子認識・自己組織化、高効率太陽光発電材料・素子・電池、光エネルギー変換・捕集、光増感、先端機能デバイス、カーボンナノチューブ・フラーレン、金属ナノ構造、微細加工、触媒反応、光触媒、水素、金属錯体、二酸化炭素還元、酸素発生、再生可能エネルギー、環境対応、生体機能利用、植物、バイオマス、代謝解析、微生物、光合成細菌、細胞・組織、発生・分化、糖、たんぱく質、核酸、酵素、遺伝子、ゲノムなどをキーワードとする多くの研究課題が提案されました。応募者の研究機関はほとんどが大学ですが、21件がほかの公的・民間の研究機関、その中でも3件が海外の研究機関からの提案でした。なお、日本の研究機関に所属する外国人による提案も3件(うち1件は英文)ありました。これら多くの研究提案を11名の領域アドバイザーの協力を得て厳正な書類選考を実施し、特に優れた研究提案34件について面接選考を行いました。

選考にあたっては、これまでの選考方針同様、研究実績というよりは研究者の個性「ひと」を重視した研究提案に最重点を置きました。提案の新規性、独創性はもちろんのこと、研究計画の発展性に加え、これまでに蓄積された科学・技術やその組み合わせを超えて、将来のエネルギー問題解決のブレークスルーとなる可能性を秘めた挑戦的な研究提案を特に重視し、できるだけ多面的な評価を心がけ選考しました。

採択された研究課題は最終的に、通常型として研究期間5年型が2件、研究期間3年型が10件、さらに大挑戦型として研究期間5年型が1件、計13件となり、海外研究機関での研究も採択しました。今回採択したこれら研究課題は、本領域として推進するに十分値する独創性の高い挑戦的な研究提案です。本領域研究者がこの研究課題の解決に中心的な役割を担い、大いなる成果を挙げることを期待したいと思います。

原子力発電の事故により、日本のエネルギー政策について抜本的な見直しが迫れている昨今、究極の自然エネルギーの獲得のための研究に大きな関心と期待が寄せられており、欧米各国や韓国では国家の将来を見据えてすでに巨額の資金が投資され研究が推進されています。日本はこれまで自然エネルギー分野の研究で世界を先導してきた実績を持っています。今後の自然エネルギー分野において、本領域が多大なる貢献をすることを期待しています。