JSTトッププレス一覧科学技術振興機構報 第825号別紙2 > 研究領域:「脳神経回路の形成・動作原理の解明と制御技術の創出」
別紙2

平成23年度(第1期) 新規採択研究代表者・研究者および研究課題の概要

CREST

戦略目標:「神経細胞ネットワークの形成・動作の制御機構の解明」
研究領域:「脳神経回路の形成・動作原理の解明と制御技術の創出」
研究総括:小澤 瀞司(高崎健康福祉大学 健康福祉学部 教授)

氏名 所属機関 役職 課題名 課題概要
鍋倉 淳一 自然科学研究機構 生理学研究所 教授 生体内シナプス長期再編におけるグリア-シナプス機能連関 内外環境の長期変化に応じて脳機能はダイナミックに変化しますが、その背景には神経回路の再編成過程が存在します。しかし、これまでは技術的な制約のため、生きた個体で神経回路の変化を経時的に観察することは困難でした。本研究では、二光子励起顕微鏡による観察法を生きた動物に適用し、生体内で神経回路の要となるシナプスの形態を長期間観察して、その変化を明らかにします。また、シナプス再編に対するミクログリアおよびアストロサイトの関与について検討し、グリア-シナプス機能連関という視点から脳の環境適応の仕組みを明らかにします。
星 英司 東京都医学総合研究所 副参事研究員 霊長類の大脳―小脳―基底核ネットワークにおける運動情報処理の分散と統合 大脳の運動野、小脳、基底核が協調的に機能することによって、さまざまな動作の表出が可能になります。本研究では、サルを用いて、これらの脳領域をつなぐ神経ネットワークの構築を細胞レベルで同定し、動作を発現する神経機構をミリ秒の精度で解明します。さらに、特定の領域や神経回路の障害が引き起こす個体行動と神経ネットワーク活動の変化を解析します。本研究によって、複数の脳領域の機能連関によって実現される運動情報処理のメカニズムと病態生理の解明を目指します。
宮下 保司 東京大学 大学院医学系研究科 教授 サル大脳認知記憶神経回路の電気生理学的研究 霊長類の認知記憶は思考をはじめとするさまざまな高次精神機能の基礎となります。本研究では、この認知記憶システムの構成要素である記憶ニューロン群(記憶形成に関わる記銘ニューロンや記憶の引き出しに関わる想起ニューロン)を生みだす大脳側頭葉・前頭葉皮質の微小神経回路のはたらきを調べ、これらがどのように協調的に組織化されて記銘や想起という現象が可能になるかを明らかにします。多点電極で同時記録される神経信号間の因果的依存関係を、近年開発されたノンパラメトリック型の信号解析法によって解きほぐしていく方法を中心として、集学的アプローチにより研究を進めます。
八木 健 大阪大学 大学院生命機能研究科 教授 神経細胞の個性がつくる神経回路とセルアセンブリ 脳を構成する神経細胞は個性をもちながら複雑な神経回路をつくり、集団として活動しています。本研究では、この神経細胞の個性ができる仕組みに着目し、神経回路の構築と機能形成の原理を明らかにします。また、この仕組みを操作する技術を開発することにより、これまで謎であった脳における並列分散的な情報処理の生物学的基盤の解明にアプローチします。本研究によって、こころの発達や精神神経疾患の分子的基盤の解明、さらには、感覚・運動・心を捉える新しいニューラルネットワークモデルの開発に貢献することが期待できます。

(五十音順に掲載)

<総評> 研究総括:小澤 瀞司(高崎健康福祉大学 健康福祉学部 教授)

脳の機能と病態の理解には、分子-細胞-神経回路-脳システムという複数の階層にまたがる統合的なアプローチが必要になります。本研究領域では、この階層の要の位置にある神経回路の形成と動作原理を解明し、さらにその制御技術の開発を行うことを目標としています。

平成23年度は本研究領域が研究提案募集を行う最終年度となりましたが、研究提案募集に対して54件の応募がありました。提案内容は、げっ歯類の脳を主な実験対象として神経回路の形成・可塑的再編・損傷後の回復の分子・細胞メカニズムを解明する研究、線虫・昆虫・ゼブラフィッシュなどのモデル動物を対象として分子遺伝学的実験手法を駆使して行動制御の神経回路基盤を解明する研究、また、サルの広域神経回路を対象として電気生理学的手法に加えて、近年開発されたさまざまな遺伝子操作技術を導入して、感覚・運動・認知・学習・記憶などに関わる脳の情報処理過程の解明を目指す研究など、極めて多彩であり、それぞれがレベルの高いものでした。

選考は研究総括が10名の領域アドバイザーの協力のもとに行いました。まず、書類選考では、各提案課題についてその課題内容に近い研究分野を専攻する領域アドバイザー3名ずつが査読を行い、さらに注目すべき提案課題については、第一次査読で抽出された問題点を踏まえて全員が査読し、それらの書面評価に基づき討議を行い、13件の面接選考対象課題を選定しました。次いで、面接選考を行い、最終的に4件の提案を採択しました。選考にあたっては、過去2回と同様に次の3点を重視しました。(1)学術性に秀でていること、(2)研究が独自の実験手法・技術の開発・新しい機能分子の発見のいずれかに基づいて行われること、(3)神経回路研究にブレークスルーをもたらす革新的技術を創出し、将来的には、社会脳・健康脳・情報脳の3分野における開発研究の発展に寄与しうること。

採択された4件は、「環境変化に対する脳の適応的変化の基盤となるシナプス再編過程の可視化とその生起メカニズムの解明」、「広域神経回路の機能連関によって実現される運動情報処理のメカニズムとその不調によって生じる病態の解明」、「長期記憶における記銘と想起の過程を生み出す神経回路機構の解明」、「標的認識分子群プロトカドヘリンが神経細胞の個性化と神経回路形成において果たす役割の解明」――のそれぞれを目指すもので、いずれも上記の3つの基準に適合するものでした。

本研究領域は今年度をもって研究提案募集を終了しますが、これまでの3年間で合計221件の優れた研究提案をいただくことができました。そのうち19件が採択され、平成28年度まで研究領域の活動を続けることになります。今後も、所期の目標を達成するために全力を傾注する所存です。