JSTトッププレス一覧科学技術振興機構報 第825号別紙2 > 研究領域:「炎症の慢性化機構の解明と制御に向けた基盤技術の創出」
別紙2

平成23年度(第1期) 新規採択研究代表者・研究者および研究課題の概要

CREST

戦略目標:「炎症の慢性化機構の解明に基づく、がん・動脈硬化性疾患・自己免疫疾患等の予防・診断・治療等の医療基盤技術の創出」
研究領域:「炎症の慢性化機構の解明と制御に向けた基盤技術の創出」
研究総括:宮坂 昌之(大阪大学 大学院医学系研究科 教授)

氏名 所属機関 役職 課題名 課題概要
小室 一成 大阪大学 大学院医学系研究科 教授 老化関連疾患における慢性炎症の病態生理学的意義の解明 老化に伴っておこる慢性炎症が、心不全・糖尿病・動脈硬化など、加齢により増加する疾患の発症と関連することがわかってきましたが、その機序についてはよくわかっていません。研究代表者らは、炎症分子である補体(C1q)が加齢により増加し、心不全や糖尿病の発症に関与することを発見しました。本研究において、C1qが増加する機序とその増加が疾患を発症させる機序を明らかにすることによって、慢性炎症による老化関連疾患の新しい治療法の開発を目指します。
中山 俊憲 千葉大学 大学院医学研究院 教授 気道炎症の慢性化機構の解明と病態制御治療戦略の基盤構築 成人の気管支喘息や慢性アレルギー性鼻炎は難治性で、現在のところ有効な治療法はありません。これらの慢性炎症疾患ではアレルゲンなどに対する免疫記憶が成立し、異なったサイトカインを産生するヘルパーT(Th)細胞分画(Th1/Th2/Th17など)が記憶Th細胞となり病態形成に関与すると考えられています。これらの記憶Th細胞分画のサイトカイン産生制御機構に着目した解析を行うことで、気道炎症の慢性化のメカニズムを解明し治療戦略の基盤構築を目指します。
濡木 理 東京大学 大学院理学系研究科 教授 慢性炎症による疾患発症機構の構造基盤 本来個体の生命維持に必須な生理反応が過剰に起こる、あるいはウイルスや細菌などによりこの生理反応が撹乱されることで、慢性的に炎症がおき、最終的に癌や糖尿病、動脈硬化などさまざまな生活習慣病が引き起こされると考えられています。本研究では、(1) GPCRを介して慢性炎症を惹起する脂質メディエーター産生酵素、(2)Toll様受容体と、細胞内で本受容体の下流で自然免疫に働くシグナル伝達タンパク質、(3)核内において細胞内シグナルを末梢で制御する転写調節因子タンパク質を中心に、タンパク質(複合体)の立体構造をX線結晶構造解析により解明し、立体構造から提唱される作業仮説を検証するため機能解析を行うことで、慢性炎症のメカニズムを原子分解能レベルで解明します。
松本 満 徳島大学 疾患酵素学研究センター 教授 臓器特異的自己免疫疾患の病態解明による慢性炎症制御法の開発 私たちの身体には、外敵(非自己)の侵入から身(自己)を守る手段として免疫システムが備わっています。ところが、何らかの原因により免疫システムが自分自身の身体に攻撃をしかけるようになり、自己免疫疾患と呼ばれる難治性の慢性炎症が発生します。本研究では、免疫システムが「自己」と「非自己」を見分ける能力を獲得する際にはたらくAIRE遺伝子を研究対象に選び、自己免疫疾患において、持続的かつ過大な炎症が発生するメカニズムを探り、新たな治療法の開発を目指します。
安友 康二 徳島大学 大学院ヘルスバイオサイエンス研究部 教授 稀少遺伝性炎症疾患の原因遺伝子同定に基づく炎症制御法の開発 本研究では、慢性炎症疾患の家系例のゲノム解析から、炎症応答の進展に決定的な役割を持つ遺伝子変異を同定し、その遺伝子機能を明らかにすることを目的としています。本研究により、これまで知られていなかった炎症応答の進展機構を明らかにできる可能性があるとともに、慢性炎症性疾患に対する画期的な分子標的治療法の開発に大きく貢献できると考えられます。
山本 雅之 東北大学 大学院医学系研究科 教授 環境応答破綻がもたらす炎症の慢性化機構と治療戦略 私たちの生活環境には、化学物質、紫外線、病原微生物、食餌性毒物などさまざまなストレス要因が存在します。これら環境ストレスに対する防御の破綻が種々の病態を誘発することも明らかになってきました。本研究では、環境応答機構の破綻が慢性炎症病態を誘発するメカニズムの解明に挑みます。また、炎症の治療戦略として、ストレス応答系の修復・正常化の有用性を検討します。本研究の成果は、環境要因と慢性炎症病態との関係の理解を進め、難治性慢性疾患の効率的な治療技術の確立をもたらすものと期待されます。

(五十音順に掲載)

<総評> 研究総括:宮坂 昌之(大阪大学 大学院医学系研究科 教授)

本研究領域は平成22年度から開始されたもので、炎症が慢性化する機構を明らかにし、慢性炎症を早期に検出、制御、消退させ、修復する基盤技術の創出を目指す研究を対象としています。

高齢化が進む現代社会においては、がん、動脈硬化性疾患(心筋梗塞・脳血管障害など)、神経変性疾患(アルツハイマー病など)、自己免疫疾患などが明らかに増加しつつあり、国民が健やかに老いることを妨げる原因となっています。これらの疾患の発症・進行・重症化には、慢性的な炎症反応が深く関与していますが、われわれは急激に起こる炎症(いわゆる急性炎症)に関する知識は蓄積してきたものの、慢性的に起こり持続する炎症(慢性炎症)については知識が少なく、その診断法、予防法、治療法については十分に開発できていません。このようなことから、慢性炎症に特化した作用機構の研究、検出技術、制御技術などを新たに開発することが戦略目標として設定され、昨年度から当領域の公募が開始されました。

2年目の公募に対しては77件の研究提案がありました(種別Ⅰ:56件、種別Ⅱ:21件)。これらの研究課題は、免疫学、生化学、遺伝学や、がん、代謝、神経変性疾患、循環器、消化器、炎症の制御技術、検出・評価技術――など、広範囲な研究を背景にしたもので、慢性炎症の基礎的研究から治療法、予防法の開発までを視野に入れたレベルの高いものでした。

これらの研究提案に対して10名の領域アドバイザーの協力を得て慎重に書類選考を行い、まず、種別Ⅰを12件、種別Ⅱを3件、選びました。その後、面接選考により、種別Ⅰから5件、種別Ⅱから1件を最終的に採択しました。なお、書類選考、面接選考では、利害関係者は排除して、厳正・中立な選考を行い、慢性炎症に対する基盤技術の開発につながる先駆的な提案を選考することに全力を注ぎました。採択されたのは、慢性炎症を引き起こす遺伝子変異の同定とその遺伝子機能の解明を目指す研究、生体の環境応答の破綻がどのようにして慢性炎症をもたらすのかを明らかにしようとする研究、慢性炎症関与分子の結晶構造解析と分子標的薬剤の設計に関する研究、慢性炎症が老化関連疾患を誘導する機構に関する研究、慢性炎症を引き起こす自己免疫反応を制御する機構に関する研究――などです。いずれも当該領域で、国際的にトップレベルで活躍する研究者による研究提案であり、今後の成果が大いに期待されます。

このように77件から6件のみが選択されるという厳しい競争の中での選考でしたが、不採択となった課題にも極めて高いポテンシャルを持つものがありました。来年度の公募が最後となります。慢性炎症の問題解決につながる独創的、挑戦的な研究提案を期待します。