人間の体は、少なく見積もって約210種類、総数60兆個の細胞が集まってできています。これらの細胞群は受精卵に由来する同一のゲノム(DNA配列)を有しますが、細胞ごとに働いている遺伝子の組み合わせは異なります。それぞれの細胞は、このような特別の個性を持ちながら正しく形成・維持されることで生命活動は成り立っていますが、近年、このように異なる個性を発揮するための基本情報が「エピゲノム」にあることが分かってきました。エピゲノムとは、ゲノムDNAがメチル化されたり、ヒストンというDNAの折り畳みに必要なたんぱく質がアセチル化されるなど、ゲノムが修飾を受けた状態のことです。この修飾により、ゲノム上のどの情報を利用できるか(どの遺伝子が働くか)が決められています。受精卵から個体への発生過程では、それぞれの細胞に異なる形でこの修飾が起こり、生命活動に必要なさまざまな細胞とその機能が規定されます。このエピゲノムは一度構成されてしまうと通常安定に維持され個体は恒常性を持ちますが、もしエピゲノムに異常が発生すると深刻な疾病につながります。一方でエピゲノムを自由に制御できるようになれば、細胞の性質を自在に操ることが可能になると期待されます。
マウスを用いた最近の研究から、エピゲノムが比較的安定に維持されるさまざまな体の細胞(神経細胞、筋肉細胞、血液細胞など)とは異なり、新しい個体を形成する出発点となる卵子や精子などの生殖細胞はエピゲノムの再構成(エピゲノムリプログラミング)を行い、ゲノム上全ての情報を制御することで、体を構成する全ての細胞に分化する可能性を秘めた“全能性”という能力を得ることが分かってきました。
本研究領域では、生殖細胞の持つエピゲノム制御機構をマウス、さらにはヒトにより近いカニクイザルをモデル生物として解明・再構成し、全能性の分子基盤を明らかにすることを目指します。この過程で、微量サンプルからエピゲノムを定量、解析する技術を発展させて病的細胞を含む体中の細胞のエピゲノムの決定を可能とし、それを疾患発症機構の解明やさまざまな細胞の系譜を決定する機構の解明へと応用することを目指します。具体的には、マウス・カニクイザルにおける生殖細胞発生機構やエピゲノム制御機構の解明、マウス・カニクイザル・ヒト幹細胞からの生殖細胞誘導系の確立と解析、微量エピゲノム解析法の確立、新たなエピゲノム制御法の開発に取り組みます。
本研究領域は、生殖細胞の発生機構解明や細胞の特性を規定するエピゲノム制御機構解明に特段の進展をもたらし、戦略目標「疾患の予防・診断・治療や再生医療の実現等に向けたエピゲノム比較による疾患解析や幹細胞の分化機構の解明等の基盤技術の創出」に資するものと期待されます。
1.氏名(現職) | 斎藤 通紀(サイトウ ミチノリ) (京都大学 大学院医学研究科 教授) 41歳 |
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2.略歴 |
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3.研究分野 | 分子生物学、発生生物学、エピジェネティクス(生殖細胞発生の分子基盤とエピジェネティクス) | ||||||||||||||||
4.学会活動など |
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5.業績など | 平成14年、マウスでほ乳類の生殖細胞形成に関与する分子機構を世界で初めて提唱。平成17年には、生殖細胞の形成に必須な因子としてBlimp1を同定した。その後、単一細胞に発現する全遺伝子を定量的に解析する単一細胞マイクロアレイ技術を開発し(平成18年)、その技術を用いて、生殖細胞形成過程に関与する全遺伝子動態を解明した(平成20年)。その一方で、生殖細胞形成過程にはエピゲノムリプログラミングを誘導する分子機構が内包されているという概念を提唱した(平成19年)。平成20年には、生殖細胞の形成に必須な第2の因子としてPrdm14を同定し、生殖細胞の形成過程がBlimp1とPrdm14により協調的に制御されていることを見いだした(平成20年)。さらに平成21年には、生殖細胞形成に関与するシグナル原理を解明し、試験管内で前駆細胞から機能的な始原生殖細胞を誘導することに成功した。これら一連の仕事は、ほ乳類における生殖細胞形成機構に関する研究を牽引した仕事として世界的に高く評価されている。 | ||||||||||||||||
6.受賞など |
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