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科学技術振興機構報 第789号

平成23年3月3日

東京都千代田区四番町5番地3
科学技術振興機構(JST)
Tel:03-5214-8404(広報ポータル部)
URL http://www.jst.go.jp

DNAの複製メカニズムに新たな発見

JST 戦略的国際科学技術協力推進事業の一環として、東京大学分子細胞生物学研究所の白髭 克彦 教授らは、DNAの複製が染色体注1)の大きさに依存した方法で行われていることを明らかにしました。

生命の正常な営みのためには、遺伝子の本体であるDNAが正確に複製され、次の世代に継承されていく必要があります。このためDNAは2本の紐がより合わさったようならせん構造を持ち、複製時には二重らせん構造がほどかれ、2本のうちの片方を鋳型とし、新たにもう片方を合成することで複製が行われます。DNA二重らせんをほどく際には、これを巻き戻す張力が発生しますが、この張力による障壁をうまく処理しなければDNAの複製が正常に進行できず、結果として細胞のがん化や老化を含め種々の遺伝病の原因となりえます。このため、細胞内にはこの張力を解消するためのたんぱく質がいくつか存在しています。しかし、実際の染色体上でDNA鎖の巻き戻しによる張力を解消するため、これらの分子が働く仕組みはよく分かっていませんでした。

本研究グループはこれまで、DNAらせんの巻き戻し張力を解消するための分子として、トポイソメラーゼ注2)とともにSmac5/6複合体注3)が関与していることを明らかにしてきました。さらに今回、次世代シークエンサーにより染色体上のたんぱく質結合部位を定量的かつ網羅的に解析する手法である「クロマチン免疫沈降−シークエンス法(ChIP−seq法)注4)」を使用して、Smac5/6複合体が巻き戻しによる張力が増加すると染色体への結合も増加していくことを明らかにしました。染色体のサイズが大きくなるにつれて、この張力は増加すると考えられますが、実際に張力解消分子も染色体の長さが大きくなればなるほど結合密度を増加させ、その結果、例え巨大な染色体になったとしても安定してDNAの複製が可能になることも分かりました。

これらの知見は、老化やがん化などの原因となる染色体異常の発生メカニズムの一端を明らかにしただけでなく、今後、新たな制がん剤の標的分子としてSmc5/6複合体も想定できることを示しています。

本研究成果は、スウェーデン・カロリンスカ研究所のカミーラ・スヨーグレン 博士との国際研究交流によるものであり、東京工業大学の伊藤 武彦 教授の協力のもとに行われました。本研究成果は、2011年3月2日(英国時間)に英国科学雑誌「Nature」のオンライン速報版で公開されます。

本成果は、以下の事業・研究領域・研究課題によって得られました。

戦略的国際科学技術協力推進事業「日本−スウェーデン研究交流」

研究領域 「ライフサイエンスと他の分野を結合した複合領域」
研究交流課題名 「真核生物染色体高次構造原理についての革新的研究」
日本側研究代表者 白髭 克彦(東京大学分子細胞生物学研究所 教授)
スウェーデン側研究代表者 カミーラ・スヨーグレン(カロリンスカ研究所 細胞分子生物学部門 チームリーダー)
研究期間 平成21年7月〜平成25年3月

JSTは、この領域における日本とスウェーデンの研究交流を強化することにより、革新的な科学技術につながる国際的な研究成果を実現することを目指しています。上記研究交流課題では、遺伝情報の本質である染色体がどのように親から子へ、細胞から細胞へ安定に継承されていくのかを明らかにすることを目指しています。ヒトおよび酵母染色体を対象に、ゲノムトポロジーの観点から、日本側は、ゲノム学、情報工学的手法を中心とした解析を分担し、スウェーデン側は、遺伝学的、生化学的解析を分担しています。

両国の研究チームが相互補完的に取り組むことで、真核生物の遺伝情報の維持、発現制御に関する分子機構の一端が解明されることが期待されます。

<研究の背景と経緯>

遺伝物質であるDNAはわずかな体積を占めるコンパクトな形、すなわち染色体として細胞核に収納され、その複製や転写などさまざまな機能がその中で営まれています。DNAはヒストン注5)と呼ばれるたんぱく質と数珠状のヌクレオソーム構造を取り、らせん状に巻き取られて幾重にも折りたたまれ、染色体を形成しています。1本のDNAから1本の染色体が形成されます。ヒトの細胞に含まれる全てのDNAはさまざまな長さの46本の断片に区切られ、計46本の染色体を形成しており、これらを全部つなげるとその長さはおよそ1.8メートルにもなります。

DNAの複製では、その二重らせん構造がほどかれ、それぞれのDNA分子を鋳型として新たなDNA分子が作られます。このらせん構造をほどいた結果、DNA複製開始点の前後では、DNAがさらにコイル状にねじれた超らせん構造注6)が生じます。超らせん構造ができると、1度ほどいたDNAを再び巻き戻そうとする張力が発生します。このDNAにかかった張力が蓄積するとDNAの複製が止まってしまうため、細胞内には超らせん構造を解消するための分子がいくつか存在しています。また、遺伝学的、生化学的なアプローチから、染色体の構築と動態に関係する数百個ものたんぱく質も同定されています。本研究グループはこれまで、DNAを再び巻き戻す張力を解消するための分子として、トポイソメラーゼとともにSmac5/6複合体が関与していることを明らかにしてきました。しかし、DNAが高度に折りたたまれた染色体上で、これらの分子がどのように染色体上に分布して超らせん構造を解消し、DNAや染色体の複製を可能にしているのかはよく分かっていませんでした。

<研究の内容>

本研究グループは今回、染色体研究でよく用いられる酵母を用い、DNAらせんにかかった張力を解消するための分子を欠損した酵母との比較実験を行いました。その結果、Smac5/6複合体などの分子が欠損した酵母では、その染色体のサイズが大きくなるにつれてDNAの複製が遅れていることを見いだしました。そこで、染色体内に存在する全てのDNAを対象に、染色体内のさまざまな場所で局所的に生じるたんぱくDNA相互作用を1度に精度よく解析することができるChIP−seq法を用いて、DNAらせん張力を解消するための分子であるSmac5/6複合体について、その染色体上に結合する部位を高精度(ゲノムの全領域5塩基程度の誤差)で定量しました。その結果、Smac5/6複合体は、その染色体サイズに比例して結合密度が増加し、この現象は染色体の種類によるのではなくサイズに依存していることが分かりました。例えば、Smac5/6複合体への結合密度が高い染色体を人工的に短くした場合、その結合密度は低下していました。さらにこの結合とDNAらせん張力との関係を調べるため、DNAらせん張力を解消する別の分子であるトポイソメラーゼⅡの働きを止め、人工的にDNAらせん張力が増加した状態を作ったところ、Smac5/6複合体の結合が増加していました。

このことから、染色体はそのサイズが大きくなるにつれて蓄積するDNAらせん張力の基となる超らせん構造の張力を解消するため、Smac5/6複合体を積極的に染色体内に引き寄せていることが明らかになりました。

<今後の展開>

本研究の成果によって、DNA複製時に生じるらせん張力と染色体高次構造と相互作用を明らかになることにより、いかにして生物の染色体が安定性を保っているかの解明が進むものと期待されます。また、真核生物染色体に関する複製機構の理解が進むことにより、より高次の染色体構造、動態の違い、機能的連携のメカニズム解明にも貢献します。さらに本研究で使用されたChIP−seq法は、今後、真核生物の染色体上の領域の基本的機能要素がどのように柔軟かつダイナミックな染色体構造を作り上げているかを解明していくための極めて有用な手法であると考えられます。

一方、染色体内のDNAらせん張力の制御において中心的な役割を果たすトポイソメラーゼは、がん治療の重要なターゲットとされていることから、Smc5/6複合体の作用は医学応用への視点においても重要な情報となり、染色体異常に対する治療薬開発、染色体工学や合成生物学などの研究に役立つものと期待されます。

<参考図>

図1

図1 染色体に折りたたまれたDNA鎖とその複製

図2

図2 DNA複製時に生じる超らせん構造とSmc5/6の作用点

  1. (1)DNAの複製は左から右に進んでいる。
  2. (2)DNA複製点では、複製前の二本鎖DNAが巻き戻しされ、1本鎖となる。
  3. (3)DNA鎖の巻き戻しにより、DNA複製点の前方では超らせん構造が生じる。
  4. (4)DNA鎖の巻き戻しにより、DNA複製点の後方でも、超らせん構造が生じる。
  5. (5)Smc5/6複合体は、DNA複製点後方で発生した超らせん構造を固定することにより、DNAらせんにかかったトポロジカルストレスを抑制する。

<用語解説>

注1) 染色体
細胞核中に存在するDNAは、ヒストンと呼ばれるたんぱく質と結合し、細い糸状の構造を取っているが、顕微鏡では観察できない。しかし細胞が分裂する(細胞分裂)の際、この細い糸状の構造物(クロマチン)は凝縮して太い紐状になり、顕微鏡で観察できるようになる。この構造を「染色体」と呼ぶ。ヒト体細胞では染色体は2セットを1組とし、23対のこの染色体が含まれている。
注2) トポイソメラーゼ
DNAとの超らせん構造(注6参照)を解消もしくは導入する酵素の総称。二本鎖DNAの一方または両方を切断して再結合する。
注3) Smac5/6複合体
染色体の複製・分配・修復プロセスに密接に関わる因子の1つ。DNA二重鎖切断(DSB)の修復にも関与している。最新の研究では、DNA複製に伴って生じるらせん張力らせんを複製フォーク(DNAの枝分かれ部分)後方で解消していることが示されている。
注4) クロマチン免疫沈降−シークエンス法(ChIP−seq法)
DNAと結合することができるたんぱく質を対象に、このたんぱく質に対する抗体を用い、DNAとたんぱく質との相互作用(結合)を研究する方法の1つ。このたんぱく質(Smac5/6複合体など)が結合するDNA上の部位とその塩基配列を、ヒト10人分の塩基配列を1週間程度と高速で解析ができる次世代シークエンサーを用いて解析する方法。
注5) ヒストン
真核生物のDNAに結合する塩基性たんぱく質の一群。ヒストンたんぱく質にはH1、H2A、H2B、H3、H4の5種類が知られている。このうちH1を除く4種それぞれ2個が組み集まりヒストン八量体を形成し、DNAに数珠状に結合した構造を取っている。
注6) 超らせん構造
二重らせんを形成する二本鎖DNAが自身のらせん軸の周りでねじれ、二本鎖DNAがさらにコイル状になった構造。超コイルDNAとも言う。

<論文名>

“Chromosome length influences replication-induced topological stress”
(染色体の長さは、複製によって誘導されるトポロジカルストレスに影響を与える)
doi: 10.1038/nature09791

<お問い合わせ先>

<研究に関すること>

白髭 克彦(シラヒゲ カツヒコ)
東京大学分子細胞生物学研究所 教授
〒113-0032 東京都文京区弥生1−1−1
東京大学分子細胞生物学研究所 本館2階201号室(白髭研究室)
Tel:03-5841-0756 Fax:03-5841-0757
E-mail:

<JSTの事業に関すること>

屠 耿(ト コウ)
科学技術振興機構 国際科学技術部
〒102-0075 東京都千代田区四番町5番地3
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