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科学技術振興機構報 第788号

平成23年3月1日

東京都千代田区四番町5番地3
科学技術振興機構(JST)
Tel:03-5214-8404(広報ポータル部)
URL https://www.jst.go.jp

LEDの光出力を大幅に向上する製造技術の開発に成功

(JST委託開発の成果)

JST(理事長 北澤 宏一)はこのほど、独創的シーズ展開事業・委託開発の開発課題「LEDモスアイ構造製造技術」の開発結果を成功と認定しました。

この開発課題は、名古屋大学 大学院工学研究科 天野 浩 教授(元 名城大学 理工学部 教授)らの研究成果をもとに、平成19年3月から平成22年9月にかけてエルシード 株式会社(代表取締役社長 神谷 忠雄、本社住所 愛知県名古屋市千種区不老町 名古屋大学赤﨑記念研究館、資本金6,280万円)に委託して、企業化開発(開発費 約2億円)を進めていたものです。

従来の白熱電球や蛍光灯からエネルギー効率の高いLED照明に置き換える動きが始まり、LED素子の高出力化が求められています。しかし一方で、LED素子内で発光した光の一部は素子外部に取り出されることなく内部で熱となっています。従来から、LED素子外部への光取り出し効率注1)を向上させるために、LED基板上の凹凸加工により光の全反射を抑制する方法などが採用されていましたが、さらに光取り出し効率の高い技術の開発が求められていました。

今回の技術では、LED基板上の凹凸が細かいほど光の全反射は抑制されて外部に光が透過することから、蛾の眼のような微細な凹凸構造(モスアイ構造注2)図1))を持つ基板を製作しました。具体的には、低エネルギーの電子線を用いることで、500nm(ナノメートル、1nmは10億分の1m)幅のコーン形状体を規則的に並べたモスアイ構造を製作することが可能になりました。この技術によって作られたモスアイ構造を持つLED素子は、加工しない場合と比べて1.7倍~2.5倍の光出力の向上が実現できました。また、短いパターン形成処理時間(1分程度)で製作できるため、生産性が高いことも特徴です。

今回の技術は、既存のさまざまなLED基板材料上にモスアイ構造の製作を可能とし、素子の光取り出し効率を大きく改善できることから、白色LEDをはじめ、高効率・高出力を必要とする広範なLED製品への応用が期待されます。

JST 独創的シーズ展開事業・大学発ベンチャー創出推進(平成16年度採択)の支援による開発成果をもとに平成18年3月に設立されました。

独創的シーズ展開事業・委託開発は、大学や公的研究機関などの研究成果で、特に開発リスクの高いものについて企業に開発費を支出して開発を委託し、実用化を図っています。本事業は、現在、「研究成果最適展開支援事業(A-STEP)」に発展的に再編しています。

詳細情報 https://www.jst.go.jp/a-step/

本新技術の背景、内容、効果の詳細は次の通りです。

(背景) 照明などに使われるLEDのさらなるエネルギー効率向上のために、LEDの光取り出し効率の改善が望まれています。

従来の白熱電球や蛍光灯からエネルギー効率の高いLED照明に置き換える動きが始まり、LED素子の高出力化が要求されています。しかし一方で、LED素子内で発光した光の一部は素子外部に取り出されることなく内部で熱となっています。従来から、光取り出し効率を向上させるために、LED基板上の凹凸加工により光の全反射を抑制する方法などが採用されていましたが、さらに光取り出し効率の高い技術の開発が求められていました。

また、JSTの支援を受けた天野教授らの研究によって、金粒子の自己組織化を利用したマスクをもとにLED基板上にモスアイ構造を試作し、光取り出し効率を大幅に向上できる可能性が明らかになっていました。

(内容) 低コストで生産性の高いモスアイ構造の製造技術を確立し、光取り出し効率が1.7倍~2.5倍向上することを確認しました。

この新技術は、低エネルギー電子線投影露光法注3)を用いて、低コストで生産性の高いモスアイ構造をLED素子材料上に製作するもので、これにより光取り出し効率の高い高性能LEDが量産可能になります。

モスアイ構造をLED素子材料上へ製作する際は、基板上に電子線投影露光によるステンシルマスク注4)のパターンを形成したあと、ドライエッチングによりコーン形状をしたモスアイ構造の形成を行います(図2)。製作過程では、高精度でしかも処理能力の高いパターン形成技術と、サイドエッチングによってモスアイのコーン形状を形成するテーパ角制御注5)技術の確立が重要です。

電子線投影露光による高精度なパターン形成では、電子線加速電圧や電子の量(ドーズ量注6))によって最適な露光条件を決定しました。また、処理能力向上のためにパターンのホール径や基板表面に塗布するレジスト材料注7)の最適化を図りました。この結果、2インチサイズのウェーハで1分程度という短いパターン形成処理時間を達成しました。さらに、テーパ角制御では、エッチング耐性の高い層と耐性の比較的低い層の二層構造を採用し、両層の膜厚やその比率によってテーパ角制御を可能としました。電子顕微鏡写真(図1)に見られるように、理想的なコーン形状が形成されているのが分かります。この製作工程は、AlGaInP系結晶、窒化物系結晶やサファイアなど各種のLED基板材料に適用可能です。

このように確立されたモスアイ構造製造技術をもとに、実際のLED素子上にコーン形状体を形成する場合の最適なアスペクト比(高さと周期の比)と周期について検討しました。その結果、アスペクト比についてはおよそ1以上が望ましいことが分かり、コーン高さ500nmでは最適周期が500nmとなります(図3)。

これらの結果を実際の赤色や青色など各種LED基板に適用し、モスアイ加工しない場合と比較して光出力が1.7倍~2.5倍、また、基板上直角方向の光度が2倍~3.5倍向上する効果を確認できました(図4)。

(効果) 本技術はさまざまな基板材料に適用できるため赤色、青色、白色など広範なLED製品への応用が期待されます。

本技術を用いて、既存のさまざまなLED基板材料の上にモスアイ構造の製作が可能であることから、白色LEDをはじめ、高効率、高出力を必要とする広範なLED製品への応用が期待されます。

また、本技術の適用による全体のコストへの影響が小さいため、LED素子の光出力向上技術として有望であり、高出力LED製品の普及に貢献するものと期待されます。

<参考図>

図1

図1 LEDモスアイ構造

LED素子(模式図:左)とその基板上に製作されたモスアイ構造の電子顕微鏡写真(右)。 コーン形状体のコーン高さを周期で割った値がアスペクト比で、写真ではコーン高さ、周期ともに500nm、アスペクト比1となっている。

図2

図2 モスアイ構造製作工程と各工程における電子顕微鏡写真

電子線露光によりマスクパターンの転写を行い、エッチング耐性の異なる二層構造のハードマスクを堆積後、ドライエッチング工程でテーパ角制御を行い、コーン形状体を形成する。

図3

図3 モスアイ構造のアスペクト比と周期

光出力が最大となるようコーン形状体の最適なアスペクト比と周期を理論値と試作による実測値から検討した。

図4

図4 モスアイ構造による光出力向上効果

上記はSiC基板上の青色LEDにおける基板上直角方向の光度の測定結果。

<用語解説>

注1) 光取り出し効率
発光素子の内部で生じた光の素子外部に取り出せる割合。
注2) モスアイ構造
蛾の眼(Moth-Eye)構造。蛾の眼は微細な凹凸構造を持ち、光の反射を起こさないことで知られている。近年これを人工的に形成した無反射フィルムなどの製品がある。
注3) 低エネルギー電子線投影露光法
5keV程度の比較的低い加速電圧の高エミッション電子銃によって電子ビームをステンシルマスク上にスキャンし半導体基板上に微細パターンを形成する方法。
注4) ステンシルマスク
電子線投影露光法に用いられるマスクで、電子ビームを透過する微細な穴あきパターンが形成された非常に薄い領域とそれを支持する枠とで構成される。
注5) テーパ角制御
コーン(円錐)形状体などの先細り形状の製作制御。
注6) ドーズ量
単位面積あたりの電子やイオンの注入量で、電子線投影露光装置では電流と時間で制御される。
注7) レジスト材料
光や電子線によって溶解性などの物性が変化する組成物。基板表面に塗布され、エッチングなどの処理から基板表面を保護する。

開発を終了した課題の評価

<お問い合わせ先>

エルシード 株式会社
近藤 俊行(コンドウ トシユキ)
〒464-8601 愛知県名古屋市千種区不老町 名古屋大学赤﨑記念研究館3F
Tel:052-783-5238 Fax:052-783-5238

独立行政法人 科学技術振興機構 イノベーション推進本部 産学連携展開部
平尾 孝憲(ヒラオ タカノリ)、成田 吉重(ナリタ ヨシシゲ)
〒102-8666 東京都千代田区四番町5番地3
Tel:03-5214-8995 Fax:03-5214-0017