JSTトッププレス一覧科学技術振興機構報 第781号別紙2 > 研究領域:「炎症の慢性化機構の解明と制御に向けた基盤技術の創出」
別紙2

平成22年度(第2期) 新規採択研究代表者・研究者および研究課題の概要

CREST

戦略目標:「炎症の慢性化機構の解明に基づく、がん・動脈硬化性疾患・自己免疫疾患等の予防・診断・治療等の医療基盤技術の創出」

研究領域:「炎症の慢性化機構の解明と制御に向けた基盤技術の創出」

研究総括:宮坂 昌之(大阪大学 大学院医学系研究科 教授)

氏名 所属機関 役職 研究課題名 研究課題概要
淺原 弘嗣 (独)国立成育医療研究センター 研究所 部長 RNA階層における炎症の時間軸制御機構の解明  慢性炎症は、私たちの健康を脅かす多くの病気に関わりますが、そのメカニズムはいまだよくわかっていません。本研究では、代表的な慢性炎症の1つである関節リウマチをモデルに、マイクロRNAというたんぱく質にならずに役割を果たす新しい分子群に注目し、新規の高速RNA解析装置の開発や次世代シーケンサーの導入を通して、今まで不明であったRNAレベルでの炎症の終息もしくは遷延化機構を明らかにします。これによって、関節リウマチをはじめとした炎症疾患治療および診断に貢献することを目指します。
石井 優 大阪大学 免疫学フロンティア研究センター 特任准教授(主任研究者) 次世代の生体イメージングによる慢性炎症マクロファージの機能的解明  メタボリック症候群やがんなどの成人病は、慢性的な炎症によって引き起こされることが最近明らかになっています。本研究では近年の科学技術の進歩により可能となった、体の中を生きたままで観察する「生体イメージング」の技術をさらに発展させて、細胞の質的変化を追跡したり、光を使って単一の細胞機能を操作する「次世代の生体イメージング法」を開発します。さらにこれを用いて、炎症で重要な役割を果たすマクロファージがどのように病気の発症に関与するのかを統合的かつ実体的に解明し、成人病に対する画期的な治療法の開発を目指します。
井上 和秀 九州大学 大学院薬学研究院 教授 脳内免疫担当細胞ミクログリアを主軸とする慢性難治性疼痛発症メカニズムの解明  世の中には痛みの原因や炎症が消失しても持続慢性化する難治性疼痛があります。神経障害、糖尿病、抗がん剤、がん細胞の浸潤などにより生じ、既存の鎮痛薬が効きにくく、苦しむ患者が世界で2000万人以上もいます。研究代表者らはこれまでに、脳内免疫担当細胞ミクログリアがその発症に極めて重要な役割を担うことを発見していました。本研究では、難治性疼痛の発症・維持・慢性化メカニズムを、ミクログリアと免疫・炎症との関係から解明し、優れた治療薬の創製に寄与することを目指します。
清野 宏 東京大学 医科学研究所 教授 炎症性腸疾患の慢性化制御機構の解明と治療戦略の基盤構築  健常人の腸管では、腸内共生細菌と粘膜免疫担当細胞群が巧妙かつ洗練された恒常性維持機構を構築しています。一方、このシステムが破綻すると、クローン病や潰瘍性大腸炎といった難治性の慢性炎症性腸疾患の発症につながります。本研究では、腸管組織内共生細菌、上皮細胞糖鎖、腸管粘膜自然免疫細胞をターゲットとし、腸管の恒常性維持および破綻のメカニズムを解明することにより、慢性炎症性腸疾患の新規治療・予防・診断法の開発を目指します。
長澤 丘司 京都大学 再生医科学研究所 教授 炎症の慢性化における造血幹細胞・前駆細胞ニッチの役割とその制御  従来の慢性炎症の研究では、炎症局所での病変が注目されてきましたが、慢性炎症の主役となる免疫担当細胞の産生と動員を調節する造血ニッチと呼ばれる司令塔の役割を理解することも大変重要です。造血ニッチの実体は長年不明でしたが、研究代表者らはケモカインCXCL12を高発現する突起を持ったCAR細胞が造血ニッチであることを発見しました。そこで、慢性炎症におけるCAR細胞の働きを解明することにより、新しい視点からその病態の理解を大きく進め、ニッチを標的とした新しい治療法の樹立に寄与する研究を目指します。
成宮 周 京都大学 大学院医学研究科 教授 プロスタグランジンを引き金とする炎症慢性化機構の解明  プロスタグランジンは、急性炎症の痛みや腫れ、発熱などを起こす物質です。最近の研究代表者らの研究により、この物質が、免疫病やアレルギー、肺線維症、脳動脈瘤など慢性炎症関連疾患にも関わっていることが明らかになってきました。本研究では、プロスタグランジンによる遺伝子発現制御を介した炎症慢性化機構を明らかにし、炎症により促進されるがん、代謝病、精神疾患への関与を検討します。また、この過程に関わる分子群の構造解析を行い、炎症の慢性化を制御する薬物の開発基盤の構築を目指します。
松島 綱治 東京大学 大学院医学系研究科 教授 慢性炎症に伴う臓器線維化の分子・細胞基盤  慢性炎症に伴う臓器の線維化は、重篤な機能障害をもたらします。本研究では、線維化の中心細胞である筋線維芽細胞の起源を検証し、その分化・動員経路をケモカインやその他の液性因子などを中心に解析します。また、臓器線維化に伴うエピゲノム変化に基づく遺伝子発現制御を明らかにします。さらに、これらの情報に基づき、マウス線維症モデルでの治療実験ならびに臨床での検証を行い、ヒト線維化疾患の予防・治療への応用を目指します。

(五十音順に掲載)

<総評> 研究総括:宮坂 昌之(大阪大学 大学院医学系研究科 教授)

本研究領域は、炎症が慢性化する機構を明らかにし、慢性炎症を早期に検出し、制御し、消退させ、修復する基盤技術の創出を目指す研究を対象としています。

高齢化社会において急激に増加している、がん、動脈硬化性疾患(心筋梗塞・脳血管障害など)、神経変性疾患(アルツハイマー病など)、自己免疫疾患などは、いずれも国民が健やかに老いることを妨げ、QOLを低下させるものです。最近の研究から、これらの疾患の発症・進行・重症化には、慢性的な炎症反応が深く関与していることが明らかになってきています。ところが、われわれは急激に起こる炎症(いわゆる急性炎症)に関する知識は蓄積してきたものの、慢性的に起こり持続する炎症(慢性炎症)については知識が少なく、その予防法や治療法が十分に開発できていません。このようなことから、慢性炎症に特化した作用機構の研究、検出技術、制御技術などを新たに開発することが戦略目標として設定され、本年から当領域の公募が開始されました。

初年度の公募に対して124件の研究提案がありました。これらの研究課題は、免疫学、生化学、遺伝学や、がん、代謝、神経変性疾患、循環器、消化器、炎症の制御技術、検出・評価技術、など、広範囲な研究を背景にしたもので、慢性炎症の基礎的研究から治療法、予防法の開発までを視野に入れたレベルの高いものでした。

これらの研究提案に対して10名の領域アドバイザーと1名の外部評価者の協力を得て慎重に書類選考を行い、まず、種別Ⅰを10課題、種別Ⅱを5課題、選びました。その後、面接選考により、種別Ⅰから4課題、種別Ⅱから3課題を最終的に採択しました。なお、書面選考、面接選考では、利害関係者は一切排除して、厳正かつ中立な選考作業を行い、慢性炎症に対する基盤技術の開発に結びつくことが期待される先駆的な提案を選考することに全力を注ぎました。採択課題は、慢性炎症の際に組織の機能廃絶をもたらす線維化の分子機構、慢性炎症における骨髄や脂質メディエーターの役割、マイクロRNAの関与、炎症性腸疾患の慢性化制御、慢性炎症のリアルタイムイメージングとそれによる細胞機能の調節、脳内炎症細胞ミクログリアの慢性炎症への関わり――などを研究対象とするものです。いずれも当該領域で、国際的にトップレベルで活躍する研究者による研究提案であり、今後の成果が大いに期待されます。

このように124件から7件のみが選択されるという厳しい競争の中での選考でしたが、不採択となった課題にも極めて高いポテンシャルを持つものがありました。来年度以降も公募があります。慢性炎症の問題解決につながる独創的、挑戦的な新規研究提案を期待します。