科学技術振興機構報 第78号
平成16年6月3日
埼玉県川口市本町4−1−8
独立行政法人 科学技術振興機構
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受容体サブユニットの配置変換がシグナルを仲介

〜受容体の構成成分が動く〜

 独立行政法人 科学技術振興機構(理事長 沖村憲樹)の研究チームは、記憶の鍵を握る重要な分子、代謝型グルタミン酸受容体1型 (mGluR1)のシグナル伝達機構において、細胞内部分間の配置変換がシグナルを仲介していたことを明らかにした。細胞内部分では、受容体の構成成分の構造は変化せず、構成成分そのものの配置が変化し、それによってシグナルが伝わるということになることを突き止めた。mGluR1のシグナル伝達機構を理解することは、記憶のメカニズムの解明に有用な知見を提供すると考えられる。本成果は、平成16年6月6日付の英国科学雑誌ネイチャーストラクチュラル&モレキュラーバイオロジーのオンライン版で公開される(日本時間2004年6月7日午前2時)。
 発見したのは、戦略的創造研究推進事業(チーム型研究)の研究テーマ「細胞膜上機能分子の動態と神経伝達調節メカニズム(研究代表者:重本隆一 大学共同利用機関法人自然科学研究機構生理学研究所 教授)のチームメンバーである大学共同利用機関法人自然科学研究機構生理学研究所 教授の久保義弘氏ら。シナプスにおいて放出された神経伝達物質のグルタミン酸が受容体に結合した際、受容体の細胞外部分の構造が変化することは知られていたが、細胞内部分の変化については知られていなかった。今回、受容体のいろいろな部位に蛍光タンパク質を付加する方法を用い分子の動的構造を解析するという最先端の研究手法により、細胞内部分の変化について検討した。その結果、神経伝達物質が受容体に結合すると受容体を構成するユニットの配置が換わることによって、シグナルが次に伝達されることを明らかにした。
1.研究の背景
 代謝型グルタミン酸受容体1型 (mGluR1) (用語解説(1)参照) は、脳の様々な部域に発現している受容体である。この遺伝子を改変したマウスは、海馬や小脳の機能異常と、記憶や学習といった行動学的異常を示す。このことから、mGluR1 は、いわば記憶の鍵を握る重要な分子として注目されており、mGluR1のシグナル伝達機構を理解することは記憶のメカニズムの解明に有用な知見を提供すると考えられる。
 近年、mGluR1 の細胞外領域の結晶蛋白を用いたX線構造解析により、mGluR1 は、2つのタンパク質(これらをそれぞれ「サブユニット」と呼ぶ)が会合してできるホモ2量体と呼ばれるタンパク質複合体で構成されていること、また、グルタミン酸が結合すると、mGluR1 の細胞外領域の分子の構造が変化することが明らかにされていた(図1)
 mGluR1を含む代謝型受容体のシグナル伝達は、細胞内においてGタンパク質を活性化することにより引き起こされることが知られている。そのため、mGluR1のシグナル伝達機構を理解するためには、細胞外領域の分子の構造変化だけでなく、それに伴って起こる細胞内領域の分子の構造変化を知ることが必須であった。しかしこの点は未解決であった。
 そこで我々は、蛍光タンパク質を組み込んだmGluR1の分子の動的構造変化の解析を行うという、最先端の研究手法を用いてこの問題にアプローチした。
 
2.研究成果の要点
 異なるタンパク質の間の距離が近いほど、エネルギーの受け渡し(FRET (Fluorescent Resonance Energy Transfer) 効率)(用語解説(3)参照)が大きくなることが物理化学的に知られている。我々は、mGluR1 に結合するリガンド(受容体と結合する性質を有する物質)を投与することで起こる構造変化を、FRET 効率の変化として光生理学的に捉えることを計画した(図2)
 まず、遺伝子工学的手法により、mGluR1 の細胞内領域の様々な箇所に、シアン色の蛍光タンパク質のみの付加、もしくは黄色の蛍光タンパク質のみの付加、もしくはその両方の付加といった3通りの蛍光タンパク質の付加を行った。そして、蛍光タンパク質を付加された分子を培養細胞に発現させ、細胞膜に出てきた分子の蛍光のみを全反射照明下で測光し、リガンドの投与に伴う FRET 効率の変化を解析したところ、以下の知見が得られた(図3)

(1) サブユニットの内部では明らかな構造変化は起こらない。
(2) 2量体サブユニットの、細胞内ループ1が相互に遠ざかる方向に移動する。
(3) 2量体サブユニットの、細胞内ループ2が相互に近づく方向に移動する。

 これらの知見から、mGluR1にリガンドを投与することにより、 mGluR1を構成している 2つのサブユニットは移動して配置を変えることが想定された(図4)。この動きが、mGluR1のシグナル伝達を引き起こすGタンパク質の活性化の本態であると考えられる。
 
3.研究成果の社会的意義
 ゲノムプロジェクトが完了し、今後は、ゲノムのコードする個々のタンパク質の構造と機能を解析していくことが求められている。そのため、タンパク質の結晶を用いて行う、いわゆる構造解析が精力的に進められているが、膜タンパク質の場合は結晶化が容易でないため、一般に極めて困難である。また、結晶化した構造を知るだけでは動態に関する情報が欠如しているため、リアルタイムで、細胞が生きたままの状態でタンパク質の動的構造変化を解析する研究手法が切望されてきた。FRET 法による水溶液中のタンパク質構造変化の解析は既に確立されているが、生細胞で受容体タンパク質に適用し成功した例は極めて少ない。
 以上より、今回の我々の研究成果は、「mGluR1のシグナル伝達機構において細胞内部分間の配置変換がシグナルを仲介する」ことを明らかにした点のみならず、「生細胞における膜機能タンパク質分子の動的構造変化のリアルタイム測定」を確立した点においても意義がある。ポストゲノムの時代に、タンパク質の構造と作動原理を探っていくために、構造生物学的アプローチを相補う研究方法として、大きな期待が持てるからである。
 
〈発表論文題名〉
"Ligand-induced rearrangement of the dimeric metabotropic glutamate receptor 1α"
「リガンド投与による代謝型グルタミン酸受容体細胞内領域の二量体構造の動的構造変化」
doi :10.1038/nsmb770
 
この研究テーマが含まれる研究領域、研究期間は以下の通りである。
研究領域: 脳を知る
(研究総括:久野 宗 京都大学・大学共同利用機関法人自然科学研究機構 名誉教授)
研究期間: 平成11年度〜平成16年度
 
<用語解説>
図1
図2
図3
図4
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 本件問い合わせ先:
久保 義弘(くぼ よしひろ)
大学共同利用機関法人自然科学研究機構 生理学研究所
分子生理研究系 神経機能素子研究部門
〒444-8585 愛知県岡崎市明大寺町字西郷中38
Tel: 0564-55-7821
Fax: 0564-55-7825

島田 昌(しまだ まさし)
独立行政法人科学技術振興機構 研究推進部 研究第一課
〒332-0012 埼玉県川口市本町4-1-8
Tel: 048-226-5635
Fax: 048-226-1164
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