ヒトを含む多細胞生物の体は、さまざまに分化した細胞の秩序だった集合によって組み立てられています。異種細胞から構成される組織や臓器といった各階層には、機能発現に必要な三次元構造があり、人工組織や臓器の作製ではこの構造を再現することが鍵と考えられます。これまでの組織工学では、立体的な足場に細胞を蒔くことでこのような三次元の組織形成を行なってきましたが、この方法では軟骨などの比較的低密度の組織は形成できても、消化器官などに見られる高密度の厚い組織や異種細胞の層構造などを再現することは困難でした。そこで、細胞ブロックを制御性良く集積することで立体組織構造を造形するボトムアップ型のアプローチに注目が集まっています。しかし、細胞そのものは柔らかく変形しやすいため、組み立ての高速化・精密化にはこれまで限界がありました。
本研究領域は、微細な加工・配置を得意とするMEMS技術やマイクロ流体デバイス技術と組み合わせて、細胞をあたかもネジやバネ、歯車といった規格化された部品のように加工し、厚みを持った三次元組織を機械組み立てのように緻密かつ高速に構築することを目指します。このようなバイオテクノロジーと工学テクノロジーの融合によって実現する人工組織は、再生医療における安全な移植材料としての利用や、動物実験に依存しない薬物動態検査システムの構築などに役立つことが見込まれます。また、感覚受容細胞を組み込んだ環境センサやロボットに利用するためのセンサやアクチュエータの開発のように、細胞を利用したものづくりという新たな産業分野の創出につながることも期待されます。
本研究領域では、細胞が付着または内包されたマイクロビーズやファイバー、あるいは接着細胞を培養した微小プレートなど、組み立てパーツとなるハイブリッド材料について、利用用途に応じて素材や加工法、デザインなどを考案、検討します。こうして準備された加工部品から生体組織に近い立体構造を形成するシステムを開発すると同時に、生体組織の自己組織的な再編成を促す微小環境を最適化することで、最終的には血管や神経網を埋め込んだ生体に近い人工組織を造るための設計論の確立を目指します。このようにしてでき上がった人工組織の性能は移植実験によって生体内での機能を確認するなど、実用化へ向けた実証試験にも取り組みます。
本研究領域は、有機材料をMEMS技術によって規格化された材料に加工するトップダウン技術と、それを足場とする細胞が自己組織的な相互作用によって階層化された立体構造を形成するボトムアップ技術を融合したプロセス技術の開発を目指すものであり、戦略目標「プロセスインテグレーションによる次世代ナノシステムの創製」に資するものと期待されます。
1.氏名(現職) | 竹内 昌治(たけうち しょうじ) (東京大学生産技術研究所 准教授) 38歳 | ||||||||||||||||||||
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2.略歴 |
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3.研究分野 | ナノバイオテクノロジー、マイクロ流体デバイス、MEMS、ボトムアップ組織工学 | ||||||||||||||||||||
4.学会活動など |
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5.業績など | これまでにMEMS技術やマイクロ流体デバイス技術を駆使した人工脂質二重膜形成や分子・細胞操作など、ナノバイオ研究分野に貢献する新規手法を開拓してきた。また、生体適合材料であるハイドロゲルの微細加工を提案し、体内埋め込みデバイスや細胞の三次元組み立てなどへ展開している。 具体的には、微小な液滴や流れの特性を利用して、人工の脂質二重膜を複数同時に形成する方法を確立し、ハイスループットな膜タンパク質機能解析や人工細胞研究への展開を示してきた(Anal.Chem.2006,JACS 2007,Angew.Chem.Int.Ed.2009,Small 2010ほか)。また、匂い受容体が発現した細胞を初めてロボットセンサとして応用し、膜タンパク質を利用したセンサデバイスの可能性を示した(PNAS 2010)。さらに、細胞をハイドロゲルビーズとして扱い、細胞の高密度三次元へテロ組織構造を高速に構築する方法を考案した(Adv.Mater. 2008ほか)。加えて、これらのビーズや細胞を一万個レベルで高速にアレイ化し、解析できるダイナミックマイクロアレイ法を提唱した(PNAS 2007ほか)。最近では、グルコース応答性のハイドロゲルを微細加工し、埋め込み型血糖値センサとしての応用を示した(PNAS 2010)。現在、これらの成果をさらに発展させる基礎研究に加え、産学連携による実用化研究も推進している。 | ||||||||||||||||||||
6.受賞など |
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