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科学技術振興機構報 第758号

平成22年9月1日

東京都千代田区四番町5番地3
科学技術振興機構(JST)
Tel:03-5214-8404(広報ポータル部)
URL https://www.jst.go.jp

金コロイドを用いた高感度体外診断薬キットの開発に成功
―前立腺がんの早期発見に期待―

(JST委託開発の成果)

JST(理事長 北澤 宏一)はこのほど、独創的シーズ展開事業・委託開発の開発課題「金コロイドを用いた高感度体外診断薬キット」の開発結果を成功と認定しました。

この開発課題は、大阪大学 大学院工学研究科 民谷 栄一 教授(元 北陸先端科学技術大学院大学 マテリアルサイエンス研究科 教授)らの研究成果を基に、平成19年3月から平成22年3月にかけて田中貴金属工業 株式会社(代表取締役社長 岡本 英彌、本社住所 東京都千代田区丸の内2-7-3、資本金5億円)に委託して、企業化開発(開発費 約3億円)を進めていたものです。

近年医療分野においては、“簡便で迅速に疾患などを早期発見できる体外診断薬”が望まれており、その一例として、インフルエンザや妊娠などの診断やアレルギー物質の検出などで用いられているイムノクロマト法注1)診断薬があげられます。これは多孔質体で起こる毛細管現象を利用した方法で、検体(血液など)中に含まれる抗原の有無を短時間で簡単に診断することができます。しかし、イムノクロマト法診断薬は検出感度が低いため、例えば前立腺がんマーカーであるPSA(前立腺特異的抗原)注2)の診断薬キットの場合、臨床検査や再発検査で必要とされる0.2~2ng/ml(ナノグラムは10億分の1g)のPSA濃度が検出できず、前立腺がんの早期発見用としては不十分でした。

今回開発したイムノクロマト法の診断薬キットは、金コロイド(粒径60nm程度の金の粒子)のプラズモン効果注3)による発色現象を利用したもので、従来のものに比べて高感度化を実現しました。また、検出したい抗原以外のものとの反応(非特異的反応注4))を抑え、さらに血液をそのままサンプルとして用いても高い検出感度を維持できるようにしました。その結果、少量の全血サンプルを用いて、15分以内にPSA濃度0.2ng/mlの感度で検出できる診断薬キットを作製することができました。

今後、この技術は前立腺がんの早期発見用の診断薬キットに使用されることが期待されます。また、前立腺がんのみならず高感度が要求される他の疾患の診断薬キットへの応用も期待されます。

独創的シーズ展開事業・委託開発は、大学や公的研究機関などの研究成果で、特に開発リスクの高いものについて企業に開発費を支出して開発を委託し、実用化を図っています。本事業は、現在、「研究成果最適展開事業【A-STEP】」に発展的に再編しています。詳細情報 https://www.jst.go.jp/a-step/

本新技術の背景、内容、効果の詳細は次の通りです。

(背景) これまで、疾患などの早期発見を可能とする高感度かつ簡便・迅速に検査できる診断薬キットが望まれています。

従来の一次スクリーニング早期診断には酵素法などのELISA法注5)が用いられており、また最近では、簡便・迅速な検出が可能なイムノクロマト法も多用されています。しかし、ELISA法では判定までに3時間以上を要するため、その場で医師の判断ができず患者を待たせるという問題点がありました(表1)。また、イムノクロマト法は簡便・迅速ですが、感度(検出下限)が低いため検診や一次スクリーニングにしか使えず、臨床検査や再発検査での早期発見用途で使用することができませんでした。実際、前立腺がんマーカーであるPSA検出キットの場合、イムノクロマト法の検出下限が4ng/mlであるのに対し、臨床検査では0.5~2ng/ml、再発検査では0.2~0.5ng/mlの値がそれぞれ必要とされており、そのためイムノクロマト法においては、高感度化が望まれていました。

(内容) 前立腺がんにおいて臨床検査や再発検査でも早期発見用として使用できる高感度の診断薬を開発しました。

今回開発した診断薬は、金コロイドのプラズモン効果による発色現象を利用したイムノクロマト法(図1)に基づく診断薬キットです。

今回の開発により、

  1. (1) 使用する金コロイドの粒子径を揃えることによって発色の再現性を向上させる効果
  2. (2) 特定の方法で金コロイドへ抗体を固定して、検出感度を向上させる効果
  3. (3) 展開液中に特定のマウス抗体を添加し、非特異的物質により起こりうる抗原濃度0ng/mlでのテストラインの発色(偽陽性反応)を抑える効果(図2
  4. (4) 展開液中に溶血を防ぐ効果のあるマンニトールと感度を向上させる効果がある界面活性剤を添加することで、溶血による診断薬キットの汚染を抑えて検出感度を維持する効果(図3

が得られました。

これらの新技術により、0.2ng/mlという、前立腺がんの臨床検査や再発検査で必要なPSA濃度が検出可能な高感度診断薬キットを開発することができました。

(効果) 今後、前立腺がんの早期発見用としての診断薬キットに、あるいは高い検出感度が必要な他の疾病診断薬キットに使用されることが期待されます。

本診断薬キットによって、簡便で迅速にPSA濃度が0.2ng/mlまで検出できるため、前立腺がんの早期発見用として使用されることが期待されます。

また、高い検出感度が必要とされる他の疾病診断においても、本技術を使用することにより、診断可能になることが期待されます。

<参考図>

  ELISA法 イムノクロマト法
測定時間 3時間程度 15分程度
操作 煩雑 簡便
判定方法 装置が必要
(プレートリーダーによる読み取り)
装置は不要
(目視)
測定値 定量 定性
被検体 血清 血液、血漿、血清

表1 ELISA法とイムノクロマト法の比較

図1

図1 イムノクロマト法の検出原理(金コロイドを用いた場合)

図2

図2 非特異的反応を抑制する技術

図3

図3 血液検体でも高い検出感度を維持するための技術

<用語解説>

注1) イムノクロマト法
ニトロセルロースなどの多孔質体で起こる毛細管現象を利用した免疫学的測定法の1つ。発色性質(視認性)のある金属粒子やラテックス粒子などを標識体として用いる。検出対象が存在すると、多孔質体上に設けられた判定部位に標識体が捕捉されることで判定部位が発色し、検出対象の存在が確認できる。
注2) PSA(前立腺特異的抗原)
Prostate Specific Antigenの略。前立腺から分泌される物質で、前立腺がんの場合に血液中に含まれる濃度が上昇し、前立腺がんの診断の指標となっている。
注3) プラズモン効果
金属ナノ粒子の表面で金属中の自由電子の振動と入射光が共鳴する現象。金コロイドが赤色に見えるのはこの現象による。
注4) 非特異的反応
本来、結合する組み合わせとは別の物質と結合してしまう反応。例えば、抗原Aに対する抗体aがあるとして、抗体aが抗原Aとは結合せずに別の物質Bと結合してしまう反応。
注5) ELISA法
Enzyme Linked ImmunoSorbent Assayの略。免疫学的測定法の1つで、酵素を標識として用いており、酵素-基質反応の発色強度を測定し、試料中の目的物質の定量を行う方法。

開発を終了した課題の評価

<お問い合わせ先>

田中貴金属工業 株式会社 メディカル部
岩本 久彦(イワモト ヒサヒコ)
〒254-0076 神奈川県平塚市新町2番73号
Tel:0463-35-5170 Fax:0463-32-5614

独立行政法人 科学技術振興機構 イノベーション推進本部 産学連携展開部
平尾 孝憲(ヒラオ タカノリ)、桑名 良寿(クワナ ヨシヒサ)
〒102-8666 東京都千代田区四番町5番地3
Tel:03-5214-8995 Fax:03-5214-0017