JSTトッププレス一覧科学技術振興機構報 第754号別紙2 > 研究領域:「脳情報の解読と制御」
別紙2

平成22年度(第1期) 新規採択研究代表者・研究者および研究課題の概要

さきがけ

戦略目標:「運動・判断の脳内情報を利用するための革新的要素技術の創出」
研究領域:「脳情報の解読と制御」
研究総括:川人 光男((株)国際電気通信基礎技術研究所 脳情報通信総合研究所 所長/ATRフェロー)

氏名 所属機関 役職 研究課題名 研究型 研究
期間
研究課題概要
天野 薫 東京大学 大学院新領域創成科学研究科 助教 MEGを用いた知覚における時間情報のデコーディング 通常型 3年  音や光がいつ生じたのかという知覚の時間的な側面を、MEGによって非侵襲的に計測した脳活動から解読するモデルを提案します。さらに、この解読技術と刺激の操作を組み合わせ、モデルの内部変数に対応した脳活動や知覚の変化を定量的に解析することで、時間情報の脳内表現を解明します。情報表現を理解するための研究手法の確立を目指すとともに、脳信号に基づく車のブレーキシステムなど実社会への応用の可能性も追求します。
上川内 あづさ 東京薬科大学 生命科学部 助教 ショウジョウバエ脳において聴覚情報処理を行う神経基盤の解明 通常型 3年  本研究では、情報処理に関わる全ての神経細胞を高い解像度で解析し、特定の神経の活動を可視化したり制御したりすることが容易なショウジョウバエの脳をモデルとして、高次聴覚神経が形成する神経回路構造の決定、音刺激と各神経回路の活動パターンの相関の解明、各神経回路の活動制御による行動変化の解析を行います。これにより、聴覚情報の符号化と情報処理様式を解明し、ショウジョウバエを用いた脳情報解読制御技術を整備します。
河野 剛士 豊橋技術科学大学 工学部 准教授 電気、化学、光学的マイクロ/ナノニューロプローブアレイの開発 通常型 5年  脳神経の基礎研究から次世代神経計測も含めた幅広い分野の神経電極技術となる、電気、化学、光学的な “マイクロ/ナノニューロプローブアレイデバイス”を開発します。本研究のデバイス技術は、“選択シリコンウィスカー結晶成長法”を用いたものであり、今回の申請ではこの技術とこれまでの研究実績を基に、大脳皮質用マイクロプローブ、ナノプローブ、薬剤投与用化学的プローブ、光学的プローブアレイデバイスの実現を目指します。
玉田 篤史 (独)理化学研究所 脳科学総合研究センター 研究員 脳の構造的・機能的左右非対称性の解明 大挑戦型 3年  脳はマクロな構造としてはほぼ左右対称ですが、ヒトでは左大脳半球に言語機能が局在するなど、機能的には左右非対称です。ミクロなレベルで脳にどのような非対称構造があるのか、それがどのように機能的非対称性を生み出すのかという未解明の謎に、モーター分子による回転運動という斬新な視点から挑戦します。本研究は、高次精神機能の情報処理機構、精神・神経疾患の制御に関して重要な知見をもたらすと期待されます。
土谷 尚嗣 カリフォルニア工科大学 人文社会科学学部 日本学術振興会海外特別研究員 多電極同時記録データから高次認知機能を支える脳部位間の機能的つながりを解明する 通常型 3年  意識や注意などの高次認知機能は、短い時間スケールにおける、神経細胞集団間の「機能的つながり」の強さの変化によって支えられています。機能的つながりのメカニズムを明らかにするためには、高い時間解像度で多くの電極から同時に神経活動を記録し、それを解析しなければなりません。本研究では、多電極データを、電極Xから電極Yという情報の流れの方向性までを含めて解析し、膨大で複雑な多次元データを直感的に理解できるように視覚化し、統計処理する方法の開発を目指します。
徳田 崇 奈良先端科学技術大学院大学 物質創成科学研究科 准教授 光・電気マイクロチップによる高分解能ニューラルインターフェースとニューロ-LSI融合BMIの開発 通常型 3年  生体埋め込みLSI技術を用いて、光と電気によって神経細胞を刺激・計測できる多機能ニューラルインターフェースマイクロチップを開発し、革新的なBMI技術の実現を目指します。マイクロチップを用いたin vitroおよびin vivoでの新しいBMI技術を実証するとともに、チップ上の培養神経細胞システムとマイクロチップの演算機能をリンクさせた『ニューロ-LSI融合システム』の基礎メカニズムを探求・構築します。
春野 雅彦 玉川大学 脳科学研究所 グローバルCEO准教授 社会ダイナミックスの多様性を脳活動から読む進化型強化学習 通常型 5年  社会行動における個人差のメカニズムを記述する進化型強化学習モデルを構築します。このモデルでは社会行動に対して各人が持つデフォルトの好みと、戦略的思考による行動選択に対し遺伝と学習の2要因を考えベイズ統合することで、脳活動と社会ダイナミックスの観点から個人差を説明します。さらに、モデルをリアルタイム脳活動計測に応用し、各人の個性と脳活動の状況に応じた働きかけで行動の頻度を変えられるか見ることで因果性についても検討します。
細谷 晴夫 東京大学 情報理工学系研究科 講師 ベイジアンネットに基づく視覚皮質モデルと高次視覚野からの認知的情報の解読 通常型 5年  大脳皮質の視覚系は、階層的な組織構造によって、複雑な視覚認知を行っています。本研究では、そのような視覚系のモデルを「ベイジアンネット」という、確率論の強力な後ろ盾のある理論を用いて構築し、今まで未知な面の強かった高次の視覚野の性質をシステマティックに再現・予測します。さらにそのBMIの応用として、fMRIによる高次視覚皮質の活動記録から、見ている物に関する認知的な情報を解読する手法を考案します。
宮田 麻理子 東京女子医科大学 医学部 教授 末梢神経損傷によって誘導される上位中枢神経回路の改編と動作原理 通常型 3年  神経損傷によって上位中枢神経系では神経回路の配線と機能が変化することが知られ、その機構の解明は脳障害後の代償機能の解明や、脳機能回復に向けた新たな治療法の開発のために極めて重要です。本研究では遺伝子改変マウスを用いて触感覚求心性線維の体部位局在情報を可視化し、生体下で電気生理学的・解剖学的解析を同時に行うことで、末梢感覚神経損傷による上位中枢神経回路の改編原理とその動作機構を明らかにします。
森口 佑介 上越教育大学 大学院学校教育研究科 講師 脳情報の解読による幼児特有の認知的世界の解明 通常型 5年  子どもにしか知覚できない存在がいるという報告は、発達心理学の研究などから繰り返し指摘されています。しかしながら、大人には知覚できないことから、科学的に関心が払われることはありませんでした。本研究では、幼児を対象にした脳情報解読技術を確立し、その技術を駆使することで、これらの存在について科学的に検証することを目指します。この技術を応用し、言語が未発達な乳幼児の心理・生理状態の推定に役立てます。
矢尾 育子 関西医科大学 医学部 講師 質量顕微鏡法による神経伝達物質のイメージング 通常型 3年  本研究では、脳情報の時空間的制御の解明をコンセプトに、神経活動依存的な神経伝達物質の動態を明らかにします。神経伝達物質可視化のためのツールとして、質量顕微鏡法を取り入れ脳情報の可視化を行い、統合的な理解をはかります。この理解は、脳のはたらきの解明のみならず、神経伝達物質放出異常に関与する多くの神経疾患の治療への手がかりとなり、リハビリテーションなどに重要な新規のアプローチとなることが期待されます。
山田 真希子 (独)放射線医学総合研究所 分子イメージング研究センター 研究員 現実予測に基づく現実感喪失感覚の分子・神経メカニズム解明 通常型 3年  現実感喪失感覚とは、周囲の状況から現実味が失われるという奇妙な感覚です。本研究では、現実予測による感覚と実際に入力された現実感覚との間に生じる誤差感覚を現実感喪失感覚として捉えます。そして、神経活動と分子情報との関係を明らかにし、現実感喪失感覚の脳内メカニズム解明を目指します。

(五十音順に掲載)

<総評> 研究総括:川人 光男((株)国際電気通信基礎技術研究所 脳情報通信総合研究所 所長/ATRフェロー)

社会を構成する私達人間の日常活動は、こころの器官である脳の機能に大きく依存します。非侵襲脳活動計測手法、分子生物学的手法の導入や計算理論の進歩などが相まって、脳科学は今や医学や自然科学のみでなく、人文・社会科学とも協力し、社会生活のさまざまな側面を豊かにする応用分野を築きつつあります。本領域では、脳神経科学の基礎的研究と応用の互恵的進展のため、「新進気鋭の研究者が両者を良く理解し、創造的成果を上げる」ことのできる研究環境を提供したいと考えています。

本研究領域は「運動・判断の脳内情報を利用するための革新的要素技術の創出」を目的とし、脳科学の基礎的研究と、大きな社会貢献が期待される応用分野をつなぐ、「探索的研究や革新的技術開発」を対象にH20年度に発足しました。第1軸に計算・実験神経科学/工学/臨床医学/生物学/人文・社会科学/情報学など多方面の学問領域、第2軸に基礎的研究/実用的技術開発、第3軸にBMI/ニューロリハビリテーション/ニューロマーケティング/ニューロエコノミクス/ニューロゲノミクス/ニューロエシックスなどの応用分野をとり、この3つの軸に関し、学問分野、基礎/実用、応用目的のいずれについても、異なる背景と価値観を持つ研究者を広く求め、その間に知的で実り多い交流を促し、神経科学とその応用分野の良好な共進化の礎を築くことを目指してきました。

本年度も、広い分野から111件(3年型87件、5年型24件)と多くの応募があり、また大挑戦枠にも17件(上記と重複)の希望がありました。いずれも、第一線で活躍されている研究者の提案で、脳科学の新しい方向性を求める意欲的な内容が多く、上記3軸のいずれについても独創性の高いものが、数多くありました。領域アドバイザー12名の協力を得て、これらの応募課題の書類選考を厳正に行い、特に優れた研究課題30件に対して面接選考を行いました。最終的に、通常型11件(内女性研究者4名)の選考と、大挑戦型3件の推薦を行いましたが、大挑戦型審査会における審査の結果、大挑戦型は1件が採択されました。審査に当たっては、応募課題の利害関係者の関与を避け、他制度の助成金なども留意し、公平・厳正に行いました。書類・面接選考に際しては、研究構想、計画性、戦略目標への適合性などの観点の他、基礎的課題に対し科学的水準、応用的課題について実用化の具体性を考慮しました。特に独立を目指す研究者の育成を図る意味で、新分野を切開く独創性とチャレンジ性を重視しました。

本領域の公募は本年度が最終でありますが、これまで多くの研究者から広い専門分野にわたり基礎/応用、実験科学/理論科学の融合を図った研究課題のご提案をいただいたことに感謝します。採択人数に限りがある中で、多くの優れた研究提案を採択できなかったことが誠に残念でありますが、脳科学を担う人材の育成には今後とも機会あるごとに努めたいと考えております。