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別紙2

平成22年度(第1期) 新規採択研究代表者・研究者および研究課題の概要

さきがけ

戦略目標:「細胞リプログラミングに立脚した幹細胞作製・制御による革新的医療基盤技術の創出」
研究領域:「エピジェネティクスの制御と生命機能」
研究総括:向井 常博(佐賀大学 名誉教授)

氏名 所属機関 役職 研究課題名 研究型 研究
期間
研究課題概要
飯田 哲史 情報・システム研究機構 国立遺伝学研究所 助教 Immortal DNA機構解明への挑戦 通常型 3年  染色体複製によって生じた姉妹染色体のうち一方の鋳型DNA鎖に由来する染色体を特異的に選択する染色体分配は、しばしば非対称な細胞分裂で観察され、幹細胞における細胞の分化や老化抑制の制御に関与している可能性が考えられます。本研究では酵母をモデルとして、さまざまな生物種に応用可能な染色体の鋳型DNA鎖同定技術を確立し、鋳型DNA鎖選択型の染色体分配を制御する新しいエピジェネティクス制御機構の解明をめざします。
磯野 協一 (独)理化学研究所 免疫器官形成研究グループ 上級
研究員
細胞運命に関わるポリコーム群制御の切り換え機構 通常型 3年  クロマチンの高次構造に影響を与えるポリコーム群タンパク質は多くの分化関連遺伝子を抑制します。そのポリコーム群による抑制とその解除は細胞運命の決定に必要ですが、その分子制御機構は十分に理解されていません。本研究では、生細胞内で形成されるポリコーム群構造体に注目し、その形態変化によるポリコーム群の制御機構と、その形態変化が分化シグナルによって誘導されることを解明します。
岩田 淳 東京大学 大学院医学系研究科 特任
准教授
神経変性疾患における系統的網羅的エピジェネティクス解析 大挑戦型 3年  ヒトの脳は生まれたときから持つ遺伝情報設計図を利用して、常に最適化しながらダイナミックに変化しつつ成長しますが、その過程でどのように設計図を利用しているか、その内容自体に変化はないのか等、その機構は全く不明です。本研究では、老化や成長過程における設計図のエピジェネティックな変化や異常が、アルツハイマー病やパーキンソン病といった神経変性疾患の発症原因と関係するのではないとかという仮説を立て、その検証をめざします。
菅野 達夫 アイルランド国立大学 ゴールウェイ校 自然科学部 リサーチ・アソシエート RNAシグナルを介したDNAのメチル化の分子機構の解明 通常型 3年  植物はRNA分子を介してその塩基配列と相補性を持つDNA領域にDNAのメチル化を導入し、遺伝子発現を制御する機構を持っています。しかし、現在のところ、RNA分子がどのような分子機構によってメチル化の対象となるDNA領域を見つけるのか不明です。本研究では、遺伝学的手法を用いてRNA分子がメチル化の対象となるDNA領域を見つけるために必要なタンパク質因子を同定し、その分子機構の解明をめざします。
北野 潤 東北大学 大学院生命科学研究科 助教 エピジェネティクス制御の多様性と進化 通常型 3年  表現型可塑性や性染色体転座は、ヒトにおいても見られる普遍的な現象です。本研究では、トゲウオ科魚類のイトヨをモデル生物として、表現型可塑性のエピジェネティクス機構、さらに、性染色体転座がエピジェネティクス制御に与える影響を明らかにし、エピジェネティクス制御の集団間変異の適応的意義と進化遺伝機構の解明をめざします。
近藤 豊 愛知県がんセンター研究所 分子腫瘍学部 室長 がんの組織多様性に関わるエピジェネティクス可塑性とその制御機構 通常型 3年  固形がんは腫瘍内で組織多様性を示すことが多く、高い転移・浸潤能を持った細胞が存在すると治療上で大きな問題となります。本研究では、組織多様性を獲得する機序ががん細胞の可塑性(柔軟性)に起因すると考え、臨床検体およびマウスモデルを用いて、発がんの早期からがん細胞の可塑性を制御するエピジェネティクス機構について解析します。さらにその分子基盤を標的とした小分子化合物を同定し、革新的ながん治療法の確立をめざします。
齋藤 都暁 慶應義塾大学 医学部 講師 小分子RNAによるエピゲノム形成の分子機構 通常型 3年  多細胞生物のゲノムは膨大な転移因子に占められています。転移因子はその名前が示すようにゲノム内を転移することでコピー数を増大させます。生物はゲノムにとって脅威となる転移因子を抑制する機構を持っており、最近、小分子RNAが転移因子の抑制過程に関与することが発見されました。本研究ではモデル動物としてショウジョウバエを用い、小分子RNAによる転移因子の抑制機構を分子レベルで解明します。
夏目 やよい 京都大学 化学研究所 特定
研究員
発生を制御するヒストン修飾動態のin silico解析 通常型 3年  DNAを巻き取っているヒストンには、遺伝子の働きを調節するために様々な物質が結合(修飾)します。近年、ヒストン修飾には非コードRNAが関わっていることがわかってきました。本研究では、ショウジョウバエの卵から成虫になる段階においてヒストン修飾がどのように変化していくのか、非コードRNAがどのように関わっているのか、その変化が発生をどのように調節しているのかを情報科学の手法を用いて網羅的に明らかにします。
西村 泰介 ジュネーブ大学 植物学科 上級
研究員
DNA メチル化の下流で働く作用メカニズムの解明 通常型 3年  DNAメチル化は動物と植物で共通に観察されるクロマチン修飾の一つで、遺伝子の発現を制御することが知られています。しかしDNAメチル化がどのようにクロマチン構造を変化させて、遺伝子の発現を制御するのか、その機構はほとんど明らかにされていません。本研究では、植物を研究材料とした遺伝学的アプローチによって単離された突然変異体を用いて、DNAメチル化の下流で働く因子を同定し、その作用メカニズムの解明をめざします。
長谷 耕二 (独)理化学研究所 免疫系構築研究チーム 上級
研究員
腸内共生系におけるエピジェネティックな免疫修飾 通常型 3年  免疫系は最も高度に発達した高次生命システムの一つです。近年、免疫系の成立においてエピジェネティックな制御が必須な役割を果たすことが明らかになりつつありますが、その仕組みには不明な点が数多く残されています。本研究では共生細菌による免疫エピゲノム修飾機構を明らかにすることで、免疫関連疾患の病態解明と治療技術の確立へ向けた分子基盤の構築をめざします。
堀 哲也 情報・システム研究機構 国立遺伝学研究所 助教 セントロメアを規定する新規エピジェネティックマーカーの探索と同定   通常型 3年  細胞分裂において生物が正確な染色体分配を行うためには、セントロメアが重要な働きを担います。セントロメアの形成は、DNA配列に依存しない、エピジェネティックな分子機構によると考えられています。しかし、何を目印に多数のセントロメアタンパク質がセントロメア領域へ集合しているのか不明です。本研究では、セントロメアを規定する目印を探索・同定し、セントロメアの形成メカニズムの解明をめざします。
牧 信安 デイトン大学 生物学部 シニア
・リサーチフェロー
両生類の再生を支えるエピジェネティクス機構の解明と応用 通常型 5年  イモリなどの両生類は我々と同じ脊椎動物であるにもかかわらず、高い再生能力を持ち、体のほとんどの組織を再生できます。この高い再生能力は、脱分化・分化転換などのユニークな生命現象によって支えられています。本研究では、両生類の再生機構をエピジェネティックな視点で解明し、再生医療への応用をめざします。
山口 雄輝 東京工業大学 大学院生命理工学研究科 准教授 哺乳類細胞を用いたヒストンの逆遺伝学的解析技術の開発 通常型 3年  ヒストンは多様な化学修飾を受けます。この化学修飾がエピジェネティックな情報を担っていると考えられますが、化学修飾を施す酵素群の研究は進む一方、化学修飾を受ける側のヒストン残基自体の機能解析は、技術的な理由により立ち後れています。本研究では、哺乳類細胞のヒストン残基一つ一つの機能を明らかにする新しい実験系の開発を行い、エピジェネティクス研究を強力に推進する基盤技術の確立をめざします。

(五十音順に掲載)

<総評> 研究総括:向井 常博(佐賀大学 名誉教授)

昨年から始まったこの領域の研究分野として、以下を提案しています。

1)さまざまなモデル生物を用いてエピジェネティクスの制御機構をいろいろな角度から追求し、明らかにする。2)エピジェネティクスの個体差・多様性を探ると共に、エピジェネティクスの異常に基づく疾患の解析を行う。3)エピジェネティクスの解析や制御に資する技術の開発を行う。

今回の募集において154件の提案がありました。3年型が122件、5年型が32件、その中で大挑戦型の提案は29件でした。研究分野の応募内訳を見てみますと、1)基盤研究が約68%、2)エピジェネティクスの多様性・疾患が16%、3)技術開発が16%でした。書類選考を経て面接選考には25件が選ばれました。最終的には面接選考と大挑戦型審査を経て13件が確定しました。選ばれた課題をみますと、昨年はヒストンコード関係が半数以上を占めていましたが、今年は様変わりで多種多様な課題が選ばれ、エピジェネティクス研究の幅が広がってきた印象を受けました。そのうちの8件が基盤研究、3件が多様性・疾患研究、2件が技術開発でした。いくつか目新しいものについて説明しますと、幹細胞などの非対称な細胞分裂を行う染色体の鋳型DNA鎖の同定技術の開発、DNAメチル化にかかわる新たな課題、小分子RNAによるエピゲノム形成機構、環境が異なる集団間の多様性について、再生とリプログラミングの問題など、いろいろなモデル生物を使った多様な課題が選ばれました。また、大挑戦型課題として、神経変性疾患のエピジェネティクス解析が1件選ばれました。

選考に当たっては、研究の独創性、ブレークスルーを感じさせるもの、世界での競争力のあるものなどを重視しました。当然のことですが、エピジェネティクスの発展にどれだけ貢献していただけるのかという原点を再確認して選考に当たりました。中には優れた業績を背景に提案されているものの、提案の趣旨はエピジェネティクスがメインというより付け足しという提案が多くありました。今後はよりエピジェネティクスに沿った提案を希望します。また、さきがけの趣旨として当然ですが、提案者がどれだけ主導権を持って研究を進めることができるのかという点にも配慮しました。

今回の選考で気づいたことは次の3点です。(1)5年型については、期間の妥当性について再考ください。5年間の大まかなスケジュールが必要です。(2)大挑戦型の提案は、それにより新たなパラダイムが広がるという視点が必要です。(3)応募に当たって、提案の手がかりとなる予備的データは必要です。

新しい二期生を迎えるにあたり、今後一期生との間で積極的な意見交換、共同研究が進むことを期待しています。