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別紙2

平成22年度(第1期) 新規採択研究代表者・研究者および研究課題の概要

さきがけ

戦略目標:「神経細胞ネットワークの形成・動作の制御機構の解明」
研究領域:「脳神経回路の形成・動作と制御」
研究総括:村上 富士夫(大阪大学 大学院生命機能研究科 教授)

氏名 所属機関 役職 研究課題名 研究型 研究
期間
研究課題概要
安部 健太郎 京都大学 大学院生命科学研究科 助教 後天的な音声コミュニケーションの神経機構とその発達メカニズムの解明 大挑戦型 3年  鳴禽類はヒトと同様に、音声によるコミュニケーション能力を後天的に獲得します。本研究では、鳴禽類が音の並びを指標に音声情報を識別する能力の情報処理メカニズム、およびそれを可能にする神経メカニズムとその発達のメカニズムを明らかにすることにより、ヒトの言語理解など、高度音声情報処理に関わる神経メカニズムの生物学的基盤を明らかにすることを目的とします。
大森 義裕 (財)大阪バイオサイエンス研究所 発生生物学部門 副部長 繊毛が神経回路形成・維持・機能発現に果たす役割とその分子メカニズム 通常型 3年  繊毛は、細胞の表面からアンテナのように突き出した構造で、外部の情報をキャッチするセンサーとして働きます。本研究では、神経回路の形成・維持と視床下部における摂食行動の制御をテーマとして、繊毛が神経系で果たす役割を明らかにします。本研究により、神経細胞の繊毛が情報入力装置として働くメカニズムを解明し、繊毛異常が引き起こす病態である神経変性疾患、肥満、糖尿病などの診断や治療法の確立につなげることを目指します。
久場 博司 京都大学 大学院医学研究科 准教授 聴覚神経回路での入力依存的な神経活動制御 通常型 5年  神経活動は神経回路の形成、維持、最適化に重要だと考えられていますが、その詳細は明らかでありません。本研究では、構造と機能が明確な脳幹の聴覚神経回路において、神経活動の発生部位である軸索起始部の変化として生じる新規の神経可塑性のメカニズムと機能的意義を調べることにより、特定の神経回路機能が入力依存的に獲得され、維持される分子・細胞基盤を明らかにします。
小宮山 尚樹 カリフォルニア大学サンディエゴ校 神経生物学部門 アシスタント プロフェッサー 大脳皮質の微少回路の学習に関連した可塑性 通常型 5年  私たちの行動は、個々の神経細胞の調和の取れた活動の下に成り立っています。神経細胞の活動を決定する重要な単位の一つは、神経細胞同士が数百μmの中で複雑な回路を形成する微少回路です。しかし、微少回路が学習行動中にどのように活動し、変化するのかは、ほとんど分かっていません。本研究では、微少回路の学習に関連した可塑性を分子レベル、細胞レベルで解明します。
佐藤 純 金沢大学 フロンティアサイエンス機構 特任准教授 ショウジョウバエ視覚系における機能的な神経回路形成機構の解明 通常型 3年  ショウジョウバエ視覚中枢は産生順と相関した多様な神経細胞の産出、細胞移動を伴う層構造・カラム構造形成など、ほ乳類の脳においてもみられる神経発生の様々な重要な要素を合わせ持ちます。さらに高度な神経遺伝学的ツールが利用可能であり、行動実験によって神経回路の機能を解析することが可能な優れたモデル系です。このようなハエ視覚中枢の特徴を利用して、機能的な神経回路が形成されるメカニズムを明らかにします。
山東 信介 九州大学 稲盛フロンティア研究センター 教授 神経伝達物質の動的分子挙動解析を実現する革新的技術の開発 大挑戦型 3年  脳神経回路は電気化学応答によって支配されていますが、これを誘起・制御する事象として神経伝達物質が媒介する細胞間相互作用があります。電気化学応答を計測するための手法は革新的な進歩を遂げていますが、そのプロセスである神経伝達物質の挙動を追跡することは現状でもほとんど実現できていません。本研究では、分子レベルでの神経回路動作機構の理解に向け、神経伝達物質のリアルタイム解析を可能にする革新的技術開発に挑戦します。
杉山 清佳 新潟大学 医歯学系 准教授 臨界期を制御するホメオ蛋白質の新しい役割 通常型 3年  子どもの脳の成長過程には、経験に応じて回路が作られる「臨界期」という特別な時期があります。臨界期に作られた回路は生涯個性として保たれることから、幼いころの体験・経験が重要視され、幼児教育の対象にもなっています。本研究では、脳細胞の発達・成熟により臨界期が制御される仕組みを明らかにしていきます。大人の脳で安全に臨界期を活性化することができれば、回路の再構築などの治療法の開発に貢献すると期待されます。
竹林 浩秀 熊本大学 生命科学研究部 准教授 脳の左右非対称性形成機構とその生理学的意義の解析 通常型 3年  脳の機能に左右差があることは広く知られています。例えば、ほとんどの人は、言語を司る中枢が左半球にあります。また、利き手は約9割が右です。しかし、これまで脳の左右差形成メカニズムはほとんど知られていませんでした。本研究は、新規の脳左右差を可視化する遺伝子改変マウスを用いて、脳の左右非対称性の形成機構を明らかにします。さらに、行動解析を通して脳の非対称性の生理学的意義の解明を目指します。
竹本‐木村 さやか 東京大学 大学院医学系研究科 助教 リン酸化による大脳辺縁系情動回路修飾機構の解明 通常型 3年  ストレスなどの外界刺激に応じて情動行動が変化する際、脳内の神経細胞ではどのような変化が起きているのでしょうか?本研究では、情動を担う大脳辺縁系に多く存在するタンパク質リン酸化酵素に着眼し、回路修飾過程を分子的な側面から解明します。更に、情動回路を標識する遺伝子改変マウスを新たに作出し、最先端の分子脳科学の手法を用いて回路理解の推進を目指します。
田中 暢明 京都大学 大学院医学研究科 研究員 脳の内的環境を制御する神経伝達機構 通常型 3年  動物の脳は、個体の気分などに応じて、たとえ同じ刺激入力が入っても、異なる感覚、行動や情動を引き起こします。個体の気分などには、モノアミンや神経ペプチドなどの神経伝達物質の出力の関与が示されています。本研究は、ショウジョウバエの遺伝学的手法を駆使して、こうした伝達物質の感覚情報処理における役割を明らかにし、曖昧に「気分」とくくられてきた脳の内的環境がどのように生み出されているのかを調べることを目的とします。
戸島 拓郎 (独)理化学研究所 脳科学総合研究センター 研究員 神経軸索ガイダンスを制御する普遍的シグナル伝達の時空間解析 通常型 3年  複雑かつ精緻な神経回路網を構築するために、神経突起先端部に現れる成長円錐は、細胞外環境に呈示される多種多様な軸索ガイダンス因子に導かれて正しい標的まで辿り着きます。本研究では、成長円錐が生体内で複数のガイダンス因子の異なる空間情報を統合する細胞内シグナル伝達メカニズムを解明します。さらに、そのシグナルを自らの適切な運動性に変換し、正確な経路選択や軸索分枝を行うための普遍的な仕組みを解明します。
中村 渉 大阪大学 大学院歯学研究科 特任
准教授
自発行動リズムを制御する体内時計神経回路基盤の解明 通常型 3年  私たちは、視床下部・視交叉上核におよそ一日の周期を刻むサーカディアン時計を備えています。一方、睡眠や食事に関連する生理機能には数時間周期で変動するウルトラディアンリズムがあることが知られているものの、その制御機構は明らかではありません。本研究では、そのウルトラディアンリズム機能神経回路機構を同定します。一日のリズムとともに、さらに細分化したタイミングを制御する体内時計を理解することで、心身の健康な生活タイミングを明らかにします。
名越 絵美 ベルン大学 細胞生物学研究所 グループリーダー 行動の概日リズムを制御する神経回路構築の分子基盤 通常型 5年  外界の環境や体内の生理状態に適した行動を発現することは動物個体の生存に不可欠ですが、行動を制御する脳内の神経回路の動作原理のほとんどは謎に包まれています。本研究では、比較的簡単な神経系を持ちながら、人間にも共通する多様な行動を示すショウジョウバエを用い、睡眠覚醒のパターンに代表される行動の日周リズム(概日リズム)を制御する神経回路の動作原理と形成の分子機構の解明を目指します。
林 朗子
(高木 朗子)
東京大学 大学院医学系研究科 特任助教 光遺伝学を用いた前頭前野シナプスと個体レベル行動との関連解析 通常型 3年  前頭前野は高次脳機能の中枢であり、様々な精神疾患の責任部位と考えられていますが、分子レベルでの調査が遅れています。本研究では、疾患関連遺伝子操作をウイルスを用いて前頭前野特異的に行い、経時的in vivoスパインイメージングと前頭前野関連行動解析を行います。さらに各種光遺伝学プローブを用いて同領域スパインを特異的に操作し、行動変化の誘発を試みることにより、スパイン形態と個体レベルの行動との因果関係を示します。
水谷 健一 同志社大学 高等研究教育機構  特任
准教授
大脳皮質細胞構築における血管発生制御機構の意義 通常型 3年  発生過程の大脳皮質実質に形成される微小血管の発生が、神経幹細胞の時間特性・領域特性と如何に同期的に進行し、結果として高度に秩序立った大脳皮質細胞構築、および神経回路構築を可能とするのかについて、その分子機構の解明を目指します。本研究による神経幹細胞の運命制御機構に関する新たな視点が、内在性神経幹細胞・内在性血管内皮前駆細胞を利用した中枢神経系の再生医学の実現に寄与することが期待されます。

(五十音順に掲載)

<総評> 研究総括:村上 富士夫(大阪大学 大学院生命機能研究科 教授)

本研究領域は、脳の統合的理解を目指し、新たな視点に立って脳を構成する神経回路の形成やその動作原理ならびにその制御機構の解明に挑戦する研究を対象としています。具体的には、神経回路や脳の機能単位である神経核・層構造の形成、領域や神経細胞の特異性の獲得、単一神経細胞における情報処理、神経細胞間の情報伝達やその可変性、神経細胞のネットワークとしての機能発現や可変性、さらには複雑なネットワークの集合体である領域・領野等の形成機構および動作原理、ネットワークの制御機構の研究であり、またグリア細胞などに関わる研究、さらにこれらの分野の飛躍的発展につながるような革新的技術の創出も含まれます。選考に当たっては多様な分野と方法論、また多様な研究者を糾合することにより、相乗効果も目指します。

2回目となる本年度の公募には幅広い分野から210件の応募があり、ユニークなアイデア、意欲的な研究計画、新技術の開発なども数多く見受けられました。これらの研究提案について神経科学の広い分野にわたる13人の領域アドバイザーのご意見を求め、それに基づく書類選考会での検討を経て、特に優れた研究提案33件(5年型9件、3年型24件)を選びだし、これらの提案者に対して面接選考を行いました。発表と質疑応答の内容に関する領域アドバイザーのコメントも参考にして、最終的に13件(5年型3件、3年型10件)を採択致しました。これらとは別に大挑戦型課題として、トリの歌学習と歌識別文法の神経機構、および神経伝達物質のリアルタイムイメージング技術開発の提案2件が採択されました。

審査に当たっては、応募者と利害関係にある評価者の関与を避け、他制度による助成とその対象課題にも留意し、公平な判断を期しました。書類・面接選考では、研究構想の意義、研究計画の妥当性、準備状況と提案課題の実現性を考慮し、またさきがけの趣旨に照らして、研究課題とその実施体制の独立性、ならびに新課題への挑戦性を重視しました。

採択課題は、方法論的には遺伝子・分子・細胞から組織・生理・行動にわたり、扱う脳の部位も網膜から大脳皮質、視床下部、扁桃体、脊髄など、技術的には光刺激法、イメージング、遺伝子改変マウスなどを含み、実験動物としてはマウス、ショウジョウバエ、ニワトリ、ジュウシマツなどを用います。

今回は女性研究者による提案も4件が採択され、また採択課題の実施場所も、金沢、新潟、福岡、熊本に広がり、さらに米国とスイスが加わりました。

今回採択できなかった提案にも優れたものが数多くあり、絞り込み審査はたいへん困難な判断でした。準備実験の補充などの提案書のさらなる改良により、次年度の機会が生かされるよう期待します。

神経科学は広範にわたるため、「脳情報」や「生命システム」をはじめとするさきがけの他の領域にも連続する部分が少なくありません。これらの領域との研究者の相互交流をはじめ領域内外の交流を、関係者の理解と支援を得ながら、進めてゆきたいと考えております。