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別紙2

平成22年度(第1期) 新規採択研究代表者・研究者および研究課題の概要

さきがけ

戦略目標:「異分野融合による自然光エネルギー変換材料及び利用基盤技術の創出」
研究領域:「光エネルギーと物質変換」
研究総括:井上 晴夫(首都大学東京 戦略研究センター 教授)

氏名 所属機関 役職 研究課題名 研究型 研究
期間
研究課題概要
伊福 健太郎 京都大学 大学院生命科学研究科 助教 安定デバイス創製に向けた光合成光反応制御機構の解明 通常型 3年  光合成の初発段階において、光化学系II色素タンパク質複合体が行う水分解-酸素発生反応は、地球上の光エネルギー/物質変換を支える最も重要な反応です。一方で、光化学系IIは水を酸化する激しい酸化力を生じるため、とても不安定な側面も有しています。本研究は、植物が持つ光化学系IIを適切に制御し、安定化するメカニズムを分子レベルで解明し、光合成酸素発生反応を人為的に利用するための基盤を築くことを目指します。
熊崎 茂一 京都大学 大学院理学研究科 准教授 油生産緑藻の葉緑体と細胞全体の生理との相関を見る多角的顕微分光分析 通常型 3年  光と無機栄養のみで育つ微細藻類から燃料が生産できれば環境調和型で永続的なエネルギーが得られます。しかしながら、ライフサイクル全体のエネルギー収支は未だマイナスであり、微細藻類の油生産能力を最大限に引き出す必要があります。本研究では、細胞内部で進行する油生産とそれを支える葉緑体活動を多角的に調べられる顕微分光システムを開発し、藻類研究に利用していきます。効率的なバイオ燃料生産に役立つ細胞利用法の開発を目指します。
栗栖 源嗣 大阪大学 蛋白質研究所 教授 複合体解析による光合成エネルギー変換の完全理解 通常型 5年  水素発生などの有用酵素反応について、光合成のエネルギーを使って駆動するモデル細胞を設計出来れば、有用物質を高収率で生産することが可能となります。しかし、モデル細胞の人工創成には、エネルギー変換に関連した代謝反応ネットワーク全体を原子レベルで理解する必要があります。本研究では、「有用酵素反応を光駆動するモデル細胞創成にむけ、複合体解析による光合成レドックス代謝ネットワークの完全理解」を目指します。
定金 正洋 広島大学 大学院工学研究院 准教授 分子性酸化物を用いた高効率な水の完全酸化触媒の創生 通常型 3年  太陽光を用いて水を水素と酸素に分解する反応は、真にクリーンな水素エネルギーを得る究極の方法です。この反応を効率よく進めるための今一番の課題は水から酸素への酸化反応の効率の向上です。ポリオキソメタレートとよばれる分子性金属酸化物は高い酸化安定性と有機錯体のように自在に分子構造設計が可能であるという特徴を兼ね備える酸化触媒として優れた材料です。この特徴を活かし高効率な水酸化反応触媒の創生に挑みます。
杉浦 美羽 愛媛大学 無細胞生命科学工学研究センター 准教授 光合成による高効率エネルギー変換と水の酸化機構の解明 通常型 5年  植物やラン藻などは、光合成によって非常に高い効率で太陽光エネルギーを化合物の形で貯蔵し、同時に水を酸化して酸素を放出して、地球上の全ての好気的生物の生存を支えています。しかし、光合成のしくみについては不明な点が多く、これを分子レベルで理解することは、環境とエネルギーの問題の解決を考える上でとても重要です。本研究では、光合成による高効率なエネルギー変換と水の酸化のしくみを明らかにすることを目指します。
坪井 泰之 北海道大学 大学院理学研究院 准教授 光アンテナにナノ粒子や分子を集める・観る・反応させる 通常型 3年  プラズモニック・ナノギャップ(光ナノアンテナ)は、光捕集機能だけでなく、増強輻射力による物質(ナノ粒子・分子)の捕捉機能も有しています。本研究では、光ナノアンテナにおいて 「光子」と「反応する物質」を同時に同じナノ空間に局在した状態を作り出し、相互作用(反応物質の光吸収)のチャンスから光反応の効率までを飛躍的に増大できるような、全く新しい概念に基づく高効率な光反応システムの構築を目指します。
永島 賢治 首都大学東京 大学院理工学研究科 准教授 光合成で駆動する新しい生物代謝 通常型 3年  光合成電子伝達で働くクロロフィルは基本的に強い酸化剤ですが、光エネルギーを吸収すると強い還元剤として働き、電子伝達反応を駆動するポンプとして機能します。本研究では、遺伝子操作によりこの光駆動ポンプからの電子流に分岐を作り出し、水素の発生や窒素酸化物の還元など生物由来のエネルギー代謝経路と新しいリンクを作ることを目指します。光エネルギーを利用した有用物質の生産や環境浄化を目指します。
野口 秀典 (独)物質・材料研究機構 国際ナノアーキテクトニクス研究拠点 研究員 光エネルギー変換過程における固/液界面構造のその場計測 通常型 3年  光エネルギー変換反応の多くは、固体と溶液の界面で進行しています。しかし、これまで溶液層の存在により界面の構造や反応を詳細に調べることは困難でした。本研究では、「光」を使った界面選択的な分光法を適用することで、固/液界面の電子構造、分子構造、さらには反応の素過程に関する情報を「その場」で得る手法の開発を行います。この手法により光エネルギー変換反応の高効率化へ向けた材料設計指針の確立を目指します。
舩橋 靖博 名古屋工業大学 大学院工学研究科 准教授 籠型分子の内部に展開する光―物質変換機能触媒の創出 通常型 5年  「籠」状の分子内部に、遷移金属イオン、補助配位子、補酵素分子などを組み込み、光エネルギーを利用した物質変換システムに寄与する分子性触媒群を構築します。籠分子の中に閉じ込めることで、酸化還元を行う反応活性中心が、構造変化しながらも散逸せずに協同的に働く状況を維持できます。光励起を利用した水素発生と酸素発生、温室効果ガスの還元、燃料アルコールの酸化や、酸素の4電子還元を行う触媒を創出します。
堀田 純一 ルーヴェン・カトリック大学 化学科 上級博士研究員 超解像蛍光顕微鏡による珪藻のバイオミネラリゼーションの解析 通常型 3年  光合成生物である珪藻における、ナノ構造を有するシリカ被殻の形成(バイオミネラリゼーション)を、光の回折限界を超えたナノスケールの解像度を持つ3次元超解像蛍光顕微鏡により解析し、そのメカニズムを明らかにします。さらに、蛍光性シリカ被殻を創製してナノ光デバイス等への応用を検討し、太陽光エネルギーによるナノデバイスの直接生産や、二酸化炭素の吸収を伴う有用資源回収法としての可能性を探ります。
前田 和彦 東京大学 大学院工学系研究科 助教 表面バンドエンジニアリングによる高性能水分解光触媒の創生 通常型 3年  半導体微粒子の光触媒作用を利用した水の分解反応は、クリーンな水素エネルギーを作り出すための究極の反応として注目されています。本研究では、光触媒粒子の表面欠陥制御を通じて、水分解反応に重要な役割を果たす表面バンド構造の最適化を図り、可視光で高効率に水を分解できる光触媒系の構築を試みます。ひいては、将来の太陽エネルギーを利用したクリーンなエネルギー生産システムの構築に資する新技術の創生を目指します。
村橋 哲郎 大阪大学 大学院工学研究科 准教授 光化学的手法による天然有機色素の金属バインディング機能創出 通常型 3年  共役ポリエン系有機色素は、動植物中に広く存在する重要な光機能性分子です。本研究では、光化学的手法を用いることにより、共役ポリエン系有機色素が1分子あたり複数個の金属原子をバインドする能力を持つことを実証することに取り組みます。また、新しく創製した共役ポリエン系色素-多核金属複合化合物の反応性、光応答性、レドックス応答性などの性質を解明することを目指します。
山崎 仁丈 カリフォルニア工科大学 材料科学学科 上級博士研究員 太陽光と新規酸素吸収酸化物を用いた燃料生成 大挑戦型 5年  本研究では、太陽光と新規酸素吸収酸化物を用いて水素、合成ガス、メタンおよびメタノールなどの燃料生成を目指します。酸素吸収酸化物の周りに酸素があるとその酸素を吸収しますが、水蒸気が存在する場合には水蒸気から酸素のみを吸収し水素を生成します。本研究では、この方法による燃料製造の高効率化に必要な酸化物特性を熱力学的および速度論的に調べ、その高効率化を目指します。

(五十音順に掲載)

<総評> 研究総括:井上 晴夫(首都大学東京 戦略研究センター 教授)

本研究領域では、人類にとって理想的なエネルギー源である太陽光による広義の物質変換を介して、光エネルギーを化学エネルギーに変換・貯蔵・有効利用し得る高効率システムの構築を目指した独創的で挑戦的な研究を対象としています。

具体的には、半導体触媒や有機金属錯体による光水素発生、二酸化炭素の光還元、高効率な光捕集・電子移動・電荷分離・電子リレー系、光化学反応場の制御、水分子を組み込んだ酸化還元系、ナノテクノロジーを駆使した光電変換材料、高効率光合成能を有する植物、藻類、菌類などの利用技術、光を利用したバイオマスからのエネルギー生産、光合成メカニズムの解明などが含まれます。光化学、有機化学、材料科学、ナノテクノロジー、バイオテクノロジーなど幅広い分野から、将来のエネルギーシステムへの展開を目指した革新的技術に新しい発想で挑戦する研究を対象としました。

本研究領域は平成21年度から発足しましたが、極めて多岐にわたる研究分野において、大学院博士後期課程の学生を含む20~60歳代の幅広い年齢層から計115件の応募があり、競争率は約10倍となりました。人工光合成、分子認識・自己組織化、高効率太陽光発電材料・素子・電池、光エネルギー変換・捕集、光増感、先端機能デバイス、カーボンナノチューブ・フラーレン、金属ナノ構造、微細加工、触媒反応、光触媒、水素、金属錯体、二酸化炭素還元、酸素発生、再生可能エネルギー、環境対応、生体機能利用、植物、バイオマス、代謝解析、微生物、光合成細菌、細胞・組織、発生・分化、糖、タンパク質、核酸、酵素、遺伝子、ゲノムなどをキーワードとする多くの研究課題が提案されました。応募者の研究機関は、ほとんどが大学ですが、13件が他の公的・民間の研究機関、その中でも2件が海外の研究機関からの提案でした。なお、日本の研究機関に所属する外国人による提案も5件(うち1件は英文)ありました。これら多くの研究提案を11名の領域アドバイザーの協力を得て厳正な書類選考を実施し、特に優れた研究提案33件について面接選考を行いました。

選考に当たっては、これまでの研究実績というよりは研究者の個性「ひと」を重視した研究提案に最重点を置きました。提案の新規性、独創性はもちろん研究計画の発展性に加え、これまでに蓄積された科学・技術やその組み合わせを超えて、将来のエネルギー問題解決のブレークスルーとなる可能性を秘めた挑戦的な研究提案を特に重視し、できるだけ多面的な評価を心がけ選考いたしました。

採択された研究課題は、最終的に通常型として研究期間5年型が3件、研究期間3年型が9件、さらに大挑戦型として研究期間5年型が1件、計13件となり、海外研究機関での研究も採択されました。今回採択されたこれら研究課題は、本領域として推進するに十分値する独創性の高い挑戦的な研究提案です。

ブレークスルーは一般には予測しないところから出てくることが多いことは科学の歴史が示しています。「さきがけ」研究の趣旨である研究者の個性「ひと」を重視した研究提案を期待していますので、来年度においてもぜひ積極的に応募していただきたいと思います。