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科学技術振興機構報 第728号

平成22年4月15日

東京都千代田区四番町5番地3
科学技術振興機構(JST)
Tel:03-5214-8404(広報ポータル部)
URL http://www.jst.go.jp

たんぱく質が作られる過程を1分子レベルで可視化に成功

―抗生物質の薬剤反応機構の理解に貢献も―

JST 課題解決型基礎研究の一環として、JST さきがけ研究者で、米国スタンフォード大学で研究を行っている上村 想太郎 研究者らは、リボソームによってたんぱく質が作られる過程を、蛍光シグナルによって1分子レベルで直接可視化することに初めて成功しました。

リボソームは全ての細胞中に存在する分子で、DNAの遺伝情報がmRNAへと転写された後、その遺伝情報に沿って、tRNAが運ぶアミノ酸をつなげる反応を担っています(図1)。こうした、mRNAの遺伝情報からアミノ酸鎖が作られる過程(翻訳と言います)の研究は、生命の基本原理を知ることにつながります。しかし、翻訳過程の詳細については、未解明の部分が多く残されていました。

上村研究者らは今回、リボソームにおけるたんぱく質の翻訳過程を調べるために、特殊なZero-mode waveguides法注1)(ZMW法)(図2)を応用して1分子蛍光イメージングを行いました。ZMW法は従来法における限界のおよそ50倍濃い蛍光分子濃度であっても測定できるため、細胞内にほぼ近い濃度条件で分子の振る舞いを調べることが可能となります。その結果、本来の環境下でリボソーム1分子にtRNAがどのタイミングで結合・解離するかといったモデルを、世界で初めて直接的な実験から明らかにすることに成功しました(図3)。また、翻訳過程を阻害することで細菌の増殖を抑制することが知られているフシジン酸やエリスロマイシンが、実際に翻訳阻害している状態を可視化することにも成功しました。今回得られた知見によって生命の根幹を担う現象に迫ることができると同時に、抗生物質の薬剤反応機構をより正確に知ることで新しい抗生物質の開発への応用も期待できます。

本研究成果は、上村研究者が米国スタンフォード大学のジョセフ・プグリシ教授らのグループを拠点とし、米国パシフィックバイオサイエンス社(Pacific Bioscience)注2)との共同研究によって得たもので、2010年4月15日(英国時間)発行の英国科学雑誌「Nature」に掲載されます。

本成果は、以下の事業・研究領域・研究課題によって得られました。

戦略的創造研究推進事業 個人型研究(さきがけ)

研究領域 「生命現象と計測分析」
(研究総括:森島 績 立命館大学 総合理工学院生命科学部 客員教授)
研究課題名 「1分子同時計測技術によるタンパク質翻訳操作」
研究者 上村 想太郎(JST さきがけ個人研究者)
研究実施場所 スタンフォード大学 医学部 構造生物学科
Pacific Bioscience社
研究期間 平成19年10月〜平成23年3月

JSTはこの領域で、生命現象の解明のために必要な新たな原理や手法に基づく計測・分析の技術に関して個人の独創的な発想に基づく革新技術の芽の創出を目指しています。

上記の研究課題では、細胞内に近い環境下における1分子イメージングを行うことのできる新しいZero-mode waveguides技術を用いてたんぱく質翻訳分子メカニズムを明らかにします。さらに抗生物質による翻訳阻害メカニズムを詳細に解明し、新薬の開発を目指しています。

<研究の背景と経緯>

これまでに、生物の体内で何が起きているのかを知るため、さまざまな装置や手法が開発されてきました。しかし、そうした装置や手法はリアルタイム観察や1分子レベルでの測定が困難であることが問題でした。近年、電子機器技術や遺伝子工学の発達に伴って、これらの問題を解決するための研究・開発が各方面から進められています。その中でも、1分子蛍光イメージング法は、蛍光色素をたんぱく質や核酸などの特定の部位に付けることで分子一つひとつの動きを直接リアルタイムに計測することができる手法で、近年大きな注目を集めています。しかし、従来の1分子蛍光イメージング法は、細胞内の本来の環境に比べると極めて低い濃度で測定することしかできないことから、研究の対象となるたんぱく質や核酸が細胞内でどのように働いているか分からないことが問題とされていました。その原因の1つは、溶液内に浮遊している蛍光因子も蛍光励起されてしまうため、背景光と基板固定された目的分子に結合する蛍光シグナルとの識別が困難であることです。

去年、リボソームの分子構造を突き止めた研究者3人がノーベル化学賞を受賞しました。リボソームの構造が明らかになったことはたんぱく質翻訳機構の理解に大きな貢献をしましたが、構造を解明するには分子を結晶化しなければならないため、時々刻々と変化する分子の動的な変化をとらえることができません。この問題を解決するために通常用いられる手法は多数の分子を用いる生化学的手法ですが、これは全ての分子が同様に振る舞うことが前提であり、個々の分子の特性をとらえることができません。

しかし今回、イメージングの手法として、次世代DNAシーケンサーに用いられている1分子イメージング法の「Zero-mode waveguides法(ZMW法)」を用いました。ZMW法は、基盤にアルミニウム膜を蒸着させて100nmほどの穴を開けたところに局所励起光を当てるため、蛍光色素が高濃度に存在していても背景光を激減させることができます。そのため、上述の問題を全て解決し、より細胞内に近い条件で1分子レベルにおけるリボソームの翻訳反応を直接可視化することに成功しました。

<研究の内容>

  1. (1)上村研究者、プグリシ教授らは、ZMW法(図2)を用いて次世代1分子DNAシーケンサーの開発を行っている米国・Pacific Bioscience社に対してたんぱく質翻訳系への応用を提案し、共同研究が始まりました。具体的には、リボソーム1分子をZMW基板の穴の底に固定し、穴を、それぞれ異なる蛍光色素で標識した3種類のtRNAを高濃度(従来法による測定限界のおよそ50倍濃い濃度)に含む溶液で満たしました。そして、穴の底側から3色の蛍光色素を励起する3種類の励起光を同時に当てることで蛍光を観測しました。その結果、蛍光tRNAが、コドン注3)情報に従って底に固定されたリボソームに次々と結合・解離する様子が可視化されました(図3)。リボソームを1分子だけ用い、生体環境に近い条件下でのtRNAのリアルタイムな挙動を観ることができたのは世界で初めてです。
  2. (2)リボソームには3つのtRNA結合部位注4)があります(図4)。tRNAがどの部位に、いつ、どのように、何分子結合し、解離するのかについては、教科書などですでにモデルが示されていますが、その証明は主に生化学的手法などをもちいた間接的なものであり、各過程を個々に調べるものでした。今回の成果から、翻訳中はtRNAが2分子付いた状態と1分子付いた状態とを繰り返すことが分かり、E部位に結合したtRNAの解離はA部位に結合する次のtRNAにかかわらず、自発的に解離することが証明されました。tRNAの挙動についてのモデルを、直接可視化によって直接実験的に明らかにしたのは世界で初めてです。さらに、フシジン酸やエリスロマイシンの抗生物質薬剤による翻訳阻害反応も可視化することにも成功しました。

<今後の展開>

  1. (1)たんぱく質の翻訳過程の研究は、主に大腸菌などの原核生物を使って行われてきました。ヒトを含む真核生物では、原核生物よりもかなり複雑な反応機構で成り立っていることなどから、翻訳過程にかかわる因子もほとんど明らかにされていません。しかし、たんぱく質翻訳過程は、エイズや肝炎ウイルスなどに代表されるRNAウイルス注5)の増殖反応過程や遺伝病など重要な病気に関連しており、詳細の解明が期待されています。今後この手法を真核生物の翻訳過程解明に応用していくことで、ウイルス感染などの分子機構が分かり、新しい治療法や新薬の開発に結びついていくものと期待されます。
  2. (2)たんぱく質翻訳を阻害するあらゆる抗生物質の作用の仕組みを調べることによって、より詳しい阻害機構が明らかにされます。その結果新しい新薬開発への貢献が期待されます。

<参考図>

図1

図1 遺伝子発現におけるたんぱく質翻訳の概略図(Herve Roy & Michael Ibba 2006 Natureより一部改変)

青い構造がリボソームで、その中にある緑のひもがtRNA。リボソームの左上にあるのは、アミノ酸から連なってできたたんぱく質。

DNA… A、C、T、Gの4種類の塩基が長く連なった2重らせん構造の鎖で、配列は遺伝情報を示します。

mRNA… A、C、U、Gの4種類の塩基が連なった鎖で、配列はDNAの配列の特定部分から転写された遺伝情報を示します。その名(messenger RNA;伝令RNA)の通り、DNAの遺伝情報をリボソームへと運ぶ役目を果たしています。

tRNA… mRNA上の塩基配列(コドン)に対応するアミノ酸を、リボソームで合成中のペプチド鎖に転移させるためのアダプター分子です。

たんぱく質… 20種類のアミノ酸からなるポリペプチド鎖です。翻訳後に特定の構造を形成することで、細胞内でさまざまな機能を発揮します。

図2

図2 Zero-mode waveguides法によるたんぱく質翻訳過程可視化

Zero-mode waveguides法はガラス基板上にアルミニウム膜を蒸着させた上で、100nMほどの穴をアレイ状に開けます。今回の研究では、それぞれの穴にリボソームを1分子ずつ固定させ、蛍光分子を付けたtRNA3種を混合した溶液で満たすことで、蛍光tRNAの結合と解離のタイミング及び色を同時に計測します。蛍光の観測は、穴の底側から3色の蛍光色素を励起する3種類の励起光を局所的に同時に当てることで行います。

図3

図3 mRNAのコドンに従うたんぱく質翻訳中の蛍光tRNAシグナルの観察

図2右下のように、蛍光tRNAがmRNA配列のコドン情報に従って次々とリボソームに結合し解離していく様子を捉えた時系列の蛍光シグナルのグラフです。縦軸は蛍光強度で横軸は時間をあらわしています。各グラフの上にある文字の並びは、mRNAの配列です。各矢印はコドン情報に対応したtRNAの蛍光シグナルを示しています。FとKの交互配列の次にあるUAAは終止コドンと呼ばれ、翻訳反応を終結させるシグナルです。この場所で翻訳がちょうど停止している様子も初めて可視化することができました。その結果翻訳の開始から終了までを全て可視化することに成功しました。

図4

図4 リボソームの3つのtRNA結合部位を示した構造図

紫色(大サブユニット)と薄茶色(小サブユニット)が組み合わさった構造がリボソームです。図中央の赤、青の構造がそれぞれtRNAで、リボソームのE部位、P部位、A部位に結合しています。tRNAは伸長過程では必ずA部位へと結合し、E部位から解離することが分かっています。なお、結合部位を示すために3つのtRNAが結合した状態を図示していますが、生体中ではそのような状態はまれであると考えられています。今回の成果からもそのことが確かめられました。

<用語解説>

注1) Zero-mode waveguides法
高濃度蛍光分子存在下によって起こる背景光の上昇(溶液に浮遊している蛍光分子の励起)を防ぐために100nm程の厚みの金属膜をガラス表面上に蒸着させ、70〜120nm程度の穴をあけ、その穴の底面に観測したい目的の分子を固定して観測します。その結果、目的の分子のみを局所的に励起することができ、高濃度蛍光分子存在下でも1分子イメージングが可能になりました。
注2) 米国・Pacific Bioscience社
Zero-mode waveguides法を自社で開発し、それを利用してDNAの配列を1分子レベルで高速で読む次世代装置を開発しています。A、C、T、Gの4種類の塩基に対して4色の色素を化学結合させ、DNAポリメラーゼを基板固定した上でDNA複製反応を直接観察します。この次世代の手法を用いるとPCRの増幅が不要で高速でDNAの配列を読むことができます。
Pacific Bioscience社 URL:http://www.pacificbiosciences.com/
注3) コドン
たんぱく質の構成要素であるアミノ酸に対応するmRNAの塩基配列。塩基3つにつき1つのアミノ酸に対応する。例えば、mRNA上でAUGGGA…と並んでいると、できあがるアミノ酸の鎖はメチオニン、グリシンという並びになる。
注4) 3つのtRNA結合部位
リボソームにはA、P、E部位の3つのtRNA結合部位が存在します。P部位とA部位に結合した2つのtRNA間でペプチド結合を形成します(図3参照)。
注5) RNAウイルス
ゲノムとしてRNAを持つウイルスのことで、感染するとゲノムRNAの情報がたんぱく質に翻訳されます。ウイルスRNAからのたんぱく質翻訳の仕組みを明らかにすることで医療・新薬開発への応用が期待されます。

<掲載論文名>

“Real-time tRNA transit on single translating ribosomes at codon resolution”
(1分子リボソーム翻訳中におけるtRNA遷移のコドン分解能でのリアルタイム可視化)
doi: 10.1038/nature08925

<お問い合わせ先>

<研究に関すること>

上村 想太郎(ウエムラ ソウタロウ)
JST さきがけ研究者
Stanford University, School of Medicine, Department of Structural Biology
D105 Fairchild Building, 299 Campus Drive West, Stanford, CA, 94305
E-mail:

<JSTの事業に関すること>

原口 亮治(ハラグチ リョウジ)
科学技術振興機構 イノベーション推進本部 研究推進部(さきがけ担当)
〒102-0075 東京都千代田区三番町5 三番町ビル
Tel:03-3512-3525 Fax:03-3222-2067
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