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別紙

才能教育分科会報告書
「科学技術イノベーションを支える卓越した才能を見出し,開花させるために」
の概要

科学技術を通して、日本の将来を担うたくましい若者を育成し、安全・安心な社会と世界の持続的発展に貢献する日本を実現していくため、JSTは、理数系の才能を育てるシステムをいかにして構築するかについて、平成21年1月より才能教育分科会(主査 山極 隆・玉川大学 特任教授)を設置し、専門的な立場から検討してきた結果について、報告書をとりまとめた。日本の将来を担うたくましい若者を育成し、安全・安心な社会と世界の持続的発展に貢献する日本を実現していくため、本分科会での検討結果が重要な役割を果たすものとなることを願うとともに、そのために、国がリーダーシップを発揮し、社会全体から協力が得られるよう呼びかける次第である。

【理数系の才能を育てる方策の必要性】

【才能教育の目標】

【才能教育の課題と解決に向けて】

(1)才能を育む機会

1才能を育む基盤としての個に応じた多様な機会(才能教育I)

○ 理科授業における個に応じた学習とキャリア学習の機会

学校の理科授業において、個に応じた学習を進展させ、理解の進んでいる児童生徒に対する発展的な課題の提供や学習指導の充実を図る必要がある。また、学校と大学や企業、研究機関などとの連携を促進し、児童生徒に、最先端の科学技術や科学技術が関わる職業について学習する機会、若手や先導的な科学者や技術者、女性研究者らと触れ合う機会を提供し、職業としての科学技術に対する理解を深め興味・関心を喚起する必要がある。
小中学校や高等学校で全員が履修する理科の授業においては、理解が進んでいる児童生徒に対して、個に応じた指導が十分行われているとはいえない。
発展的な課題を与えたり、授業の合間や放課後などに指導したりしている割合
小学校学級担任15%、中学校理科教員23%、
高等学校普通科総合的な理科担当教員36%
女性が、理系を専攻する割合は国際的にも低く、女子生徒に対する職業としての科学技術に関する学習機会の提供が不十分。
OECD日本女子学生の理系分野大学進学割合14%(16ヵ国中16位)

○ 才能を育む場としての科学部の整備と児童生徒の科学研究の機会

科学技術に意欲や能力の高い児童生徒が集まり、その才能を伸ばす場として、科学部の整備を進め、活動費の提供や生徒の科学研究成果の発表機会、科学部間の競技会を設けるなどして、活動を活性化する必要がある。また、小学校から児童生徒の理科自由研究を奨励することによって、主体的で継続的な探究心、創造性、問題解決力などを育み、科学部などでより高度な科学研究に取り組む生徒を育成する必要がある。
特に中学校段階において、科学部の整備と理科教員の関与が不十分。
科学部の指導を担当している教員の割合
高等学校普通科36%、中学校6%
教員に、自由研究や課題研究などの探究的な指導技能が十分でない。
自由研究の指導技術が十分あるかに肯定的回答をした割合
小学校学級担任18% 中学校理科教員30%
課題研究(探究的な活動)についての指導技術に肯定的回答をした割合
高等学校普通科の総合的な理科を担当する教員41%

○ 理数に重点を置いた、地域の教育拠点

科学技術に意欲や能力の高い中高生の才能を伸ばすため、各地域に科学技術教育の中心的役割を担う学校や学科を整備し教育機能を充実する必要がある。
高等学校普通科における、理数に重点をおいた教育の提供は十分ではなく、さらに全国的に普通科志向が強いため、理数科を持つ高等学校が存在しない地域が多い。
特定の領域に高い能力や学習意欲を示す生徒を対象に特別な教育課程を組んで、大学水準の専門性の高い学習機会を提供することは難しい。

○ 地域社会で支える、理数好きな子どもを育む仕組みと取り組み

社会全体で、子どもたちに魅力的な科学技術が体験できる機会を提供し、理数好きな子どもを育む取り組みを支えていく必要がある。そのため、地域の実態に即して、人のつながりや機関のネットワークを構築する必要がある。
社会全体で子どもたちに魅力的な科学技術が体験できる機会を提供し、理数好きな子どもを育む取り組みを支えるための地域の実態に即した人・機関のネットワークが未整備。

2潜在的能力を見出し発揮させる機会(才能教育II-a)

○ 学校が専門家と連携し、生徒に科学技術の研究や開発を体験させる機会

学校が大学や研究機関などと連携して、生徒が科学技術の研究や開発の実際を知るための体験機会を提供し、将来の進路を判断する上での適切な情報を提供する必要がある。また、理科教員と科学技術の専門家で高校生の科学研究を支援するための人的ネットワークの構築を推進する必要がある。さらに、学協会や地域で、生徒が研究の成果を発表し、専門家からアドバイスを得られる機会を拡充する必要がある。
学校独自に科学技術の研究や開発を体験する機会を提供することは困難であり、さらに学校が大学や研究機関などと連携した取り組みを行うための資金は不足している。
外部資金を活用したことのある高等学校普通科19%
大学や研究機関との連携において、理科教員の人的ネットワーク構築が必要。
大学や研究機関などの専門家と会合することが年1回以上あると回答した理科教員の割合は高等学校普通科31%、理数科47%、スーパーサイエンスハイスクール(SSH)66%
生徒の課題研究の成果を対外的に発表できる機会が十分に確保できていない。
理科の専門家が集まる場で、生徒の課題研究の成果を発表させる機会が毎年ある割合
高等学校普通科8%、理数科33%、SSH67%

○ 科学オリンピックや科学研究コンテストなどへのチャレンジ機会

科学技術に意欲や能力の高い生徒が、チャレンジ機会を通してその才能を開花できるよう、科学研究コンテストや科学オリンピック、科学部の大会や科学技術分野のチーム対抗競技会などの種類や回数、参加人数などを拡大する必要がある。
科学研究コンテスト・科学オリンピック・科学部の大会など科学技術の分野で努力が認められる機会は、その種類や回数、参加人数が限られている。
科学オリンピックへの参加可能なことを生徒に紹介しているかについて肯定的回答
普通科27%、理数科41%、SSH74%

○ 科学技術の分野で国際的にも活躍するための、基盤となる能力の育成

将来、科学技術の分野で活躍するために必要となる基盤的な能力としてのプレゼンテーション能力やコミュニケーション能力、リーダーシップ、協調性などの育成機会を充実させる必要がある。

3高い才能を有する生徒に高度な専門的能力を育む機会(才能教育II-b)

○ 高い才能を有する生徒の水準にあった教育機関や教育プログラム

日本の学校は、標準的な教育課程を示す学習指導要領を基準としており、高い水準の教育が相応しい児童生徒に対する特別の教育環境が整備されているとは言い難い状況である。そこで、科学技術系で特に高い才能を持つ生徒たちに、その能力に見合った、より高い水準の教育プログラムを安定的に提供できるようにする必要がある。
日本では、理数系に特に高い才能を有する生徒に特化した中等教育機関は存在せず、学習指導要領に依らない教育課程の編成を可能とする学校が少数に止まっているが、海外には、科学技術系で高い才能を持つ子どもたちを卓越した人材に育てることを目的とした教育機関や教育課程が見られる。

○ 高い才能を有する生徒に合った水準の指導

高い才能を有する生徒には、その才能に合った高い水準の指導が必要であり、科学技術の専門家がメンターとして個別に専門的な研究指導や進路などのアドバイスを提供する機会を一層拡充する必要がある。
科学部などに所属する生徒が科学技術の専門家からの研究指導やアドバイスを受けられる機会はほとんど無い。

○ サイエンスキャンプや合宿セミナーなどの機会

特定の領域に高い意欲や能力を持つ生徒を対象とした科学系合宿セミナーやサイエンスキャンプは、その領域の科学技術の専門家を志す集団の一員として、自らを位置づけ、その領域で才能を伸長させるきっかけとなることから、より長期のセミナーも含めて参加機会を拡大するとともに参加できる生徒の絶対数を増やす必要がある。
高い才能を有する生徒が、その才能に合った高い水準の専門的な指導を受ける機会や、科学系合宿セミナーやサイエンスキャンプに参加する機会が不十分である。
2008年度サイエンスキャンプは約1009名の高校生が参加だが定員は応募者の36%

○ 大学入学者選抜時の生徒の科学技術分野での高い才能や優れた実績の重視

高等学校の理科教育が大学入学試験への準備として実験や探究を軽視した筆記試験重視の座学へと偏向してしまっているため、科学技術イノベーションを支える卓越した人材に不可欠な創造的能力が十分に伸長されていないと考えられる。今後、科学技術系の高い才能を有する高校生が継続的にその才能を伸長できるように、入学者選抜方法の変革を含めた高大接続の進展を図る必要がある。
高等学校の理科教育が大学入学試験の準備として、実験・探究を軽視した筆記試験重視の座学に偏向しており、経験を欠いた学習のため、創造的能力の伸長が妨げられている。
月に1回以上実験や観察を実施している割合は高等学校普通科物理IIを教える教員の約2割
大学入試の対応のための指導に時間をかけられることが、授業で実験観察を行う障害と回答した割合は高等学校普通科物理IIを教える教員の約6割

○ 科学技術分野の才能児に対する長期的、継続的な支援

科学技術分野に高い才能を示す子どもが、その才能を最大限に伸長させることができるように、所属する学校以外の場で、科学技術の専門家による適切なアドバイスやチャレンジ機会の提供といったサポートを、全国各地で長期的継続的に提供する必要がある。
小中高校生の幅広い年齢層の才能児を対象に一貫した長期的継続的なサポートを提供する事業は存在していない。

○ 知的財産に対する理解と特許取得の支援

科学技術分野の高い才能を有する生徒に知的財産権に対する認識が低く、今後、将来の科学技術のイノベーションを支える人材として成長する上で、特許などの知的財産権に対する認識を深めるとともに、高校生が研究成果で特許を取得できる支援体制を整備する必要がある。
科学技術分野の高い才能を有する生徒に知的財産権に対する認識が低く、生徒や学生の特許取得に対する支援体制が未整備。

○ 科学技術イノベーションの創出に寄与する高度才能人材を長期的に育成する戦略

大学に入学した研究意欲の高い学生が、学部1・2年次にその取り組みを継続することが難しく、研究機会の提供を充実させる必要がある。とりわけ重要な研究開発領域については、高い才能を有する学生あるいは高校生がその領域の研究に早くから取り組むことで、将来の科学技術イノベーションの創出に寄与できる可能性を高める必要がある。また、今日の社会が抱える複雑な問題や課題に対処するため、異分野間の相互作用を促進し、特定分野の才能だけでなく、他分野の才能と効果的に相互作用する機会を提供する必要がある。
課題研究に取り組んだ意欲ある生徒が大学においてその取り組みを継続できず、大学入学後1・2年次における研究機会の提供が手薄となっている。

(2)才能教育を取り巻く環境

1才能教育に対する社会的な意識

国民の多くが優れた科学技術の育成が極めて重要であると意識している一方、学校における従来の理数教育では不安に感じており、SSHなどでの優れた科学技術系人材を育成する取り組みの実施状況や成果を国民に積極的に周知することで、こうした施策への社会的認知度を高めるとともに、国民の将来に対する不安を軽減する必要がある。
また、科学技術系人材に対する国民の認識が浅いことから、第一線の科学者や技術者の実像を伝える取り組みや理数系の才能豊かな子どもたちの様子について情報発信し、科学技術系の才能人材に対する国民の認識を深め、才能教育に対する国民的支持を得る必要がある。
優れた科学技術の育成が極めて重要であるという意識を多くの国民が共有している一方、従来の学校での理科教育では安心できないという国民の意識が高い。

2才能教育に関わる指導者

理数系の才能児の育成に関わる専門家としての指導者を養成する機関もカリキュラムも国内に存在しておらず、才能児の才能を十分に伸長させられるかは、指導者の個人的資質に依存してしまっている。才能教育の専門家としての指導者を養成するプログラムを開発するとともに養成機関を設立する必要がある。
また、才能児に関わる指導者が一人で異なる才能児のさまざまなニーズに対応することは不可能であることから、科学技術系の才能児に関わる指導者や機関が相互に協力したり有用な情報を共有したりするための人的・機関的なネットワーク化の推進が課題である。
才能児に適した学習を成立させるための教材や指導法、専門家との連携手法、心理面や認知面のサポート技能などを習得した才能教育の専門家としての指導者を養成するカリキュラムは、現在、国内に存在しない。
人的・機関的ネットワークを構築するためのコーディネート機能が地域的にも全国的にも未整備。

3才能教育に関する調査・研究

日本において、科学技術系の才能育成に関する研究と調査を進展させ、有効な研究上の知見と基礎的なデータを整備蓄積する必要がある。
子どもの科学技術系の才能とその伸長に関する基礎研究が進んでおらず、特に科学技術系の才能の定義と測定法に関する知識や才能教育の適時性やその内容、教材や指導法に関する知見は重要である。
人材の需要と供給の状況が定常的に観測されていない。