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科学技術振興機構報 第723号

平成22年3月31日

東京都千代田区四番町5番地3
科学技術振興機構(JST)
Tel:03-5214-8404(広報ポータル部)
URL http://www.jst.go.jp

乳児期初期に脳のネットワークが形成されることを発見

JST目的基礎研究事業の一環として、東京大学 大学院教育学研究科の多賀 厳太郎 教授と首都大学東京 大学院人文科学研究科の保前 文高 助教らは、新生児期から生後6ヵ月までの乳児期初期に脳のネットワークが形成されていくことを発見しました。

これまでの研究では、乳児期初期における脳の形態・構造の発達過程が報告されています。この時期には構造とともに機能における発達が進むと考えられ、乳児の視覚や聴覚の処理に関わる感覚野・感覚連合野、運動野、前頭葉が機能していることが明らかにされてきました。しかし、複数の脳の部位(領域)がどのように関係性を持ち、ネットワークとして働くようになっていくのかは、よく分かっていませんでした。

研究チームは今回、新生児・3ヵ月児・6ヵ月児の自然睡眠時における脳の活動を近赤外光脳機能計測装置注1)により計測することで、脳の領域間の関係性が発達とともに変化し、ネットワークが形成されていくことを明らかにしました。関係性の強さを指標として脳の領域をグループ分けすると、脳の左右両半球にまたがるグループが月齢とともに形作られていきました。発達の過程は脳の領域によって異なり、関係性が増加するパターン、減少するパターン、減少してから増加する「U字型変化」注2)の3つのパターンがあることを突き止めました。

この研究成果は、乳児期初期に脳が機能的に発達していく様子を明らかにしたもので、感覚情報の統合や認知発達、言語獲得を実現する脳のメカニズムを解明することにつながるものと期待されます。発達の過程が脳の領域に依存して異なることを示したことは、人間の脳がどのように形成されていくかという根本的な問題への理解を深めるものです。

本研究は、同志社大学 赤ちゃん学研究センターの小西 行郎 教授(元 東京女子医科大学 教授)らと共同で行われ、本研究成果は、2010年3月31日(米国東部時間)に米国学術誌「The Journal of Neuroscience」のオンライン速報版で公開されます。

本成果は、以下の事業・研究領域・研究課題によって得られました。

戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CREST)

研究領域 「脳の機能発達と学習メカニズムの解明」
(研究総括:津本 忠治 (独)理化学研究所脳科学総合研究センター シニアチームリーダー)
研究課題名 「乳児における発達脳科学研究」
研究代表者 多賀 厳太郎(東京大学 大学院教育学研究科 教授)
研究期間 平成15年10月〜平成21年3月

JSTはこの領域で、脳機能発達と学習メカニズムに関する独創的、先進的研究が進展し、その結果、教育や生涯学習における諸課題解決に対する示唆を提供することによって、成果を社会に還元することを目指しています。

上記研究課題では、乳児期初期の大脳皮質の機能的発達と学習の機構を明らかにすることを目指しています。

<研究の背景と経緯>

人間の脳はどのように発達し、形(構造)と働き(機能)が作られていくのかということに、関心が持たれています。構造については、脳の運動野や感覚野などさまざまな部位(領域)が少しずつでき上がっていき、領域間の関係が強まっていくという見方があります。それとは逆に、生まれた時点では領域の間の連絡が過剰に作られていて、徐々に減少するという見方もあります。いずれにしても、乳児の脳は単に大人の脳が小さくまとまっているだけのものではなく、絶えず自身で作り上げていくシステムであると考えられます。

これまでに本研究チームは、乳児期の脳が視覚や聴覚などの情報処理を領域ごとに役割分担して行っていることを明らかにしてきました。また、生後3ヵ月の乳児においても、前頭葉が新奇性の検出に関与していることを報告しました。このような研究を踏まえて、脳の領域の間で相互に情報のやり取りをする「ネットワーク」をどのように形成していくのかを明らかにすることは、重要な課題となっていました。脳は外部からの刺激に対して活動するだけでなく、自発的にも活動しています。本研究では、この自発的な活動を乳児の脳の複数の領域で同時に捉えることで、領域間の関係性を探ることにしました。同じタイミングで活動をしたり・しなかったりする領域は、タイミングが合っていない領域よりも関係性が高いことを前提としています。

<研究の内容>

本研究チームは、計測を開始する前に保護者から研究参加の同意を得た新生児・3ヵ月児・6ヵ月児、合計52名の自然睡眠時における脳の自発的な活動を、近赤外光脳機能計測装置で調べました。乳児の頭囲一周に94ヵ所の計測チャンネルを設け(図1A)、それぞれのチャンネルで血流動態注3)の相対的な変化を計測しました。乳児1人につき自発的な活動を反映する3分間分のデータを取得し(図1B)、このデータセットを相関解析注4)することで、領域の間の関連性を分析しました。相関解析によって得られる指標(相関係数)を新生児、3ヵ月児と6ヵ月児の間で比較すると、指標の分布の形が異なることが分かりました(図1C)。3ヵ月児、6ヵ月児では分布の中心に相当する値から対称に広がっている傾向があるのに対して、新生児では分布が偏っています。新生児期から生後3ヵ月の間に大きな変化が起きていることが伺えます。脳の部位ごとの特徴を捉えるために、前頭葉・側頭葉・頭頂葉・後頭葉から代表的な計測チャンネルを選び、その場所と他の計測チャンネルすべてとの相関係数を調べて、高い相関を示した組み合わせを線で結びました(図1D)。新生児では前頭葉で多くの線が引かれているものの、側頭葉・頭頂葉・後頭葉では近くの場所にのみ線が伸びています。これに対して3ヵ月児では、側頭葉・頭頂葉・後頭葉で左右反対側(左半球から右半球、右半球から左半球)の対称な位置に当たる部位(相同部位)へ線が伸びています。6ヵ月児ではこの傾向が強まるとともに、同側(左半球から左半球、右半球から右半球)の間での線も増えています。このように月齢とともに、領域間の関係性が変化していくことが明らかになりました。

次に、関係性の強さ(相関係数)を指標として脳の領域をグループに分ける解析しました。各月齢の脳の領域を6つのグループに分けた結果を見ると、新生児では近接する場所同士がまとまってグループを作っています(図2)。3ヵ月児では、赤、緑、水色で示されている場所のように、左右両半球の相同部位にまたがってグループが形成されていることが分かります。このように左右両半球の間の関係性が高い様子は、6ヵ月児でも見られます。また3ヵ月児と6ヵ月児では赤で示されている場所のように、似たようなグループ分けがなされています。これらのことから両側をつなぐ構造化が生後3ヵ月の間にできてきていることが示唆されます。

頭囲一周に配置した94チャンネルは左右対称の位置になる相同の47組の対と見ることができます。47組の対の中で月齢に応じて関係性が変化する対を探したところ、そのような場所が側頭から後頭にかけて見つかりました(図3)。これらの対は月齢とともに関係性が強まっていく発達的な変化をしていて、脳の左右半球をつなぐ脳梁(のうりょう)注5)の形成と関係があると考えられます。前頭葉にある対を見ると、新生児期から6ヵ月まで同様に高い関係性を示していました。つまり、脳の場所によって発達の仕方が異なることになります。

この結果を全体で検討するために、月齢によって違いを示す組み合わせ全てを取り出しました。この解析により、変化の仕方には3つのパターンがあることが分かりました(図4)。1つ目は、月齢とともに関係性が高くなっていく増加パターン、2つ目は月齢とともに関係性が低くなっていく減少パターン、3つ目は一度減少してから増加する「U字型」のパターンです。これら3つのパターンは脳の場所のどこででも見られるわけではなく、見られる場所が集まっていました。例えば、増加パターンは側頭から後頭にかけての領域でよく見られます。左右半球の間でも違いが見られ、側頭と頭頂領域の間の関係性が有意に高まっていくのは左半球のみでした。大人の脳の構造においても左半球のこの領域間で関係性が高いことが報告されており、言語処理に関わるネットワークであると考えられています。乳児で見られた側頭と頭頂領域の関係性の発達的な変化は、言語獲得の過程と関係する可能性があります。このように乳児期の脳は同じ半球の中でも、また、左右半球にまたがっても大域的な関係性を作り出し、ネットワークを構成して行くことが見いだされました。

<今後の展開>

本研究は、乳児期初期に脳が発達していく様子をネットワークの構成という観点から明らかにしたもので、感覚情報の統合や認知発達、言語獲得を実現する脳のメカニズムを解明することへとつながります。脳の発達過程は領域間の関係性が全体的に一方向へ変化するのでなく、領域によっても変化の仕方が異なるダイナミックな過程であることを見いだしたことは、「人間の脳機能がどのように形成されていくのか」という根本的な問題への理解を深めるものです。本研究の方法を応用することにより、脳の大域的なネットワークが多様性をもって発達していく様子を検討することが可能になるものと期待されます。

<参考図>

図1

図1 乳児の脳の自発的な活動を指標とした領域間の関連性

  1. A: 新生児・3ヵ月児・6ヵ月児の頭囲一周に94ヵ所の計測チャンネル(丸印)を設け、自然睡眠時の脳の自発的な活動を計測した。
  2. B: 3分間のデータから、信号の変化が近いかどうかを調べる。上のパネルにあるように左半球頭頂葉(黒線)と右半球頭頂葉(赤線)の組み合わせでは非常に似たような変化を示しているのに対し、下のパネルの左半球頭頂葉(黒線)と右半球前頭葉(赤線)の組み合わせでは上の組み合わせほど似たような変化ではない。
  3. C: 関係性の強さ(相関係数)の分布。新生児の分布は3ヵ月児、6ヵ月児と異なっている。
  4. D: 代表的な計測部位と他の全ての部位との間の関係性。相関係数が0.5よりも大きい組み合わせに赤線を引いた。
図2

図2 関係性の強さを指標とした脳領域のグループ分け

相関係数を指標として脳の領域をグループに分け、6つの色で示した。月齢とともに左右半球にまたがるグループができてくることが分かる。

図3

図3 左右半球で対となる組み合わせの間の関係性

左右半球で対となる組み合わせについて、月齢によって関係性が変化するかどうかを調べた。新生児よりも3ヵ月児・6ヵ月児で関係性が強くなった組み合わせを赤線でつないだ。側頭から後頭にかけての領域に、そのような組み合わせが多く見られた。

図4

図4 3つのパターンの発達的な変化

新生児(0)、3ヵ月児(3)、6ヵ月児(6)と月齢が進むにつれて関係性が変化した組み合わせを線でつないで示した。月齢とともに増加する組み合わせを赤で、減少する組み合わせを緑で示した。また、減少してから増加する「U字型」を示す組み合わせを青で示した。代表的な組み合わせを太線で示し、下の図に乳児ごとの値と平均値を示した。

<用語解説>

注1) 近赤外光脳機能計測装置
近赤外光を頭皮の上から照らすことによって、脳の表面を走る血管の血液中における酸素化ヘモグロビンおよび脱酸素化ヘモグロビンの相対的な変化量を調べることで、大脳皮質にある神経細胞が活発に活動しているかどうかを非侵襲的に推定することができます。安全かつ静かに新生児・乳児の脳活動を計測することが可能です。
注2) U字型変化
一度消失した後で、再び現れるような変化をすることを指します。今回の場合では消失することはありませんが、低下する状態が見られました。このような変化のパターンは歩行や自発運動、聴覚情報処理の発達過程などの行動研究で報告されています。
注3) 血流動態
神経活動が活発に行われると、酸素消費量と血流量の増加が局所的に起こります。酸素消費と血流量の変化の割合によって、単位体積あたりの酸素化ヘモグロビンと脱酸素化ヘモグロビンの量が相対的に変化します。今回の研究では、酸素化ヘモグロビン信号の変化を捉えています。
注4) 相関解析
2つの変数の関係を分析する方法の1つです。片方が増加した時に他方も増加し、逆に、片方が減少した時に他方も減少するということが見られると、両者の間の直線的な関係があることが分かります。今回の研究では、2つのチャンネルから得られた時系列データをピアソンの積率相関係数を用いて解析しています。この相関係数は−1から1までの値を取ります。また、乳児の群間比較をするために、標準化をした値を用いた検討も行っています。
注5) 脳梁
脳の前方部から後方部にかけての広い幅で、左右の大脳半球を連絡させる軸索(神経線維)の束です。左右半球間の連絡を担う最大の構造です。乳児期からも発達が進むことが報告されています。

<論文名および著者名>

“Development of Global Cortical Networks in Early Infancy”
(乳児期初期における脳の大域的なネットワークの発達)
保前 文高、渡辺 はま、乙部 貴幸、中野 珠実、呉 東進、小西 行郎、多賀 厳太郎
doi: 10.1523/JNEUROSCI.5618-09.2010

<お問い合わせ先>

<研究に関すること>

多賀 厳太郎(タガ ゲンタロウ)
東京大学 大学院教育学研究科 教授
〒113-0033 東京都文京区本郷7−3−1
Tel:03-5841-3939 Fax:03-5841-3939
E-mail:
URL:http://www.p.u-tokyo.ac.jp/~tagalab/

保前 文高(ホマエ フミタカ)
首都大学東京 大学院人文科学研究科 助教
〒192-0397 東京都八王子市南大沢1−1
Tel:042-677-2168
E-mail:
URL:http://www.comp.tmu.ac.jp/gengokagaku/

<JSTの事業に関すること>

廣田 勝巳(ヒロタ カツミ)
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