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科学技術振興機構報 第720号

平成22年3月19日

東京都千代田区四番町5番地3
科学技術振興機構(JST)
Tel:03-5214-8404(広報ポータル部)
URL http://www.jst.go.jp

安全で副作用の少ない新しい鎮痛薬の開発を目指すベンチャー企業設立

(JST大学発ベンチャー創出推進の研究開発成果を事業展開)

JST(理事長 北澤 宏一)は産学連携事業の一環として、大学・公的研究機関などの研究成果をもとにした起業のための研究開発を推進しています。

平成19年度よりお茶の水女子大学に委託していた研究開発課題「安全かつ効果的な疼痛治療薬の応用研究開発」(開発代表者:室伏 きみ子 お茶の水女子大学 教授、起業家:堅尾 和夫)において、モルヒネと同等クラスの強い鎮痛作用をもつ環状ホスファチジン酸(cPA)注1)誘導体注2)を発見し、さらにcPA誘導体の鎮痛薬としての将来性の高さを示すデータを得ることに成功しました。この成果をもとに平成22年1月20日(水)、メンバーらが出資して「カイロスファーマ株式会社」を設立しました。同社は、お茶の水女子大学発ベンチャーの第1号です。

室伏 きみ子 教授は、本開発に先立って生体中から分離・同定したcPAに、モルヒネ注3)と比較しても劣らないほどの極めて強い鎮痛作用があることを発見しました。今回の課題では、その発見に基づいてcPAを新たな鎮痛剤として利用することを目指して研究開発を実施しました。その結果、強い鎮痛作用をもつ有望なcPA誘導体の合成に成功し、さらにその薬効や動態、安全性などのデータ取得を重点的に進め、cPA誘導体もモルヒネと同等の極めて強い鎮痛作用を有すること、その一方で、モルヒネなどが示す耐性や依存性がないことを示唆する結果を得て、有効かつ安全な鎮痛治療薬としてのcPA誘導体の将来性の高さを示しました。

同社は、がん性疼痛注4)を適用症例(強い疼痛を緩和する必要がある疾病)とする新規鎮痛剤の開発を目指しています。将来的には、糖尿病性疼痛注5)など痛みに関連する疾病領域注6)への適用も視野に入れています。今後、他大学や民間企業との共同研究をさらに推進し、製薬会社へのライセンス、共同開発により、臨床試験へとつなげていく計画です。

高齢社会では、これまで以上に痛みに苛まれる人口の増加が予想されます。痛みに苦しむ患者のQuality of Life(生活の質:QOL)の向上、社会の医療負担の軽減、社会の労働生産力の損失の抑制は、医療・経済にとって解決を急ぐ課題となっており、カイロスファーマ株式会社は、新規鎮痛剤の開発を通じて社会的課題の解決に大きく貢献することを目指します。

今回の「カイロスファーマ株式会社」設立により、プレベンチャー企業および大学発ベンチャー創出推進によって設立したベンチャー企業数は、103社となりました。

今回の企業の設立は、以下の事業の研究開発成果によるものです。

独創的シーズ展開事業 大学発ベンチャー創出推進

研究開発課題 「安全かつ効果的な疼痛治療薬の応用研究開発」
開発代表者 室伏 きみ子(お茶の水女子大学 教授)
起業家 堅尾 和夫(お茶の水女子大学 特任教授)
研究開発期間 平成19〜21年度

独創的シーズ展開事業大学発ベンチャー創出推進では、大学・公的研究機関などの研究成果をもとにした起業および事業展開に必要な研究開発を推進することにより、イノベーションの原動力となるような強い成長力を有する大学発ベンチャーが創出され、これを通じて大学などの研究成果の社会・経済への還元を推進することを目的としています。

<開発の背景>

高齢社会をむかえ、これまで以上に痛みに苛まれる人口が大幅に増加することが予想されます。そのため、安全かつ効果的な鎮痛剤の提供は、痛みに苦しむ患者のQOLを向上させて社会の医療負担を軽減させると同時に、社会の労働生産力の損失をも抑えることが期待でき、これからの日本の医療・経済にとって解決を急ぐべき課題となっています。

鎮痛薬の市場は巨大で今後の需要の伸びも大きいと予想されています。世界の鎮痛薬市場は約400億ドル(2004年)、このうち神経因性疼痛(糖尿病性疼痛、がん性疼痛、HIV性疼痛、手術後ニューラルギアなど)は25億ドル(2004年)で、2010年には大きく成長して67億ドルに達すると予想されています(出典:調査会社 エスピコムビジネスインテリジェンス社)。

カイロスファーマ株式会社が開発を目指す新規鎮痛剤の適用症例であるがん性疼痛は、がん進行の段階で33%から50%の人が痛みに苦しみ、末期には70%以上になるといわれています。現在これらの疼痛緩和には、麻薬系鎮痛剤、非ステロイド系抗炎症薬(NSAIDs)、抗うつ剤、抗てんかん剤が投与されています。

モルヒネなど麻薬系鎮痛薬には、副作用(悪心、嘔吐、呼吸抑制、躯幹筋剛直、腸管運動抑制、膀胱緊張、高血圧など)や耐性、依存性などがあり、非ステロイド系抗炎症薬[NSAIDs:アスピリン(サリチル酸)、ジクロフェナク(ボルタレン)、インドメタシン(インダシン)、イブプロフェンなど]は、穏やかな鎮痛作用と共に、胃潰瘍や消化管出血の副作用があることが知られています。最近では新しいタイプの消炎鎮痛薬(COX−2注7)を選択的阻害する薬剤など)が開発されていますが、副作用(血栓)のために回収されるなど、満足できる鎮痛薬の開発は進んでいないのが現状です。

cPA誘導体は、これら既存の鎮痛薬に見られる副作用が少ない、効果的な新規鎮痛薬として大きく期待が持てる薬剤であると考えられます。

<研究開発の内容>

室伏 きみ子 教授は、同教授が世界に先駆けて生体中から発見したcPAを用いて、中枢無傷の麻酔ラット下肢神経に電気刺激を与え、心拍数増加と心臓神経の反射電位を指標としたテストを行い、cPAがモルヒネと比較しても劣らないほどの極めて強い鎮痛作用があることを発見しました。その成果に基づいて、cPAおよびcPA誘導体を、安全かつ有効な新規鎮痛剤として開発することを目指しています。

現在は、高い鎮痛効果を示す誘導体2カルバcPA(2ccPA)をターゲットとして開発を進めているところで、この2ccPAはモルヒネやガバペンチン(非麻薬系既市販品。抗うつ薬だががん性疼痛に対して鎮痛補助薬として使用されている)に劣らない鎮痛効果を持つことを確認しています。

実験は、上記のテストに加えて、慢性疼痛の評価にも利用されている、急性持続性疼痛のモデルとして確立されたホルマリンテストを行いました。ラットに披験物質を静脈注射して、ホルマリンによる痛みからの忌避行動時間数の変化を調べた結果、2ccPAを3mg/kgまたは10mg/kg投与した場合、モルヒネと同等またはそれ以上に忌避行動総時間数が短くなり、ホルマリンによる痛みを強く抑制することを示しました(図2)。

また、神経因性疼痛を評価する試験では、信頼性の高い評価法とされている坐骨神経結紮(けっさつ)による試験法を用いました。結紮6日後に被験物質を静脈注射し、10分、2時間、4時間後に足の裏に赤外線を照射して、熱刺激による痛みを感知して逃避反応を起こすまでの時間を調べました。その結果、2ccPAを1mg/kg、3mg/kg、10mg/kg投与した場合、ガバペンチン90mg/kgを投与した場合と同様に逃避反応を起こすまでの時間が長くなり、熱刺激による痛みを顕著に抑制することが示されました(図3)。

さらに、経口投与においても、良好な鎮痛効果を示すことを確認しています。

cPA誘導体は、これまでにない効果的な鎮痛剤として、その有効性、将来性が期待されます。

<今後の事業展開>

がん性疼痛を適用症例とする新規鎮痛剤の開発を目指していきますが、将来的には、糖尿病性疼痛など痛みに関連する疾病領域への適用も視野に入れています。今後、他大学や民間企業との共同研究をさらに推進し、製薬会社へのライセンス、共同開発により、前臨床段階の試験、開発、原体供給体制の整備を着実に推し進めつつ、製薬会社へのライセンス、共同開発などを進めて、臨床試験(第1相)以降の開発に早く着手していきたいと考えています。

<添付図>

図1

図1 鎮痛薬をめぐる市場環境

図2

図2 ホルマリンテストの結果

図3

図3 神経因性疼痛モデル試験の結果

<用語説明>

注1) 環状ホスファチジン酸(cPA)
アシルグリセロール2、3−環状リン酸。cPAと略記する。真性粘菌から初めて分離され、その後ヒトやラットの血中やラット脳などから分離されている。真核細胞の増殖を抑制し、神経細胞の分化促進と生存維持作用を示す。また、血清やリゾホスファチジン酸によって誘導されるがん細胞の浸潤・転移を抑制する作用を持ち、細胞の生理作用を制御する脂質メディエーターとして注目されるようになった。最近、ヒアルロン酸合成促進作用なども見出されている。
注2) 環状ホスファチジン酸誘導体(cPA誘導体)
誘導体とは化合物の一部を他の原子や原子団に置換した化合物。置換する原子団によって命名されることがある。この場合cPAの誘導体である2ccPAを指す。
注3) モルヒネ
がん性疼痛をはじめとした強い疼痛を緩和する目的で使用される。モルヒネはオピオイド神経を興奮させ、侵害受容器(痛みを感じる受容器)で発生した興奮の伝達を遮断し、中枢鎮痛作用を示す。依存性、耐性のほか、副作用として悪心、嘔吐、便秘、眠気、呼吸抑制などがある。
一方、cPAや2ccPAは、モルヒネが作用するオピオノイド受容体や大麻成分が作用するカンナビノイド受容体と結合しないという実験結果が得られており、この結果がcPAや2ccPAがモルヒネなどに比べ依存性がないことを示唆している。
注4) がん性疼痛
がんに罹患すると多くの苦しい症状に苛まれるが、がん患者の苦しい訴えの中で最も多いものが「痛み」である。全がん患者の約50%、末期がんになると約70%の患者が痛みを体験すると言われている。
注5) 糖尿病性疼痛
糖尿病によって、主に手や足の末端部分にあらわれる神経性の痛み。両手または両足の同じ部分に症状が出て、慢性的に続くことが多い。
注6) 痛みに関する疾病領域
本研究開発薬の適応症は、がん性疼痛を念頭においているが、将来的には、糖尿病性疼痛、変形性関節炎、繊維筋痛症など痛みを伴う多くの疾病への展開の可能性がある。
注7) COX−2
COX(シクロオキシゲナーゼ)はアラキドン酸の代謝に関与する酵素である。2つのタイプが知られており、それぞれCOX−1およびCOX−2と呼ばれる。COX阻害薬を用いるとプロスタグランジンの産生を抑制することから炎症反応を抑えることができるが、胃潰瘍などの副作用がある。COX−2選択阻害薬は、炎症組織に発現しているCOX−2の活性のみを抑制するため副作用が小さいと期待されているが、新たな副作用も明らかになっている。

参考:<企業概要、事業形態>

<お問い合わせ先>

カイロスファーマ株式会社
〒112−8610 東京都文京区大塚2−1−1 お茶の水女子大学 人間文化創成科学研究科棟202号
堅尾 和夫(カタオ カズオ)
Tel:03-5978-5503
E-mail:
URL:http://www.kairospharma.co.jp

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