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科学技術振興機構報 第707号

平成22年1月21日

東京都千代田区四番町5番地3
科学技術振興機構(JST)
Tel:03-5214-8404(広報ポータル部)
URL https://www.jst.go.jp

高強度で自己修復性のあるアクアマテリアルの開発に成功

―水からできた究極の環境無負荷材料として期待―

JST目的基礎研究事業の一環として、東京大学 大学院工学系研究科の相田 卓三 教授らは、高強度で透明なアクアマテリアルの開発に成功しました。

このアクアマテリアルは、95%以上の水分を含んでいて、2~5%の層状粘土鉱物(クレイ)注1)と、わずか0.4%に満たない有機高分子化合物と水を混ぜるだけで簡単に得られ、今までに知られているどの含水材料よりはるかに高い強度を持ち、形状保持性とともに自己修復性も有しています。これらの優れた性質は、このアクアマテリアルの分子が非共有結合性の相互作用のみによって形成されているためです。

このアクアマテリアルの開発成功は、有機高分子化合物として、親水性の高分子の両末端をクレイと親和性の高い陽イオンのデンドロン基注2)で修飾した高分子化合物を利用し、扇状に分子が広がるデンドロン基とクレイの層(クレイナノシート)の表面との相互作用によって、クレイナノシートを高度に均一に分散させた非共有結合性の架橋構造を実現したことによるものです。また、クレイを極少量のポリアクリル酸塩などのポリアニオンで予め処理すると、強度がさらに6倍にまで向上することも分かりました。さらにミオグロビンなどの生理活性のあるたんぱく質を、その活性を損なうことなく取り込むことも明らかになりました。

近年、環境問題はますますその重要性を増しています。地球上の生命の源であり、クリーンな物資の象徴である「水」から構成される本研究のアクアマテリアルは、究極の環境無負荷材料への道を切り開くものです。なお、このアクアマテリアルを構成する高分子化合物は、人体から容易に排出され生物学的に易分解性であり、また、クレイは天然由来の安全な物質として化粧品などに広く用いられています。

本研究成果は、2010年1月21日(米国東部時間)に英国科学雑誌「Nature」のオンライン速報版で公開されます。

本成果は、以下の事業・研究課題によって得られました。

戦略的創造研究推進事業 発展研究(ERATO-SORST)

研究課題名 「分子プログラミングによる電子ナノ空間の創成と応用」
研究代表者 相田 卓三(東京大学 大学院工学系研究科 教授)
研究期間 平成17年10月~平成22年9月

上記研究課題では、パイ電子系を中心とした機能分子の自己組織化を利用し、分子配列が空間特異的に制御された新規な電子・磁気・光機能性ソフトマテリアルを開拓することによる、次世代の機能性ナノ材料の創成を行っています。

<研究の背景と経緯>

環境への関心が高まる中、環境に優しいクリーンな素材の開発に向けてさまざまな取り組みがなされています。水は地球上の生命にとって必要不可欠なものであり、クリーンさの象徴でもあります。地球の表面の71%は水で覆われ、私たちの体の65%はこの単純でありながら活力に満ちた分子から成り立っています。このように自然界とりわけ生物界にとって水は大変重要な役割を担っており、ほとんどが水でできている材料を作り出すことができれば、究極のエコ材料となることが期待されます。

しかし、この種の材料はほとんどが水からできているために機械的強度に劣ることが容易に想像されます。事実、高含水率の材料として従来から知られているポリマーハイドロゲルは、基本的には共有結合による架橋により作られていて、不透明で強度が低くもろい材料であり、形状を保持する性質も自己修復性がないものでした。水を主成分とする材料のドラッグデリバリーや人工軟骨などへの潜在的な可能性に注目して、いくつかの研究グループがその機械的強度を向上させることに取り組みはじめましたが、いまだに見るべき成果を上げるには至っていません。

最近、ポリマーと水膨潤性粘土鉱物とを複合させたポリマー/無機複合ナノ複合体ハイドロゲルの可能性が注目されはじめ、機械的強度の改善が図られています。しかし、これらのゲルも高い含水率と実用的な強度と自己修復成を実現するには至らず、その製造過程も複雑でした。

東京大学 大学院工学系研究科の相田 卓三 教授をリーダーとする本プロジェクトは、これまでに特異なナノ空間の構築と機能開拓を目的に、デンドリマーやメソポーラスシリカや超分子グラファイトナノチューブなどを対象とした研究を精力的に展開する一方で、カーボンナノチューブの研究にも取り組んできました。通常はバンドル状のカーボンナノチューブをカーボンナノチューブの表面とイオン液体の非共有結合的相互作用を利用して細かく分散化させてカーボンナノチューブの用途を飛躍的に向上させることに成功しています。

<本研究の成果>

本プロジェクトは今回、これまでの研究成果を用いて、新たに親水性の高分子の両末端をカチオン性のデンドロン基で修飾した高分子化合物を設計し、デンドロン基とクレイの層の表面との相互作用を利用してクレイ層を親水性高分子で非共有結合的に架橋して形成される網目構造に水を保持させるという基本構想のもとに、強度のあるアクアマテリアルの開発に取り組み、約95%の高含水率と0.5MPa(メガパスカル)の高剛性を併せ持ち、形状保持性と自己修復性を持つ透明なアクアマテリアルの開発に成功しました。この剛性は天然物由来のアクアマテリアルとして知られ、このアクアマテリアルとほぼ同等の水分を有しているこんにゃくの強度の約500倍に相当します。

ハイドロゲル(アクアマテリアル)の作り方としては、共有結合による架橋構造を利用する方法と非共有結合による超分子的方法が知られていますが、本プロジェクトでは非共有結合による方法を選びました。それは、混ぜるだけで簡単に作れることと自己修復性が期待できるからです。

今回開発に成功したアクアマテリアルは、(1)水、(2)クレイナノシート、(3)両末端デンドロン化高分子(Gn-binder; n は末端デンドロンの世代数:図1)、(4)ポリアクリル酸ソーダ(ASAP)の4つの成分からできています。

クレイは天然に存在する安価な粘土鉱物で、クレイナノシートが層状に積み重なった構造を持っています(図2a、図2b)。ASAPの水溶液とクレイを混合すると積層したクレイナノシートのエッジの正に帯電した部分がアニオン性のASAPに覆われてクレイを構成するクレイナノシートが1枚1枚はがれて、水中に均一に分散するようになります(図2b、図2e、図2i、図2j)。この分散液を撹拌しながら親水性のポリエチレングリコール(数平均分子量は、10,650)鎖の両末端を、末端にグアニジニウムカチオン注3)を有するデンドロン基で修飾したGn-binderを加えると、グアニジニウムカチオンが多数のオキシアニオン注4)の存在するクレイナノシートの表面と相互作用して、長いポリエチレングリコール鎖を介してクレイナノシートを結合し3次元の網目構造を形成して透明なハイドロゲルが生成します(図2c、図2f)。このハイドロゲルの生成は、Gn-binderを加えてから3分以内という極めて短い時間で完成します。

強度の高いハイドロゲルを得るためには、クレイをあらかじめASAPで処理するプロセスが極めて重要で、この操作によりクレイナノシートがきれいに分散して3次元網目構造を形成するために十分な表面積が確保されます(図2i、図2j)。ASAPで処理していないクレイを用いてもハイドロゲルは生成しますが、得られるゲルの強度は約1/6に過ぎず、また、このようなハイドロゲルにASAPを後添加してもゲルの強度は向上しないことが明らかになりました。

ハイドロゲルの強度はクレイナノシートの濃度とGn-binderのデンドロン基の世代(分岐回数)に依存し、クレイナノシートの濃度が高いほど、またGn-binderのデンドロン基の世代が高い(分岐回数が多い)ほど強度の高いハイドロゲルが得られます(図3)。5%のクレイナノシートとG3-binderを用いて作製したハイドロゲルの剛性は0.5MPaに達し、約95%の水分を含有していながらこれほどの強度を有する超分子ハイドロゲルはいままでに知られていません。

このハイドロゲルに強い力を加えるとゲルの構造が破壊されて擬液体状態となりますが、力を取り除くと直ちにハイドロゲルの状態に戻り、剪断力の付加―解除を繰り返しても再現性よく擬液体―ハイドロゲルの転移が繰り返されることから、このハイドロゲルが優れた自己修復性を有することが明らかとなりました(図4)。自己修復性を有するハイドロゲルの最初の例として、コポリペプチドから成るハイドロゲルが知られていますが、これらのゲルの強度はたかだか1KPaに過ぎず、また、擬液体状態からハイドロゲルへの回復には約1時間を要するようなものでした。

興味深いことに、今回のこのハイドロゲルのブロックをスライスして得た断片を、スライスした直後に貼り合わせれば容易に新たなブロックが形成されます。図5a、図5bにメチレンブルーで青色に着色したゲルのブロックと無着色のゲルのブロックから切り出した断片を交互に貼り合わせて得たブロックが十分な強度を保っている様子を見ることができます。またこのハイドロゲルは鋳型の中で作製すれば形状を付与することができますが(図5c)、こうして作製したハイドロゲルの形状は、ゲル中の水をテトラヒドロフランなどの有機溶媒で置換しても、保たれることを明らかにしました(図5d)。

さらに、このハイドロゲルが生理活性のあるたんぱく質を変性させることなくゲル内に取り込むことを明らかにしました。たとえば、ミオグロビンは過酸化水素によるオルソフェニレンジアミンの酸化反応の触媒活性を有することが知られていますが、このミオグロビンはハイドロゲルに取り込まれても71%の活性を保持しています(図6)。

<今後の展開>

今回開発された水を主成分とするアクアマテリアルは、環境に優しく、容易に作製することができます。また、非共有結合でできているために自己修復性であるという特徴と十分な強度を持つことからどんな形にも成形することや、いくつもの成形物を貼り合わせてより複雑な形状にすることもできます。さらに生理活性物質を取り込むこともできるので、異なる酵素活性を持たせた、いくつかのブロックを貼り合わせて反応シーケンスの場をデザインできる可能性があります。

このように、今回開発した材料は究極の環境無負荷材料のプロトタイプとして、「超分子化合物」や「主に水でできた材料」は強度がなく実用できないという従来の概念を打ち破り、バイオリアクター用材料および骨、軟骨などの再生材料や代替材料、アクチュエーター材料など、さまざまな応用分野を切り開く可能性を持つものです。

<参考図>

図1

図1 Gn-binder (n=1-3) の分子構造

図2

図2 ハイドロゲルの作り方(a-f)、透明性(g-h)およびeの透過型電子顕微鏡写真

図3

図3 ハイドロゲルの粘弾性特性

重量比 [クレイナノシート]/[G3-binder]/[ASAP] = 1.0/0.075/0.03

図4

図4 ハイドロゲルの自己修復性

5.0%クレイナノシート/0.38% G3-binder/0.15% ASAP

図5

図5 ハイドロゲルの形態保持性

a、b:メチレンブロー着色ゲルと未着色ゲルの貼り合わせブロック

c:賦型したハイドロゲル(水)

d:テトラヒドロフランで置換したゲル

図6

図6 ハイドロゲル中のミオグロビンの触媒活性(Clay-NS=クレイナノシート)

<用語解説>

注1) 層状粘土鉱物(クレイ)
適量の水を含んでいるときに粘性と可塑性を示す微粒の天然物で、含水ケイ酸塩鉱物が主体。雲母などと同じ様な整然とした層状構造をもち、その化学成分は、主にケイ酸・アルミナ・水で、このほかにFe.Mg.Ca.Na.Kなどが含まれている。ローションなどの化粧品や歯磨き粉、シャンプーおよびシャワーゲルなどに広く使われている。
注2) デンドロン基
デンドリマーを構成する側鎖部分。デンドリマーは中心から規則的に分岐した構造を持つ樹状高分子で、ギリシャ語で木を意味する用語から命名された。デンドリマーは、コアと呼ばれる中心分子と、デンドロンと呼ばれる側鎖部分から構成される。デンドロン部分の分岐回数を世代という。
注3) グアニジニウムカチオン
化学式HN=C(NH2)2で表されるグアニジンがプロトン化された+1価の陽イオンからなる置換基で、2HN+ =C(NH2)NH-で表される。
注4) オキシアニオン
負に帯電した酸素を持つイオン

<論文名>

“High-water-content moldable hydrogels by mixing clay and a dendritic molecular binder”
(クレイとデンドロン分子バインダーよりなる成形性のある高含水ハイドロゲル)
doi: 10.1038/nature08693

<お問い合わせ先>

<研究に関すること>

相田 卓三(アイダ タクゾウ)
科学技術振興機構 戦略的創造研究推進事業 発展研究(ERATO-SORST)
「分子プログラミングによる電子ナノ空間の創成と応用」 総括責任者
東京大学 大学院工学系研究科 教授
〒113-8656 東京都文京区本郷7-3-1
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<JSTの事業に関すること>

小林 正(コバヤシ タダシ)
科学技術振興機構 イノベーション推進本部 研究プロジェクト推進部
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