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科学技術振興機構報 第681号

平成21年10月20日

東京都千代田区四番町5番地3
科学技術振興機構(JST)
Tel:03-5214-8404(広報ポータル部)
URL http://www.jst.go.jp

耐久性が向上した人工膝関節製品化に成功

−ビタミンE添加で機能アップ−

JST(理事長 北澤 宏一)が、ナカシマメディカル株式会社(代表取締役社長 中島 義雄、本社 岡山県岡山市東区上道北方688−1、資本金5,000万円)に、独創的シーズ展開事業・委託開発の開発課題として委託し、成功して終了した「人工関節注1)ビタミンE注2)添加摺動(しゅうどう)注3)部材」の開発成果がこのほど、医療機器として製造販売の承認を厚生労働省から得ました。「人工関節用ビタミンE添加摺動部材」は従来品より耐久性を大幅に高めることに成功し、これにより来年、長く使える人工膝関節の製品化が実現する見通しとなりました。

独創的シーズ展開事業・委託開発は、大学や公的研究機関などの研究成果で、特に開発リスクの高いものについて企業に開発費を支出して開発を委託し、実用化を図っています(平成21年度の課題公募は、既存事業を再編し新規事業A-STEPにて実施します。詳細情報 http://www.jst.go.jp/a-step/)。

本開発課題は、京都大学大学院 工学研究科 医療工学分野の富田 直秀 教授の研究成果をもとに、平成14年2月から平成19年10月にかけてナカシマメディカル株式会社に委託して、企業化開発(開発費約1億4,000万円)を進めていたものです。

高齢化社会を迎え、変形性関節症や関節リウマチなど関節に重度な疾患を抱える患者に対し、除痛と関節機能の回復を目的とした人工関節置換術注1)の症例数は年間15万件を超え、毎年約10%の伸びを示しています。これに伴い、合併症や関節機能の破綻に伴う置換術も増加しています。特に人工膝関節では、構成部品である超高分子量ポリエチレン(UHMWPE)注4)製摺動部材に「デラミネーション破壊」注5)と呼ばれる酸化劣化を伴って生じる層状の剥離摩耗現象が人工関節自体の耐久性低下につながることから、この対策が急務とされています。

今回開発した新技術では、抗酸化剤であるビタミンEに注目。これをあらかじめ原料のUHMWPE粉末に混練し、金型を用いた直接圧縮成型法により成型することによって、耐酸化劣化特性と耐摩耗特性に優れた製品を作製しました(図1)。このビタミンE添加UHMWPE材は、関節シミュレータを用いた疲労摩耗試験から、従来品と比べ約2/3に摩耗量を抑制することが分かりました(図2)。また、材料組織の電子顕微鏡観察から、成型前のビタミンE混合によって、従来品で見られたポリエチレン材料組織の粒界に存在する微少欠陥が消失することも明らかになりました。この結果から、ビタミンEは酸化防止効果だけでなく、成型滑剤としての作用も有していると考えられます。

今回開発した人工関節用ビタミンE添加摺動部材は、臨床試験で安全性を確認されており、現在、製造販売承認に引き続き、新たに機能区分および保険適用を申請中で、来年早々の製造販売開始を目指しています。今後、人工膝関節以外の関節部位への応用など、幅広く用いられることが期待されます。

委託時はナカシマプロペラ(株)で実施し、平成20年11月にナカシマメディカル(株)として分社独立。

本新技術の背景、内容、効果の詳細は次の通りです。

(背景) 従来のUHMWPEで成型した人工関節の摺動部分で、酸化疲労を伴う層状の剥離を発生するため、摺動部材の耐久性が課題。

変形性関節症や関節リウマチなど骨・関節機能に疾患を有する潜在患者数は日本国内で1,000万人以上と言われ、近年、QOL(生活の質)とADL(日常生活動作)の改善を目的に年間15万人を超える人工関節置換術が実施されています。高齢化時代を迎え、人工関節の需要と技術革新の必要性はますます高まっています。

このように重度な関節疾患を有する患者に対し、疼痛の除去と関節機能の回復に有用な人工関節の寿命は約15年と言われています。50歳代で人工関節の手術をすると、平均寿命から逆算した場合、60歳代後半が再施術時期となりますが、高齢での施術に対する心理的抵抗が大きいと言われています。このため本技術開発では、人工関節の耐久性を上げ、施術適応時期の低年齢化と再置換症例数を低減するため、人工関節材であるUHMWPE製摺動部材の耐久性向上を目指しました。

(内容) ビタミンEを添加することにより、耐久性と耐疲労摩耗特性の向上を達成。

今回開発した新技術では、成形前の原料粉末にビタミンEを添加し、直接圧縮成型の方法により摺動部材を製作します。この製法は、UHMWPEの酸化と脆弱性がポリエチレンの成型に伴って形成される粒子間の界面に起因しているとの知見から工夫・発展させたものです。

ビタミンEを添加した場合と無添加の場合のUHMWPE内部の電子顕微鏡(SEM)写真(図3)を比較すると、成型前にビタミンEを混合することによってポリエチレンの粒界に存在する微少欠陥が消失することが分かります。つまり、ビタミンEは酸化防止効果としてだけでなく、成型滑剤としての機能も果たしているものと考えられます。従来品と比較して約2/3に摩耗量を抑制することが明らかになりました。

これにより、UHMWPEに抗酸化能を有するビタミンEを添加することによって、デラミネーション破壊の抑制や耐摩耗性の向上などの材料特性が改善されることを示すことができました。この新技術の基礎データからみると、人工関節の寿命は20年以上に延びると期待できます。

なお、これらの成型法に関する技術については、特許申請などを併せて進めています。

(効果) 長寿命型の人工関節膝関節は、施術適応時期の低年齢化と再置換症例数の低減を実現し、重度な関節疾患QOLの向上に寄与。

この新技術による摺動部材の患者への適用については、人工関節膝関節の患者で臨床治験を実施し、その安全性を確認しました。さらに、治験成績をもとに厚生労働省に薬事承認申請を行い、平成21年8月6日に医療機器として製造販売承認を取得しました。この新しい人工関節膝関節は耐久性が大幅に向上しています。今後、施術適応時期の低年齢化と再置換症例数の低減への寄与、重度な関節疾患QOLの向上に貢献することが期待されます。

<参考図>

図1

図1 本新技術で開発した人工膝関節用ビタミンE添加UHMWPE摺動部材

図2

図2 膝関節シミュレータを用いた疲労摺動試験結果

図3

図3 加速酸化処理したUHMWPE試料内部の電子顕微鏡(SEM)観察像

<用語解説>

注1) 人工関節、人工関節置換術
人工関節は変形性関節症や関節リウマチなど骨・関節に疾患を抱える患者に対し、除痛と関節機能の回復のために用いられる医療機器です。材質は、コバルトクロム合金やチタン合金の金属材料やセラミックス、超高分子量ポリエチレンなどから構成されています。市場では、膝関節、股関節、肘関節、指関節など四肢の主要関節に対応する製品がラインナップされており、現在、国内では年間15万件を越える人工関節置換術が実施され、毎年約10%の伸びを示しています。
注2) ビタミンE
自然界に広く存在し、生体内では主に生体内膜に存在します。酸化防止剤として食品や医薬品に用いられるばかりでなく、化粧品やサプリメントとしても用いられています。脂溶性であり、他の酸化防止剤と比較して耐熱性があります。
注3) 摺動(しゅうどう)
主に固体が固体表面を滑って動くことを言います。固体と固体が摺動を繰り返すと摩耗が起こり、さらに摩耗が進むと最終的には材料の損壊をまねきます。このため摺動部分には一般に潤滑剤が用いられますが、人工関節など生体用には潤滑剤が使えないため、摺動性が良く耐摩耗性に優れた高分子材料が求められています。人工関節の寿命を決める最大の要因とされています。
注4) 超高分子量ポリエチレン(UHMWPE:Ultra High Molecular Weight Poly-Ethylene)
分子量200万〜600万の熱可塑性樹脂。耐磨耗性・耐衝撃性・自己潤滑性に優れています。化学薬品に対して安定で、生体に対して無害です。比重が1.0以下、無極性、非吸湿性で、絶縁性に優れます。
注5) デラミネーション破壊
層状剥離とも呼ばれ、プラスチック材料における摩耗形態の一種です。凸面接触摺動によって表面下に微小クラックが集積し、摺動表面の粗さがある時点で急激に上昇し、クラック同士がつながり成長し破壊するというプロセスをたどります。今回開発したビタミンEを添加するUHMWPE成型法では、1添加するビタミンEの抗酸化作用(酸化劣化の抑制)、2成型時のUHMWPE粉末の流動性向上、3微小クラックの発生源となる材料組織の欠陥生成の抑制作用、からなる複合作用が期待できます。

<お問い合わせ先>

ナカシマメディカル株式会社 開発部 開発・薬事グループ
石坂 春彦(イシザカ ハルヒコ)、藤原 邦彦(フジワラ クニヒコ)
〒709-0625 岡山県岡山市東区上道北方688−1
Tel:086-279-6278 Fax:086-279-9510
E-mail:

独立行政法人 科学技術振興機構 イノベーション推進本部 戦略的イノベーション推進部
三原 真一(ミハラ シンイチ)、福壽 芳治(フクジュ ヨシハル)
〒102-8666 東京都千代田区四番町5番地3
Tel:03-5214-8995 Fax:03-5214-0017