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科学技術振興機構報 第679号

※ 「Nature」が当該プレスリリースに関する研究論文を取り下げたことに伴い、
平成28年3月25日付けで本プレスリリースを取り下げました。

平成21年10月15日

東京都千代田区四番町5番地3
科学技術振興機構(JST)
Tel:03-5214-8404(広報ポータル部)
URL http://www.jst.go.jp

DNA発現のスイッチ、脱メチル化機構を解明

― 骨代謝制御の仕組みを発見:新たな骨粗鬆症薬開発に道開く ―

JST目的基礎研究事業の一環として、東京大学分子細胞生物学研究所の加藤 茂明 教授らは、ビタミンD生合成が遺伝子DNAの修飾によって巧みに調節されている詳細な仕組みをマウスで発見しました。ビタミンDは骨代謝や血中のカルシウム調節に重要な役割を果たしています。この発見は骨粗鬆症などの新薬開発に道を開く成果です。

からだを作る全ての細胞は同じ遺伝情報を持っていますが、その発現は個々の細胞ごとに制御されています。これらの遺伝子の発現制御はDNA塩基配列の変化は伴わず、後天的かつ可逆的な修飾によってもたらされ、中でもDNAのメチル化修飾は遺伝子発現を抑制状態にすることが知られています。遺伝子の発現はホルモンなどさまざまな細胞外からの刺激に応じてDNAのメチル化・脱メチル化の状態が変化するなどして調節されていますが、メチル化されたDNAがどのように脱メチル化されて遺伝子の発現抑制を解除するのか、詳細なメカニズムは分かっていませんでした。

本プロジェクトは今回、ビタミンDの生合成に着目しました。生体内でのビタミンDの生合成は腎臓・肝臓などにおいて厳密に調節されており、副甲状腺ホルモン刺激で活性化し、逆に過剰に生じたビタミンDによる刺激で抑制されます。

そこで、複数のたんぱく質からなる「たんぱく質複合体」を分析する手法を用い、マウス腎臓由来の細胞でビタミンDの生合成に中心的な役割を果たしている酵素「CYP27B1」の遺伝子上で相互作用するたんぱく質複合体を精製しました。これを詳細に解析したところ、DNAメチル化酵素とDNA修復酵素が含まれることが分かりました。

DNAメチル化酵素は過剰なビタミンDに応答してプロモーター領域のDNAをメチル化し、CYP27B1遺伝子の発現を抑制して、ビタミンDの合成を止めます。一方、DNA修復酵素は副甲状腺ホルモン刺激によって活性化し、メチル化されたDNAを切り出して非メチル化DNAと置き換え(脱メチル化)、CYP27B1の遺伝子発現抑制を解除してビタミンD合成を誘導することを見いだしました。また、マウス個体でも同様の仕組みが働き、ビタミンDの生合成を調節していることも確かめました。

副甲状腺ホルモンとビタミンDは、骨量の維持や血中カルシウム濃度の調節などに重要な役割を果たし、骨粗鬆症の治療などに用いられています。今回の成果はDNAメチル化/脱メチル化を制御する低分子化合物など、新たな骨粗鬆症治療薬の開発につながるものと期待されます

本研究は、戦略的創造研究推進事業 ERATO型研究「加藤核内複合体プロジェクト」の金 美善 博士研究員、東京大学分子細胞生物学研究所の大竹 史明 助教らと共同で行われ、本研究成果は、2009年10月15日(英国時間)発行の英国科学雑誌「Nature」に掲載されます。

本成果は、以下の事業・研究領域・研究課題によって得られました。

戦略的創造研究推進事業 ERATO型研究

プロジェクト名 「加藤核内複合体プロジェクト」
研究総括 加藤 茂明(東京大学分子細胞生物学研究所 教授)
研究期間 平成16年10月〜平成22年3月

本プロジェクトでは、動物細胞核内に存在する巨大複合体の同定、および、その機能解析を目指します。さらに、まだ報告のない超巨大複合体群の同定を試み、複合体機能の解析により、個々の染色体DNA上の生命現象の解明を極め、その知見を下敷きにして協調的、かつ厳格に制御される機能統御を明らかにし、グローバルな遺伝情報管理ネットワークの全貌の解明を目指します。

<研究の背景と経緯>

DNAのメチル化とヒストン注1)の化学修飾(アセチル化、メチル化、リン酸化など)は、遺伝子のエピジェネティクス注2)制御において中心的な役割を担っており、ダイナミックに遺伝子発現や発生・分化などを制御していることが分ってきています。中でも、DNAのメチル化修飾は遺伝子発現を抑制状態にし、哺乳類の正常な個体発生などに必要不可欠であることが知られています。これらの化学修飾は可逆性であり、ホルモン刺激など、さまざまなシグナルに応答して変化します。ヒストン修飾の可逆的な制御メカニズムは非常に盛んに研究されているのに対して、遺伝子発現の抑制/抑制解除に関わるDNAのメチル化/脱メチル化反応を制御するメカニズムの詳細は、ほとんど分っていません。

一方、ビタミンDは骨代謝と関わりの深いカルシウムの働きを調節するビタミンであり、近年、高齢化による骨粗鬆症が問題となっている先進国で注目を集めています。ビタミンDが機能するためには、食物による摂取か、皮膚において紫外線により生産されたビタミンD前駆体が生体内におけるいくつかのステップを経て活性型ビタミンD3(VD)に変換される必要があります(図1)。これまでに、VD生合成の最後のステップを担う鍵酵素が「CYP27B1」で、副甲状腺ホルモン(PTH)によって発現が誘導され、逆に過剰なVDによって発現が抑制されることが分かっています。

<研究の内容>

本研究プロジェクトは、生体内ホルモンに反応してCYP27B1遺伝子がダイナミックに転写制御されることに着目し、DNAレベルのメチル化/脱メチル化の切り替えのメカニズムについて研究を行いました。

CYP27B1遺伝子のプロモーター領域に直接結合する転写因子VDIRを用い、これと相互作用するたんぱく質群(VDIR複合体)を解析するために、マウス腎臓由来の株化細胞(MCT細胞)から生化学的な手法を用いて精製し、構成たんぱく質を同定しました。その結果、VDIR複合体には、DNAメチル化酵素であるDnmt1とDnmt3b、DNA修復酵素であるMBD4が含まれることを見いだしました。Dnmt1とDnmt3bは、VD依存的にCYP27B1遺伝子のプロモーター領域に集められ、3ヵ所のシトシン注3)をメチル化し、CYP27B1遺伝子発現を抑制することが明らかになりました(図2)。

一方MBD4は、PTH刺激存在下でリン酸化酵素PKCによるリン酸化を受けて活性化し、プロモーター領域のメチル化シトシンを切り出して非メチル化シトシンと置き換えることでDNAの脱メチル化を誘導し、CYP27B1遺伝子発現の抑制を解除することを明らかにしました。

さらに、MBD4遺伝子破壊マウスでは、PTH刺激によるCYP27B1遺伝子の発現抑制解除が起こらず、VD生合成の調節機構が破綻していたことから、生体内においても同様の機構が働いていることが明らかになりました。

<今後の展開>

今回の研究は、骨代謝やカルシウム代謝において重要な役割を果たしているVDとPTHとのシグナルクロストークの分子基盤の一端を解明するものです。VD製剤は、骨粗鬆症の治療薬として広く用いられています。VD生合成の鍵酵素であるCYP27B1の遺伝子発現抑制のメカニズムが解明されたことで、新規メカニズムに基づく骨粗鬆症の治療薬や治療方法の開発に役立つことが期待されます。

<参考図>

図1

図1 活性型ビタミンD3の生合成経路

CYP27B1(ビタミンD一位水酸化酵素)は、生合成の最後のステップを担う鍵酵素である。

図2

図2 今回の発見の模式図

過剰な活性化型ビタミンD3(VD)存在下では、DNAメチル化酵素であるDnmt1とDnmt3bがCYP27B1遺伝子プロモーターの応答配列(nVDRE)に転写因子VDIRを介して集められ、プロモーター領域のシトシンをメチル化することでCYP27B1発現を抑制している(図左)。そこにPTHシグナルが入ると、リン酸化酵素PKCによってリン酸化を受けたMBD4がメチル化シトシンを切り出し、非メチル化シトシンと置き換えることでDNAを脱メチル化し、CYP27B1遺伝子発現が活性化する(図右)。

<用語解説>

注1) ヒストン
ヒストン
※Nature Genetics 32,221-222(2002)より改変。
真核生物の遺伝子DNAは、ヒストンを含む多くの構造維持たんぱく質と複合体を形成し、クロマチンと呼ばれる細胞核の染色体超高次構造内に保管されている。クロマチンは、右図に示すようなヌクレオソーム基本単位の数珠つなぎ構造である。ヒストンたんぱく質(さらにヒストンH2A(黄)、H2B(赤)、H3(緑)、H4(青)たんぱく各2つずつ計8つから構成されている)はヌクレオソームの中心構造を構築し、これに143bpのDNA(紐状の二重らせん)が巻きついて収納されている。近年、この構造は保管されるための静的な構造体ではなく、ヒストンの化学的な修飾によりダイナミックな調節を受け、周辺遺伝子の転写反応に影響を及ぼすことが明らかとなりつつある。
注2) エピジェネティクス
DNAの塩基配列の変化を伴わない遺伝情報の記憶、遺伝子発現の変化に関わるメカニズムで、DNAメチル化やヒストン修飾(アセチル化、メチル化、リン酸化)などが関与する。発生、分化など多様な現象に関与していることが知られている。がんをはじめ神経疾患や循環器疾患、自己免疫疾患におけるエピジェネティクスな異常が、病態に関与したり、診断や治療の標的となることが明らかになりつつある。
注3) シトシン
DNAに含まれる4種類の塩基(アデニン、グアニン、シトシン、チミン)のうちの1つ。

<論文名>

“DNA demethylation in hormone-induced transcriptional derepression”
(ホルモン誘導性の転写抑制解除におけるDNA脱メチル化)
doi: 10.1038/nature08456

<お問い合わせ先>

<研究に関すること>

加藤 茂明(カトウ シゲアキ)
科学技術振興機構 加藤核内複合体プロジェクト 研究総括
東京大学分子細胞生物学研究所 教授
〒113-0033 東京都文京区弥生1−1−1
Tel:03-5841-8478 Fax:03-5841-8477
E-mail:

<JSTの事業に関すること>

小林 正(コバヤシ タダシ)
科学技術振興機構 イノベーション推進本部 研究プロジェクト推進部
〒102-0075 東京都千代田区三番町5 三番町ビル
Tel:03-3512-3528 Fax:03-3222-2068
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